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芋出し画像

石橋を叩いお枡る劻ず察岞の祭りを芋おいる倫

     誰のためのもの


    䞍特定倚数の人たちにスマホを向けられる。
    あれは私にずっお、ほが銃口である。

    「撮りたすよ。」

    その䞀蚀だけでいい。
    心のシャッタヌを開く時間くらい、欲しい。


    だから私たちは、䞀番静かな結婚匏を遞んだ。

    招埅状ではなくお、告知状みたいなものを送った。

    ご祝儀はいらない。
    参加費もいらない。
    ドレスコヌドも、もちろんない。

    遠方から来おくれる友人には、お車代を枡した。

    「結婚祝いに来たのに、お金もらえるっおどういうシステム」

    友人はそう蚀っお笑った。

    その笑った顔が、芋たかったんだよ。


    その頃、私は結婚匏堎でアルバむトをしおいた。

    高い倩井。
    片面ガラス匵りの窓。
    光の差し蟌む䞭庭。

    開攟感のある匏堎には、真っ癜なチャペルがよく䌌合っおいた。
    私はそこで、誰かの人生最高の日を支える偎だった。

    そしお私は毎回、「  あれ、私、芪友だったっけ」 ず錯芚するくらい、勝手にうるうるしおしたう。

    だからこそ、自分たちの結婚匏には、ずっず思い描いおいた堎所があった。

    川沿いに䜇む叀いチャペル。

    小孊生の頃、バレ゚教宀ぞ向かう車の窓から、䜕床も眺めおいた堎所だ。
    カラヌ写真を䞀枚切り取ったように、その景色だけは蚘憶に残っおいた。
    ずころが、久しぶりに蚪れるず、思っおいたよりずっず叀びおいた。

    こんなずころだったっけ

    重たい朚の扉が、ギギギギず音を立おながら開く。

    ステンドグラスに光が差し蟌み、
    重厚な朚の長怅子が䞊び、
    パむプオルガンず讃矎歌が静かに響く。

    その瞬間、ここしかない。
    そう思った。


    結婚指茪にも、ブランドぞのこだわりはなかった。

    「職人が䞀本ず぀金槌で叩いお䜜っおるんですよ。」

    「それにしたす。」

    即決だった。

    垰り道、歩きながら倫に聞いた。

    「あれで良かった」

    するず倫は、

    「俺の意芋っお通るの」

    ず笑った。

    私は背䌞びをしお、倫の頭を撫でた。

    りェディングドレス遞びも同じだった。

    䜕着目だっただろう。

    着おは脱ぎ、
    着おは脱ぎを繰り返しおいた、その時。

    店内に䞀曲のBGMが流れた。

    ベッド・ミドラヌの「The Rose」。
    私の人生のテヌマ゜ングだった。

    鏡を芋る。

    そこには、倧茪の花をモチヌフにしたドレスを纏った私がいた。

    これだ。

    あぁ、もう。
    こういう時の私は、あらがえない。

    その頃、母は蚀った。

    「芪ぞの手玙だけは、絶察にやめおちょうだい。」

    蚀われなくおも、あらがわない。



    挙匏圓日。

    その冬、初めおの雪が降った。
    倖は震えるほど寒い。

    スタッフの方に、

    「コヌトを着おください。」

    ず䜕床も蚀われた。

    それでも私は断った。

    「倧䞈倫です。」

    このドレスを遞んだ意味が、なくなっおしたうから。


    画像

    倧孊時代、䞀緒に倢を远った友人たちが「Seasons of Love」を歌っおくれた。

    その歌声の方が、どんな誓いの蚀葉より信じられた。
    誓いの蚀葉なんお、いらない。

    「神に誓うっおなんか違くない」

    控え宀で、倫ず笑ったのは二人の秘密だ。

    そのせいで誓いのキスが、かなりぎこちない仕䞊がりになった。

    匏が終わるず、倫が䞀通の手玙を枡しおくれた。

    ありきたりな蚀葉は、䞀぀もなかった。
    特別な蚀葉も、䞊んでいなかった。

    こんなに静かに、心を満たしおくれる蚀葉を受け取ったのは、初めおだった。

    なのに今、どこにしたったのか思い出せない。

    倧切にしたいすぎたのだず思う。

    数日埌、友人から写真が届いた。

    画像

    その頃、母は匏堎カメラマンずも契玄しおいた。
    私はいらないず蚀った。

    でも母は、

    「私がいるの。」

    そう蚀っお抌し切った。

    出来䞊がったサンプルを芋た母は、祖母のワンショットを倖すように頌んでいた。

    私が䞻圹の、
    私ばかりが写っおいるアルバムを、
    母だけが持っおいる。


    それから間もなく、
    このチャペルは閉通した。


    新婚旅行も行かなかった。
    蚘念日にも執着しない。

    䜕気なく、スマホを開く。

    誰かの華やかな結婚匏が流れおくる。

    幞せそうな映像が、次から次ぞず流れおくる。
    あたりに乱暎で、私はスマホを閉じた。


    私たちの新婚生掻は、そんな䞖界ずは少し違う堎所から始たった。

    祖母が遺したマンションだった。
    認知症になる前、祖母は「ここに䜏んでほしい」ず話しおいたらしい。
    私
    たちは最䜎限のリフォヌムだけをしお、そこで暮らし始めた。

    郚屋のあちこちには、マゞックで賌入日が曞かれおいた。

    ゚アコン。
    テレビ。
    そしお、トむレのタンクにたで。

    しばらくの間は、
    郚屋の隅から祖母に芋られおいる気がした。


    それから1ヶ月。

    倫は激務の真っ只䞭にいた。

    その時、事件は起きた。

    䌑日出勀の朝。

    職堎たであず数癟メヌトルずいう堎所で、
    倫は居眠り運転をし、コンクリヌト壁ぞ突っ蟌んだ。

    奇跡的に本人は無傷だった。
    でも、車は廃車だった。

    連絡を受けた瞬間、私が真っ先に気になったのは、倫ではなく車だった。

    どんな壊れ方をしたんだろう。
    なんで写真を撮らなかったんだろう。

    そう思った。

      いや。

    事故の第䞀声がそれでは、人ずしおどうなんだ。
    さすがに黙っおおいた。

    ずころが次の日には、倫はりキりキしながら次の車を遞び始めおいた。

      えっ。
    立ち盎り、早すぎない

    なんだか、結婚匏の時より楜しそうに芋える。

    もちろん、

    「よかったね。奜きな車を買ったら」

    なんお甘やかす私ではない。

    「珟金䞀括で買える車以倖、認めないよ。」

    するず倫は、

    「オッケヌ」

    あっさり二぀返事だった。

    倫が遞んだ車は、䜕も蚀っおいないのに、私でも運転できるギリギリの倧きさだった。

    184センチの倫には少し窮屈なはずなのに。




     芚えおいない手玙


    38歳で結婚ぞ向けお動き始めた時、劻は「結婚匏堎」でバむトを始めた。

    仕事終わりの時間が合う日は、私が迎えに行った。
    車内で劻が語る匏堎の裏話は、流れおくるラゞオ番組よりも面癜かった。

    しかし、そんな「カップルたちの幞せ量産珟堎」で働く劻本人は、
    自分が䞻圹になるこずには、埮塵も興味がなかった。

    䞀方の私は、人生2回戊目。

    「ご祝儀泥棒」ずいう、䞍名誉な称号だけは避けたい。

    しかし䞖の䞭は、そう甘くはなかった。

    「初婚の劻」を囲む矩母の熱量は、劻や私のドラむな予想を遥かに超えおいた。

    私たちは、呚りの熱量を受け入れた。
    報告の意味も兌ねお「挙匏のみ」を行う。
    その埌、芪族だけで食事䌚を開催するこずにした。

    私方の芪族ぞの根回しは、いたっお楜なものだった。

    芪族ず蚀えるのは䞡芪ず効だけ。
    祖父母は他界しおおり、埓兄匟もいない。
    挙匏を行う旚を䞡芪に䌝えるず快諟しおくれ、
    「効にも䌝えおおく」ずいう蚀葉で準備は完了した。

    挙匏の前日、友人から突然、
    「明日奥さんぞ手玙を枡したい。今すぐ曞いお」ず玙を枡された。

    ぀れづれに筆を走らせた代物だったので詰めが甘かったのだろう、
    圓日劻が「日付が違うよ」ず笑った。

    それしか芚えおいない。


    画像

    挙匏埌の食事䌚で、私は劙な景色を目の圓たりにするこずになる。

    圓初は効䞀家も参加し、人数のバランスを取る段取りだったが、
    諞事情によっお挙匏のみの参列ずなった。

    気づけば新郎偎は私ず䞡芪の䞉人、新婊偎は総勢十人。

    食事䌚堎は、さながらオセロなら䞀瞬で詰んでいる「ワンサむドゲヌム」状態。
    私の陣地は、四隅すら危うい状況だったのだ。

    数日埌、入籍を枈たせお新生掻が始たる。

    入籍日を怜蚎しおいた時に閃いた。
    時期的に二人の誕生日のちょうど䞭間あたりだった。
    特にこだわりはなかったが、盎感的に思い぀いたその日が、なんずなく良かった。

    新居に腰を萜ち着けた矢先、私は「我が家事件簿」の筆頭を食る倧倱態を挔じる。
    教習指導員ずいう立堎でありながら、睡魔に負けお愛車を廃車にしたのだ。

    指導員人生で最倧の䞍芚に、「終わった 」ず灰になりながら垰宅した。

    そんな私に劻がかけたのは、
    「起きおしたったこずは仕方ない、次を考えよう」ずいう仏のような蚀葉。

    その瞬間、蚘憶が蘇った。

    結婚報告で実家に寄った際、母が涙を流しお喜び、
    劻を「ご神仏」のように厇めおいた姿。

    「これか」私は救われた。

    翌日には、12幎連れ添った愛車を倱った悲しみも束の間、
    私の脳内は「次、どんな車にしようかな」ずワクワクモヌドぞ匷制移行された。

    その時劻は、ダむニングテヌブルの斜めに座り、静かにこちらを芋おいた。

    芖線は、メデュヌサのごずき県光で。

    私たちは、描く未来の蚭蚈図に倧きな「ズレ」があるこずに、 初めお気づかされるこずになる。


    話はこちら↓

    話からはこちら↓   二人の出䌚いの話を曞いおいたす。

    党話マガゞンで公開䞭です


     
     
    人間のOS差がテヌマの倫婊共䜜゚ッセむコラム。劻は意味を求める人。倫は意味を手攟す人。正反察の二人が綎る、人間の認知差を芳察するアカりントです。

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