
見える身体と、感じる身体
鏡に映る身体。
写真に写る身体。
体重計に表示される数字。
誰かから見られている自分。
僕たちは、
思っている以上に、
「外から見た身体」を気にしながら生きています。
そして、
見た目には、
その人の価値観や生活が表れることもあります。
痩せたい。
きれいになりたい。
格好よくなりたい。
筋肉をつけたい。
若々しく見られたい。
そう思うこと自体は、
悪いことではありません。
見た目を整えることで、
気分が上がることもある。
自信が生まれることもある。
自己肯定感や自己効力感が高まることもある。
服装や化粧を楽しむことで、
外へ出たくなることもある。
身体を鍛え、
変わっていく自分を見ることが、
大きなモチベーションになる人もいます。
すごく良いことです。
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でも、その反面、
少し気になることがあります。
身体を整えるために始めたことが、
いつの間にか自分への評価を厳しくし、
今の自分を否定し、
身体を嫌う理由になってしまうことです。
もう少し痩せなければ。
もっと筋肉をつけなければ。
この体型では恥ずかしい。
この体重ではダメ。
もっと若く見えなければ。
最初は、
自分を良くするために始めたはずなのに、
いつの間にか、
今の自分を否定することが、
行動の原動力にすり替わっていく。
これは、
少し不思議なことです。
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特にスポーツでは、
見た目そのものが競技に特化されやすく、
競技と深く関係することがあります。
新体操やフィギュアスケートなど、
審美性が関係する競技。
階級や体重管理が必要な競技。
身体そのものをつくり上げていく、
ボディビルのような競技。
結果を求めるほど、
食事や体重、
体脂肪、
身体の形へ意識が向かう。
もちろん、
競技として必要な管理もあります。
でも、
その境界を越えてしまえば、
パフォーマンスのために身体を整えていたはずが、
身体そのものを間違った方向へ追い込んでしまうこともあります。
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そして、
これはアスリートだけの話ではありません。
今は、
自分の身体を外側から見る機会が、
とても増えました。
SNSを開けば、
きれいな身体が流れてくる。
スマホで写真を撮れば、
すぐに自分の姿を見ることができる。
体重。
体脂肪。
歩数。
消費カロリー。
身体に関するものが、
どんどん数値化され、
可視化されています。
太った、痩せたという話題が、
無責任にSNSを賑わすこともある。
便利になった一方で、
僕たちは、
身体を「感じる」より先に、
身体を「評価する」ようになっているのかもしれません。
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でも、
身体にはもう一つあります。
見える身体ではなく、
「感じる身体」です。
今日は、
よく眠れた。
呼吸が気持ちいい。
身体が軽い。
ご飯がおいしい。
歩いていて心地いい。
昨日より、
少し動きやすい。
疲れていることに、
ちゃんと気づける。
これらは、
鏡には映りません。
体重計にも、
ほとんど表示されません。
他人から見ても、
わからないことが多い。
でも、
その人自身にとっては、
とても大切な身体の情報です。
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僕は長年、
人の身体を見ています。
もちろん、
姿勢も見ます。
動きも見ます。
身体の形も見ます。
でも、
見た目だけで身体の状態を判断することはできません。
きれいな姿勢に見えても、
本人は苦しいことがある。
細くても、
健康とは限らない。
筋肉があっても、
自由に動けるとは限らない。
反対に、
一般的な「理想の身体」から少し外れていても、
よく眠れ、
よく食べ、
よく動き、
よく笑い、
とても楽しく生活している。
自分の身体を心地よく感じながら、
生きている人もいます。
はたして、
どちらが本当に良い身体なのでしょう。
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さらに気になるのは、
この「見られる身体」への意識が、
大人だけのものではなくなっていることです。
子どもたちも、
かなり早い時期から、
自分の見た目を意識するようになっています。
だからこそ、
親や指導者が、
何気なく発する言葉も大切になります。
「太ったね。」
「もっと痩せた方がいい。」
「その身体じゃダメだ。」
言った側にとっては、
ほんの一言かもしれません。
でも、
受け取った側にとっては、
自分の身体を見る基準として、
長く残ることがあります。
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身体を整えることと、
身体を好きでいられること。
できれば、
その二つは、
離れない方がいい。
見た目を整えることも、
楽しめばいい。
服も、
化粧も、
トレーニングも、
身体づくりも楽しめばいい。
でも、
外から見える身体だけが、
自分の身体ではありません。
どう見えるかと同じくらい、
どう感じているのか。
そこにも、
少し意識を向けてみる。
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鏡を見る。
そして、
身体を感じる。
体重を測る。
そして、
今日の調子も感じてみる。
写真を見る。
そして、
その時の呼吸や、
身体の心地よさにも気づいてみる。
見える身体と、
感じる身体。
どちらか一方ではなく、
その両方を持っているのが、
僕たちの身体です。
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身体は、
誰かに見せるためだけにあるものではありません。
ましてや、
誰かと比較するためだけにあるものでもない。
自分が、
一生その中で生きていく場所です。
だからこそ、
どう見えるかだけではなく、
どう感じながら生きているのか。
その感覚まで含めて、
自分の身体を大切にできたらいい。
見た目を整えながら、
身体との関係まで壊さない。
そのくらいの距離感が、
身体と長く付き合っていくには、
ちょうどいいのだと思います。