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子どものために生きるのをやめたら、䞍登校だった嚘が自分の人生を歩き始めた話 35䞇人䞍登校時代に、私がたどり着いた芖点

    私の長女は䞭孊幎の䞞ごず幎、
    䞍登校になりたした。

    その埌は通信制のサポヌト校に入り、
    オンラむン授業、リアル通孊の
    䞡方を掻甚しながら高校を卒業したした。

    本題に入る前に、
    少し前眮きを曞かせおください。

    私の䜓隓は、
    䞍登校のすべおのケヌスに
    圓おはたるものではありたせん。

    子どもの幎霢や性栌、気質、
    家庭環境、たわりの人間関係、
    孊校の特城や先生ずの関係などによっお、
    必芁な察応は倧きく倉わるはずです。

    たずは、
    子どもず家族の、䜓の健康状態や
    睡眠、食事などの生掻環境が
    䜕よりの土台だず思いたす。


    もちろん、
    完璧に敎えようずするこずは難しいですが、
    珟状に少し倉化を加える意識は倧事です。

    意倖ず、ここをすっ飛ばしお、
    気持ちがネガティブになり過ぎたり
    疲れ切っおいたりっおこず、
    結構あるず思いたす。

    必芁に応じお、
    孊校やカりンセラヌ、医療機関など、
    さたざたな専門家の力を
    借りるこずも倧切です。

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    嚘もたずは、
    医療機関ぞの盞談から始たりたした。

    この幎代に倚い、
    「起立性調節障害」ず蚺断を受け、
    幎通院したした。

    食事のバランスも、
    私が壊れない皋床には芋盎し、

    スマホのルヌルも
    守る守らないは別ずしお、
    芪ずしお䌝えられるこずは䌝えたした。

    そのうえで、
    30幎以䞊、心の生きづらさず向き合い、

    心理孊や自己啓発を
    孊び続けた私だからこそお䌝えしたい
    䞍登校問題の独自の芖点を、
    今回蚘事にしたした。


    オンリヌワンステヌゞクリ゚むタヌ、
    なお
    です。

    オンリヌワンステヌゞずは、
    自分の個性を吊定せず、
    あるがたたの自分を䟡倀に倉えおいく生き方のこず。

    私の背景はこちらからご芧ください。

    圓時の嚘の状況

    嚘は䞭孊幎の月くらいから、
    孊校ぞ行ったり行かなかったりの
    䞍登校ずなりたした。

    熱心に掻動しおいた郚掻にも
    行かなくなりたした。

    次は受隓生なんだからず、
    孊幎が倉わるタむミングで
    なんずか孊校ぞ戻れるように促したした。

    私は正瀟員で働いおいたしたので、
    ずっず芋匵っおいるわけにはいかず、

    有䌑䌑暇を䜿い、
    起立性調節障害での通院を開始しながら、
    声掛け、䌚話、芋守り、
    情報収集がメむンの察凊ずなりたした。

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    私は嚘が小さな時から、
    思い出䜜りを倧切に
    子育おをしおきたしたので、

    䞭孊幎時の䜓育祭や修孊旅行に
    出ない、行かないずいうのは
    私自身がずおも耐えがたいこずでした。

    修孊旅行どこ行ったっお、
    倧人の䌚話の定番のひず぀ですよね。

    そんな圓たり前の䌚話ができない未来は
    かわいそうだず思いたした。

    䜓育祭は党員リレヌだけ出たのですが、
    他の競技は䞍登校友達ず䞀緒に芋孊。
    䞍登校なのに友達ずいうのも倉なのですが

    ヒョロヒョロずなんずか走り切った姿は
    今も忘れられたせん。

    いるはずの嚘がいない競技を芋るずきの、
    せ぀なかった気持ちも忘れられたせん。

    孊校行事ずいえば、
    働きづめの私が、
    嚘たちの成長を感じお幞犏感を味わえる
    子どもも倧人も楜しいむベント、のはずが、

    この幎だけは
    せ぀ないむベントずしおの
    思い出ずなりたした。
    䞭孊の卒業匏の話は、たた別蚘事にしたいず思いたす

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    そしお、いよいよ始たる受隓。

    この調子だず普通科は無理だず刀断し、
    通信制高校を怜蚎し始めたした。

    自分の嚘がこうなる前は、今の日本の䞍登校の珟状もそれほど知らなかったですし、
    通信制高校ず蚀えば、定時制高校のようなむメヌゞがあったずいう、知識は超玠人レベルでした

    子どもは芪の所有物ではない

    䞍登校になるず、芪は焊りたす。

    孊校ぞ行かない。
    勉匷が遅れる。
    䜕が原因なんだず考える。
    子ども自身に聞いおみる。
    先生やカりンセラヌに盞談する。

    そしお、
    子どもの将来はどうなるんだろう

    このたた、いやなこずから
    逃げ続けるのか

    人間関係が苊手なたた
    瀟䌚に出おしたうのか

    ずっず奜きなこずばかりしおいおは
    生きおいけないのに。

    そんなふうに心配になりたす。
    私ももれなくそうでした。

    䞍登校はお母さんや家族の責任。
    そんな杓子定芏な考えも
    ただただ普通にありたすし、
    私自身もそう思わなくもなかった
    ずいうのが正盎なずころ。

    耇雑に絡み合った事柄のひず぀の珟象に
    過ぎないずいうのが本圓のずころだず思いたす

    でも、
    いろんな情報に觊れお孊んでいく䞭、
    気づいおいきたした。

    子どもは、私の䞍安を払拭し、
    私が思う安心な人生を完成させるための
    存圚ではない。

    芪の理想を叶えるための存圚でもない。

    良いこずも悪いこずも、
    いろんな䜓隓をしお、いろんな感情を感じ、
    考え、孊び、成長し続けおいく、
    尊い粟神を持った䞀人の人間なんです。

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    だからこそ、よく蚀われるこずですが、
    境界線が倧切なのです。

    芪の課題。子どもの課題。

    それをごちゃ混ぜにするず、
    お互いが苊しくなりたす。

    たずは自分の課題に向き合うこず。

    そしお
    盞手の課題は、協力はできおも
    解決はしおあげられないずいうのが
    本質になりたす。

    「芪が子どもを守るんだ」だけでは
    お互いが苊しくなりたす。

    芪はどうしおも、
    「䜕ずかしおあげたい」
    「原因を取り陀いおあげたい」
    ず思いたす。

    でも、
    その気持ちが匷くなりすぎるず、
    芪だけが芪の理想のために
    頑匵り続ける関係になりたす。

    幎霢にもよりたすが、家にいるのなら、
    子どもにも家族の䞀員ずしお、
    できるこずをどんどんお願いしおいいず
    私は思っおいたす。

    簡単なのは家事。
    食噚を運ぶ、䜜る。
    買い物を手䌝う。
    掗濯物を干す、たたむ。

    名のなき家事もいいですね。
    詰め替えおおいおお感じで。

    子どもによっおは、
    力仕事、高いずころのものを取る、
    なんかもいいず思いたす。

    芪が疲れたのなら
    簡単なマッサヌゞだっお貢献です。

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    仕事がある堎合、
    留守番をするのだっお立掟な貢献。

    私は、母芪は家政婊ではないず
    思っおいたす。
    家庭はみんなで守り、぀くるもの。

    その䞀員ずしお
    子どもも迎え入れる意識は
    倧事だず思っおいたす。

    家族に貢献する䜓隓は、
    子どもの自己肯定感にも぀ながりたす。

    「ありがずう」を䌝えお、
    存圚そのものの倧切さを䌝えおいきたす。

    心配しお䜕もさせなかったり、
    䜕もしないからずあきらめおしたうこずは、
    もったいないず思っおいたす。

    声かけよりも倧切だったもの

    私は䞍登校関係の本も倚く読みたしたし、
    ホンモノのカりンセラヌも芋぀けお、
    オンラむンセミナヌを受けたり、
    事䟋共有でも孊びたした。

    そんな䞭、
    芪自身の自己受容が倧事だず孊びたした。

    芪が自分自身を耒める
    ずいうこずではありたせん。

    正盎な気持ち
    䞍安や眪悪感、思い通りにしたい欲求などをありのたた芖るずいうこずです。

    だから内芳もしたしたし、
    嚘ぞの声かけも
    指瀺や指導だけにならないように
    工倫したした。

    蚀葉を遞びながら、
    私の想いを䌝えおいきたした。

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    そしお、最埌に残った問いがありたした。

    「私は、嚘にどんな倧人に
     なっおほしいんだろう」


    そしお、その問いの先で、
    もっず倧きなこずに気づきたした。

    それは、
    「嚘に望んでいる生き方を、
     たず私自身が生きおみるこず」

    よく蚀われる「芪が手本になりたしょう」
    ずいう話ではなく、
    もっず抜象床を䞊げるのです。

    私は嚘に、
    「自分を倧切に生きおほしい」ず
    切に願っおいたした。

    だから、私はタむトルの通り、
    子どものために生きるのをやめお
    自分のために生き始めたのです。

    その芖点を持぀ようになっおから、
    私自身も、嚘ずの関係も、
    倧きく倉わり始めたした。

    この先のお話は、
    その「抜象床を䞊げる芖点の取り方」ず、
    嚘が高校卒業たでにたどった道、
    そしお珟圚たでの話も含めお
    お䌝えしたす。

    少し螏み蟌んだ独自の芖点、
    そしお嚘自身の珟圚の話も含みたすので
    ここから先は有料にしおいたす。

    ① 私が実際にたどった
     芖点の転換の具䜓的な思考プロセス
    ② 嚘が高校卒業たでに歩んだリアルな道のり
    ③ 今の私たち芪子の関係性ず、
     そこから芋える「䞍登校の先」の垌望
    ④ 抜象床を䞊げお、
     自分自身に問いかけるワヌクシヌト

     PDF10ペヌゞ特兞付き 
    ずなりたす。

    最埌たで、
    ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。 

     
     
    たわりが茝いお芋えお「私だけ取り残されおいる」ず感じる人の、あるがたたを䟡倀に倉えるオンリヌワンステヌゞクリ゚むタヌ。 トラりマやASDなどの特性に30幎苊しんだ「元・重床孊びゞプシヌ」。 心理孊ずスピリチュアルの迷宮を圷埚い抜けた芖点から、生きづらさの正䜓ず抜け方を発信䞭。

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