
夢シネマが、くる【クヤミちゃんが、くる (番外編)】
五月のよく晴れた日だった。
ピンポーン。
玄関チャイムが鳴った瞬間、僕は嫌な予感がした。
五年前。
「お悔やみ代行人形クヤミちゃん」
なる意味不明な商品を売りつけられたことがある。
あの後、なぜかクヤミちゃんは全国的な大ブームになった。
テレビに出た。
SNSでバズった。
腕にはめるだけで供養した気になれると評判になり、街中にクヤミちゃんが溢れた。
そしてブームは去った。
今では誰も見かけない。
僕も二度と訪問販売など信用しないと心に決めていた。
だからチャイムが鳴ると、まず覗き穴を確認する。
宅配便なら出る。
営業なら居留守。
それが大人というものだ。
僕はそっとドアスコープを覗いた。
そして舌打ちした。
袈裟だった。
しかも見覚えのある顔だった。
僕はそのまま部屋へ戻ろうとした。
するとドアの向こうから声がした。
「いらっしゃいますよね?」
無視した。
「右足だけ見えております」
慌てて足を引っ込めた。
「今回は人形ではございません」
知らん。
「夢です」
もっと知らん。
「夢と言っても未来への希望や目標とかのビジョンやホープといった夢ではありません」
は?、なに言ってやがるんだ!
「寝て見るドリームの方でして、ですね」
また長い話しになりそうだ……。
観念してドアを開ける。
相変わらず胡散臭い笑顔だった。
「お久しぶりです」
「帰ってください」
「まだ何も売っておりません」
「前もそう言いましたよね」
僧侶は苦笑した。
「いやあ、最近は景気が悪くて」
「クヤミちゃんで大儲けしたでしょう」
「しました」
「したのか」
「ランボルギーニまで買いました」
「帰れ」
「売りました」
「売ったのか」
「檀家さんの目が冷たくて。
維持費だけで日本車なら二台買えました」
僕はドアを閉めようとした。
しかし僧侶は器用に片足を差し込んできた。
「その前に」
「帰れ」
「本日は夢を映画化するサービスのご案内でして。
夢と言っても未来への希望や目標とかのビジョンやホープといった夢ではありません。
寝て見るドリームの方でして、ですね」
「さっき聞いた」
「スポンサーが付いておりますので制作費は無料です」
「なおさら怪しい」
僧侶はふと庭先へ目を向けた。
「ずいぶん思い切りましたね」
僕は嫌な予感がした。
「何が……?」
「ゴミ集積用の箱の中には、ゴミ袋がありました」
確かに、今朝ゴミ袋を出した。
「だから、何がですか?」
「誕生日プレゼントです」
僕は黙った。
僧侶は続ける。
「三つとも『Happy Birthday』と書いてありました。」
「ゴミを漁ったんですか?」
「見えたんです」
「見えるか」
「確認もしました」
「漁ったんじゃないか」
僧侶は気にする様子もない。
「手編みのニット帽」
僕は黙る。
「手編みのミトン手袋」
黙る。
「手編みのマフラー」
黙る。
「三年分ですね」
(帰れ)
そう言おうとしたが言葉が出なかった。
五年前に別れた彼女へ渡そうと思っていたものだった。
別れた後も、なぜか毎年編んでいた。
渡す相手もいないのに。
四十五歳にもなって何をやっているのだろうと、自分でも思う。
だから今日捨てた。
捨てることにした。
「ただ生き方が不器用なんで」
僕は言った。
「そうでしょうね」
僧侶は頷いた。
「でも帽子や手袋、マフラーより、捨てられないものがありそうです。」
「そこで今回の商品です」
「帰ってください」
「夢シネマ株式会社」
「昨夜の夢を映画にいたします」
「帰ってください」
「なおスポンサーは快眠枕メーカー様です。
ですので制作費等の料金は一切ございません」
僕はため息をついた。
どうせろくでもない。
だが五年前もそう思って追い返せなかった。
「ほんとにタダなんでしょうねっ!」
「はい、その件につきましては間違いございません」
ラグビーのヘッドギアのような物に赤いコードと青コードが、昭和のウォークマンみたいな機械に繋がっている。
「これ被って下さい、あとこのゴーグルね」
アイマスクにまたコードが繋がっている。
「では夕べの夢を録画しまーす。
1分13秒で終わりまーす」
チープなモーター音とともにテープか巻かれはじめた。
はー、……」
胡散臭いを
通り越してもうため息しか出ない。
━━━━━
結局、その日の午後には僕は小さな映画館の席に座っていた。
上映が始まる。
スクリーンに街並みが映る。
そして彼女がいた。
五年前のままの姿だった。
ビルの屋上で街を見下ろしている。
突然、大地震が起きた。
ビルが揺れる。
彼女が落ちる。
僕は叫んだ。
スクリーンの中の僕も叫んでいた。
そして空を飛ぼうとする。
黒いマントを広げる。
しかし飛べない。
正確には飛んでいる。
だが地面から三十センチしか浮かない。
必死に足をばたつかせながら進む。
情けないほど低空飛行でのろい。
客席から笑い声が聞こえた。
僕も少し笑った。
それでも夢の僕は諦めない。
なんとか彼女の落下地点へ辿り着く。
抱きとめる。
助かった。
そう思った。
そして強く抱きしめようとした瞬間。
彼女は消えた。
映画は終わった。
⸻
照明が点く。
壇上に白衣の男が現れた。
心理学を極めた夢判断担当らしい。
「この夢は喪失への不安を表しています。」
僕は鼻で笑った。
「元恋人への未練ですね」
「違います」
思わず声が出た。
会場の何人かが振り向いた。
白衣の男は平然としている。
「今回の夢の場合、地面すれすれしか飛べていません。」
会場に小さな笑いが起きた。
「この夢の心理は.
飛びたい。
けれど飛べない。
前へ進みたい。
けれど何かに引っ張られている。
そのような心理状態の時によく見られます」
「では未練ではないと?」
「違いますね、もう五年前の話です」
「なるほど」
男は資料を閉じた。
「では失った未来への執着かもしれません」
僕は何も言えなかった。
帰り際。
ロビーにはあの僧侶が立っていた。
「いかがでしたか?」
「全然当たってません」
「そうですか」
「そうです」
「では後日スポンサー様から快眠枕が届きます」
「なんで」
「使用前使用後の比較映像を撮影いたします」
「断る」
「契約書の下から二十七行目です」
「読んでない」
「皆さんそうおっしゃいます」
「二度と来るな」
僧侶は笑った。
「それでは失礼いたします」
家へ帰る。
夕方だった。
ゴミ集積箱を見て、僕は足を止めた。
他のゴミはきれいになくなっている。
だが、
朝出したゴミ袋だけが残っていた。
『Happy Birthday』
と書かれた箱が三つ入った袋。
そして、その上には――
小さなクヤミちゃんのキーホルダーが置かれていた。
僕は思わず空を見上げた。
「あの坊主……。」
胡散臭い。
本当に胡散臭い。
それなのに、
なぜか肝心なところだけは外さない
僕はそれを取り出した。
「別に未練じゃない」
誰もいない庭で呟く。
「捨てるのは、いつでもできる」
箱を抱えて家へ戻る。
タンスの一番下の引き出しを開く。
ニット帽を入れる。
ミントの手袋も入れる。
マフラーも入れる。
静かに閉める。
その時だった。
ピンポーン。
僕は天を仰いだ。
恐る恐る覗き穴を覗く。
やっぱり袈裟だった。
ドアの向こうから声がする。
「スポンサー様から快眠枕が届きましたー!」
「帰ってください」
僕は、とうとうドアを開けなかった。
ただ、
引き出しの中のマフラー達だけは、
もう一度きちんと畳み直した。
完