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Photo byryokan1123

東京はなぜ国際金融センターになれなかったのか?

     その昔、世界三大金融センターという用語があった。該当するのはニューヨーク・ロンドン・東京である。

     確かに、この三都市の金融取引の量は世界屈指だった。当時の日本は世界第二位の経済大国であり、勢いで言えばアメリカをもしのいでいた。日本企業は世界の時価総額の上位を独占していたものである。

     しかし、現在の東京はというと、世界の金融センターとは到底言えない位置である。2025年のGFCIによると、東京はなんと上位20位にすら入っていない。2026年はなぜか持ち直しているが、それでも10位である。ソウルや香港、上海やシンガポールといったアジア都市にも負けている。これでは世界三大金融センターとは到底呼べない。

     日本の経済規模を考えると、本来なら東京はロンドンのような金融センターになってもおかしくなかったはずである。

     なぜ東京は金融センターになれなかったのだろうか。今回はこの疑問について考察してみたい。

    集積の利益

     まず、金融センターはなぜ生まれるのかという点について考えてみたい。

     産業の立地といっても色々なパターンがある。例えば、人類のベーシックニーズである農耕はとにかく農地に使える平坦な土地が必要だ。だから、人類は原生林を開墾し、田舎に住んでいたわけである。工業となると農業ほど大量の土地は不要だが、やはり用地は必要だし、原料や騒音の問題もあるので、郊外や地方都市に立地していることが多い。

     この点、金融は土地はほとんど必要としない。都心の高層ビルの中で業有無が完結してしまう業務が大半である。

     となると、金融は分散してメリットがほとんどなく、むしろ都心のビル街に集中していたほうが商取引等の理由で便利なことが多い。

     また、金融関係は高度な信頼性が必要とされるため、大事な商談は必ずフェイス・トゥ・フェイスの関係が重んじられ、一箇所に金融関連業が立地しているメリットが大きい。

     こうして金融センターが生まれる。大都市の中央部にあるビル街に入っているのは、製造業や軍需産業ではなく、やっぱり金融機関のイメージが強いと思う。場所を必要とせず、人との交渉が大事という性質が集積を生むわけである。

     また、金融センターとしての他の条件として、政治と法制度の安定した国であることが必要とされる。大事な財産を預ける先は紛争や不透明な法律によって資産吹き飛ぶような国では駄目だろう。そのため、金融の世界は特に先進国への志向が強い。それもなるべく新興国よりオールド先進国のほうが好まれる。

    金融センターの2つのパターン

     世界の金融センターのランキングを眺めていると、金融センターは主に2つのパターンがあることに気付かされる。

     1つ目は首都、厳密にいうと経済首都である。金融関係は一箇所に集中していることのメリットが大きいため、何もしないと首都一極集中になる。日本を考えても、地方都市の地場産業としてイメージされるのは製造業であり、金融関係は東京一極集中であろう。ソウルやパリといった都市も同様である。

     アメリカは分散型の国土とされているが、それでも金融業だけはニューヨークに集中している。その国の経済首都はその国の経済規模に応じて上位の金融センターとなっていく。

     2つ目は金融センターに特化した小国である。経済取引という点ではそのままの状態では小国は不利なのだが、特定の産業に特化し、商取引がしやすい環境を整えることで周辺地域から投資を呼び込むタイプの小国は以前から存在していた。

     この手の小国の走りといえるのはオランダである。世界で初めて近代化を成し遂げたとも言えるこの国はスペインから独立後に自由で透明性の高い国造りに成功したことから、周辺地域から資本を呼び込み、ヨーロッパ経済の中心になることに成功した。

     現在においては小国には大国が使えない奥の手を持っている。それはタックスヘイブンだ。大国は簡単に税率を下げられれない。税率を半分にすると、歳入も基本的には半分になる。しかし、小国に関しては外国貿易の依存度が高いため、周辺から投資が集中することで、歳入を穴埋めすることができる。

     小国型の金融センターとして目立つのは香港・シンガポール・ドバイであろう。ここは以前の記事で「三大都市国家」として取り上げている。

     また、この三大国家は周辺に先進国が少ないという事情も関係している。絶対的な経済規模が大きかったり、経済成長が期待される地域であっても、やっぱり新興国に金融資産を預けるのは不安である。となると、途上国の海の中で「島」のように存在するこれら小国は貴重な拠点となる。中国における香港や東南アジアにおけるシンガポールは分かりやすい。中東の金融センターは以前はレバノンだったのだが、紛争の発生で頓挫してしまい、ドバイに白羽の矢が立つことになった。ドバイ首長国は石油を産出しないため、シンガポール型の国造りに励んだのである。

    二大都市との差

     さて、これらの条件を踏まえた上で東京について考えてみよう。

     バブル期の東京は世界有数の金融センターであり、ロンドンやニューヨークを肩を並べて世界三大金融センターと呼ばれたものである。ただし、その栄華は儚いものだった。東京の金融センターとしての繁栄は単にその次代の日本の景気が加熱し、通貨高が亢進していたという事情が大きい。NTTの時価総額が世界一だった時代である。だから、日本の首都である東京も相応に取引規模が膨らみ、見かけの上ではロンドン・ニューヨークと並んだというわけである。

     しかし、実際は二大都市の優位性とは雲泥の差があった。ニューヨークは世界覇権国アメリカ合衆国の経済首都であり、それだけで優位性がある。アメリカの経済規模は巨大であるだけではなく、基軸通貨ドルを持っているため、投資の規模は日本とは比べ物にならない。東京は日本の中心だが、ニューヨークは世界の中心というわけである。

     イギリスは20世紀前半に世界覇権国から降りており、ロンドンにこのような優位性はない。しかし、先述の通り金融業界はストックビジネスであり、長期的な信頼性を重んじる。金融センターは本質的に過去志向なのである。そのため、過去に一度優位性を確立したロンドンの地位はなかなか揺るがない。金融関係の法制度などはイギリスが由来になっており、プラットフォームはなかなか変更コストが高いのである。大陸諸国がEUという形で連合してもロンドンは未だに優位性を保っている。ブレクジットでも影響は限定的だった。

    ローカル金融とグローバル金融

     東京とロンドン・NYの差異はローカル金融とグローバル金融の違いも想起させる。

     外為市場の国別シェアを眺めてみると、面白い特徴がある。日本円が世界で一番取引されているのは日本ではなく、イギリスである。イギリスはポンドのみならず、世界のグローバル金融で食っている国なので、こういう現象が起きる。日本円の取引量は英・米・シンガポール・日本・香港の順番である。

     各国通貨を見ていると、ドイツはユーロにおいて、中国は人民元において強い存在感を放つのだが、英・米・香港・シンガポールはどの通貨の取引量においても上位にランクインしており、自国経済とは関係のないグローバルな金融の拠点であることはわかる。

     この点、日本やドイツと言った国は自国通貨の取引に偏重しており、あくまでローカルな金融の拠点である。東京はあくまでローカルな金融の拠点だったので、日本経済が縮小するのと同時に低下したということになる。

    言語的障壁

     また、言語的な障壁の問題も関わっている可能性がある。

     先述の通り、金融業界は「モノ」より「ヒト」が重視される業界であり、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが大事である。となると、やっぱり言語的な障壁の問題はある程度考えざるを得ないのではなかろうか。アメリカを考えても、ノンネイティブの高学歴移民が活躍しているのは科学研究やテック系であり、金融関係は劣後する印象がある。

     先述のニューヨークとロンドンは英語圏であり、言語的な障壁は非常に低い。世界の金融センターとして利便性が高い。

     また、香港やシンガポールは英語圏であり、中国語圏であるという別の利点がある。中国は経済規模が巨大でも依然として発展途上国であり、世界的な金融センターの拠点としては制約がある。そのため、香港やシンガポールは中国と世界の中継地点として非常に使い出があるというわけである。

     スイスは英語圏ではないが、ドイツ語やフランス語など周辺の大国の言語が公用語になっているし、国際的な小国ゆえに英語にも明るい。

     この点、日本は非常に不利である。日本語の通用範囲は国内に限定されており、国際的な強みがない。一方、日本語は大言語でもあるため、日本人は何かの情報を集める際に外国語を学ぶインセンティブがなく、世界的に見ても英語力が低い部類である。国際性という点でどうしても劣後してしまうのだ。

    やる気がない?

     東京の強みと言えるのは、東アジアの中心地として絶好の立地にあることだ。東京はアメリカから見て東アジアの玄関口にあるし、日本は東アジアで最初に先進国になったので、相対的に「老大国」である。先述のように金融業界は過去志向なので、日本は東アジアの金融取引の中心地として優位性を発揮できそうにも思える。

     しかし、東京がアジアの中心地として地域の金融取引の拠点となることは無かった。筆者としては日本に金融センターを目指すという意識がそもそも軽薄だったのではないかと思える。

     イギリスが金融大国として名乗りを上げたのは、やむを得ない事情があった。19世紀末には世界の工場としてのイギリスはすっかり下火となり、工業でアメリカやドイツに太刀打ちできないようになった。イギリスはむしろ金融大国として生き残りを図るようになる。

     戦後のイギリスは今の日本のような深刻な経済停滞に苦しんだのだが、サッチャー時代の改革で金融大国として再び持ち直すようになった。ブレグジットは痛手だったが、かえってEUから余計な規制を持ち込まれないというメリットもある。こうした生き残り方は小国に近いものがある。

     この点、日本はそもそも金融立国になるイメージは無かったのではないか。橋本内閣の金融ビッグバンも効果は限定的だった。当時の日本はまだまだ製造業大国のアイデンティティのほうが強く、工業で中国や韓国に太刀打ちできないと考える人は少なかった。少なくともライバル意識を持つくらいには自信があった。

     平成後半には日本を技術大国として売り込もうとした時期があった。日本にとって産業の比較対象となるのは中国やドイツであって、イギリスや香港への対抗意識あまり見たことがない。

     日本が東アジアの金融センターになれなかった理由は、言語的障壁だけではなく、税率の高さや国民性などが挙げられることが多い。だが、より根本的な理由として、国際的な商取引の拠点として環境を整えようというインセンティブが日本には希薄だったのかもしれない。日本のセルフイメージは未だに経済大国であり、製造業立国なのだ。

    東京は金融センターになれるか

     さて、今後東京は金融センターになれるのだろうか。

     実際のところはかなりハードルが高い。日本は非英語圏であり、ニューヨーク・ロンドン・香港・シンガポールが持っているような国際性を持つことは難しいのではないか。英米と違い、日本は国際的なルールを支配していた時代が無く、プラットフォーム的な優位性を活かすのもハードルが高い。

     東アジアの経済規模は巨大だが、中国への投資拠点としては香港やシンガポールがあるから別に困らないという話になる。スイスやルクセンブルクのような形で東アジアの架け橋になるのはあまり想像つかない。低迷しているとはいえ、日本は歴然とした大国であり、オフショア取引だけで立国するのは無理がある。

     可能性があるとすれば、日本の製造業が完全に衰退してしまった時だろうか。依然の記事で書いたソフト先進国論である。

     かつてのイギリスがそうだったように、製造業中心の経済モデルを捨て、高付加価値のサービス業に特化していく。これができれば中国や韓国とは別の強みを持つことになる。

     実際のところ、産業構造の転換については予測が難しく、日本が依然として製造業大国だったり、低空飛行の状態が続いたり、また別のモデルの産業になる可能性も否定できない。中途半端になってしまい、フランス化する可能性も十分に考えられる。パリも金融センターとしては東京と同じく地味だ。

     

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