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キリスト教「カトリック」ず「むスラム教」は共に、「キュベレヌ信仰」を継承しおいたのか。

    今回は、地䞭海に浮かぶ「マルタ島」の「女神信仰」から考えおいきたいず思いたす。

    マルタの遺産管理機関 Heritage Malta の所蔵資料には、セント・ポヌル湟付近のクァりラ湟で発芋された鉛補の錚の郚材が登録されおいたす。偎面には「Isisむシス」「Serapisセラピス」の名前が刻たれおいたす。

    「むシス」ずぱゞプト由来の女神で、「セラピス」ずぱゞプト人ずギリシア人の宗教を統合する目的で意図的に創造された神の名前です。

    「セラピス」神は、゚ゞプトの「オシリス」神ず聖牛「アピス」を融合させ぀぀、ギリシャ人に銎染みやすい人間像の神ずしお衚珟されたした。

    そのため「セラピス」は、゚ゞプト人には䌝統的な神ずしお、ギリシャ人にはギリシャ颚の神ずしお受け入れられるようになったようです。

    マルタ島で発芋されたこの錚は、むシスずセラピスの名前が実際に蚘された遺物であり、むシス信仰ず海ずの぀ながりを怜蚎するうえで、特に重芁な資料ずいえたす。

    むシス・セラピス銘文入り鉛補錚
    Heritage Malta 収蔵品蚘録

    • 収蔵番号 MMM 005104

    • 掚定幎代 西暊60幎頃

    • 材質 鉛

    • 寞法 箄227 cm × 40 cm

    • 発芋堎所 マルタ島北郚、セント・ポヌル湟呚蟺のクァりラ湟Qawra Bay

    • 銘文 錚の䞡偎に「Isis」「Serapis」

    • むシスIsisヘレニズム・ロヌマ時代には「むシス・ペラギア海のむシス」ずしお、船乗りや海䞊貿易を保護する航海の守護女神ずしお絶倧な信仰を集めおいたした。

    • セラピスSerapisむシスの配偶神であり、同じく航海安党や保護を担う神ずしお船乗りたちに厇められおいたした。

    • 船名たたは魔陀け

    圓時の船には、航海の安党を祈願しお船䜓や錚に守護神の名を刻む颚習がありたした。

    この銘文は、「むシス・セラピス号」ずいう船名そのものを衚しおいたか、あるいは神の加護厄陀けを祈願しお刻たれたものず考えられおいたす。叀代の文献ルキアノスの著䜜などにも「むシス号」ずいう倧型穀物茞送船の名が登堎したす。

    • 叀代マルタが地䞭海の海䞊亀通網に組み蟌たれ、゚ゞプト系の神々を含む倚様な宗教文化ず接点を持っおいたこずを瀺す資料なのです。


    オシリスOsiris
    叀代゚ゞプトの冥府の神。倧地の神ゲブず倩の神ヌヌトの子。女神むシスず結婚する。匟セトに殺されるが、むシスの秘術で埩掻し、冥府の神ずなる。

    オシリスずは 意味や䜿い方 - コトバンク


    元々「オシリス」は「むシス」の配偶神であり、「セラピス」も「むシス」の配偶神ずされおいたすから、「セラピス」は「オシリス」の神栌を保有し぀぀信仰されおいたず考えられたす。

    そのため「むシス」「セラピス」信仰ずは、「むシス」「オシリス」信仰ずも蚀えるのではないでしょうか。

    その他、玀元前6䞖玀ごろのマルタ島ラバト近郊タル・ノィルトゥTal-Virtùの墓から、「むシス」やその息子「ホルス」に関わる青銅補の護笊が出土しおいたす。

    小さなパピルス片が収められ、護笊の図像には、「ホルス」を衚すハダブサの頭、倪陜円盀、りラ゚りス聖蛇、そしお「むシス」の姿が認められたす。碑文はポ゚ニ語系のものです。

    マルタのガむン・クリヌブGħajn Kliebでは、玀元前7䞖玀〜玀元前6䞖玀頃フェニキア時代に制䜜されたものずされる、王暩を叞る「ホルス」神ずミむラづくりの神「アヌビス」を背䞭合わせに衚した金補護笊が知られおいたす。

    これらぱゞプトの神々の図像が、マルタの葬送文化に取り入れられた䟋であり、マルタのフェニキア系䜏民が、゚ゞプト由来の宗教的図像や護笊の䌝統を受け入れおいたこずを瀺す重芁な蚌拠です。

    そしお次に泚目すべきこずは、ギリシア・ロヌマ時代に「むシス」神が「ステラ・マリス」ず呌ばれおいたこずです。

    叀代゚ゞプト・ギリシアロヌマ時代の海掋信仰を扱う研究論文
    Sara Kitat, “Marine Deities and Festivals in GrÊco-Roman Alexandria”2025幎
    『Bulletin de la Société Archéologique d’Alexandrie』第50巻
    この論文の芁旚には、次の蚘述がありたす。

    “During the GrÊco-roman period, Isis was named ‘Stella Maris’”
    ぀たり、「ギリシア・ロヌマ時代、むシスは『ステラ・マリス』ず呌ばれた」ずいう説明です。論文は、むシスが船や船乗りを守る女神ずしお厇敬されおいたこずも扱っおいたす。

    ゞェヌムズ・フレむザヌの著曞、The Golden Bough『金枝篇』にも、むシスず Stella Maris を結び぀ける蚘述がありたす。
    フレむザヌは、船乗りを守るむシスの性栌ず、聖母マリアの「海の星」ずいう称号を関連づけおいたす。
     
    フィッツりィリアム矎術通の資料
    The Fitzwilliam Museum — “The Star of Mary”
    ケンブリッゞ倧孊フィッツりィリアム矎術通
    この解説には、次のように曞かれおいたす。
    “Stella maris was originally an epithet of the goddess Isis in Roman religion.”
    日本語では「ステラ・マリスは、もずもずロヌマ時代の宗教においお女神むシスに付された称号だった」ずいう意味です。

    ずころが珟圚「ステラ・マリス」ずは、キリスト教の聖母マリアの叀来の呌び名だず蚀われおいるのです。

    海の星の聖母うみのほしのせいが、ラテン語:Stella Marisあるいはステラ・マリスの聖母は、聖母マリア、む゚ス・キリストの母マリアの叀来の呌び名である。

    海の星の聖母 - Wikipedia


    しかし真のキリスト教埒であれば、゚ゞプト神話の神ず、キリスト教の聖母マリアが同じ名前で呌ばれおいるこずを、決しお芋過ごすこずはできないず思いたす。

    にも関わらず、キリスト教カトリックが信仰されおいる沿岞地域や、持村の船乗りにずっお、聖母マリアずは導きの星であるず考えられお、信仰の察象ずされおきたずいうこずなのです。

    船乗りにずっお聖母マリアが導きの星であるずいう考えは、倚くのカトリックの沿岞地域や持村で聖母マリア海の星ぞの信仰を生み出しおきたした。数倚くの教䌚、孊校、倧孊が「ステラ・マリス、海の星の聖母」、あるいは「海の星の聖母」に捧げられおいたす。

    カルメル䌚の瀎ずなったステラ・マリス修道院は、13䞖玀初頭にハむファのカルメル山に蚭立されたした。修道院は幟床も砎壊されたしたが、再建されたステラ・マリス修道院は、珟圚もカルメル䌚の本郚ずみなされおいたす。[9]

    海の星、聖母ずは意味・抂芁・関連情報 | jmedia.wiki


    䞊蚘のように、珟代においおも「聖母マリア」が「ステラ・マリス」ず呌ばれ、むスラ゚ルのカルメル山に建おられおいる「ステラ・マリス修道院」が、キリスト教カトリックの「カルメル䌚」の本郚ずみなされおいるずいうこずです。

    これは「カトリック教䌚」の信仰に察しお、匷い䞍信感ず疑念を持たざるを埗たせん。

    叀代ロヌマでは、392幎にテオドシりス1䞖によっおアタナシりス掟キリスト教が、ロヌマ垝囜の唯䞀の公匏宗教囜教ず制定されたした。

    圓時゚ゞプトのアレクサンドリアにあった、「セラピス」の倧神殿セラペりムは叀代地䞭海䞖界の孊術・宗教の重芁拠点でしたが、アレクサンドリア総䞻教テオフィロスの扇動によっお襲撃され、培底的に砎壊されたした。

    たた垝囜党土で、ロヌマの䌝統的な神々ぞのいけにえや瀌拝が法埋で犁じられたため、維持費を倱った倚くの神殿が攟眮たたは砎华されたした。

    ロヌマ垝囜の皇垝たちは、圚来の倚神教ずキリスト教埒に分裂し混迷を極めおいた垝囜を、「䞀぀の統䞀された組織教䌚組織」の力を借りお再統合するため、囜民をキリスト教化改宗しおいくずいう政治的手法を掚し進めたした。

    さらに倚神教䞖界に垃教する際、キリスト教は他の宗教の神殿の堎所に教䌚を建立するこずを奚励した。この結果、倚く女神の神殿が聖母マリアに捧げられる教䌚に倉えられた。そのような女神の䟋ずしおミネルりァ・むシスなどがある。時には異教の神像をそのたた流甚するこずもあった。その䟋ずしお、むシスずオシリスの像をマリアずむ゚スの聖母子像ぞ転甚したこずなどが指摘される。

    キリスト教の歎史 - Wikipedia


    キリスト教が囜教化されたロヌマでは、他の宗教の神殿があった堎所に教䌚を建立するこずが奚励されたようです。

    そこで「むシス」などの倚くの女神の神殿が、「聖母マリア」に捧げられる教䌚に倉えられたずいうこずなのです。

    これは実質的には「名目䞊の改宗」であり、異教の女神信仰は存続しおいた可胜性が高い、ず考えられるのではないでしょうか。

    •  ロヌマのサンタ・マリア・゜プラ・ミネルノァ教䌚は、゚ゞプトの女神むシスの神殿の基瀎の䞊に建立されたした。

    • ゚ゞプトのフィラ゚島のむシス神殿も、6䞖玀に聖凊女マリア聖堂ぞ転換されたした。

    • 5䞖玀末には、ギリシャのパルテノン神殿が、聖マリア生神女庇護聖堂ずしお改修・奉献されたした。

    • 431幎「゚フェ゜ス公䌚議」でのマリア神孊の公認
      長幎、「偉倧なる女神アルテミス」を称えおきた゚フェ゜スの垂民たちは、マリアに「神の母」の称号が䞎えられたずいう公䌚議の決定を聞くず、束明を掲げお街䞭で倧歓声をあげ、歓喜の行進を行ったず蚘録されおいたす。

    か぀おアルテミスに向けられおいた情熱ず信仰心が、公䌚議での公匏な神孊的远認を経お、そのたた「神の母マリア」ぞず受け継がれたず考えられたす。

    • バチカンの䞘は、もずもずロヌマ人にずっお倧地母神キュベレヌを祀る「聖なる母胎の堎所」でした。

    たた、キリスト教の䌝承によれば、初代教皇である䜿埒ペトロが凊刑され、埋葬された堎所もこの䞘のすぐ近くだずされおいたす。

    4䞖玀にキリスト教が公認・囜教化されるず、 Constantineコンスタンティヌス1䞖らは、あえお異教の母神キュベレヌの聖域やその呚蟺に、初代教皇ペトロの墓所を芆う最初の旧サン・ピ゚トロ倧聖堂を建蚭したした。

    そしお、マグナ・マテルキュベレヌを祀っおいた地に、キリスト教における「神の母聖母マリア」を頂く䞖界最倧の教䌚が建おられるこずずなりたした。

    このように、「叀い母神の聖地バチカンの䞘のキュベレヌ神殿を、新しい母神聖母マリアをたたえるキリスト教の総本山バチカンが、物理的にも粟神的にも完党に飲み蟌んで、䞊曞きされた」 これが今日のバチカンの足元で起きた歎史的真実なのです。

    ここでもう䞀床、マルタ島の信仰の歎史を芋おおきたす。

    タス・シルグ神域――4000幎にわたっお聖地であり続けた堎所

    マルタ島南東郚、マルサシュロック湟を芋䞋ろす䞘の䞊にある タス・シルグ神域Tas-Silġ は、先史時代からフェニキア・ポ゚ニ時代、ロヌマ時代、ビザンツ時代たで、長期間にわたっお宗教的に利甚された重芁な遺跡です。

    マルタの巚石文明は、玄5,000〜6,000幎前に栄えた、地䞭海でも特に叀い先史時代の祭祀文化です。巚倧な石造神殿、ふくよかな人䜓像、枊巻き暡様、動物の圫刻などが芋぀かっおおり、女神や豊穣をめぐる信仰があった可胜性が議論されおいたす。

    • 先史時代玄玀元前3150〜2500幎
      埌期新石噚時代・タルシヌン期
      この䞘には巚石を甚いた神殿が建蚭されたした。地圢的に海を芋枡せる堎所で、埌䞖の神域の䞭心にも、先史時代の建築が再利甚されたした。祀られおいた神の名前は分かっおいたせん。

    • フェニキア・ポ゚ニ時代玄玀元前8〜3侖简
      女神アスタルテの神域
      フェニキア人は叀い神殿を利甚し、女神アスタルテを祀る神域ぞず発展させたした。奉玍銘文や祭祀に関係する遺物が芋぀かっおいたす。アスタルテは、レバント地域で広く厇拝された女神です。

    • ヘレニズム・ロヌマ時代玄玀元前3䞖玀〜玀元埌5侖简
      ヘラ・ナノ神域
      神域は拡匵され、列柱のある空間などを備えた倧芏暡な宗教斜蚭になりたした。アスタルテはギリシアのヘラ、ロヌマのナノず同䞀芖されるようになりたす。キケロの『りェッレヌス匟功』に登堎するナノの神殿ず、この遺跡が結び぀けられおいたす。

    • ロヌマ垝囜期玀元埌1䞖玀埌半〜2䞖玀初頭頃
      マルタで発芋された、むシス・セラピス・オシリスの象城が圫られた倧理石浮圫゚ゞプト颚浮圫レリヌフ / An Egyptianizing Relief from Maltaの制䜜幎代は、ロヌマ垝囜期玀元埌1䞖玀埌半〜2䞖玀初頭頃フラりィりス朝〜トラダヌス垝期、西暊69幎〜117幎頃ず掚定されおいたす。

    • ビザンツ時代玄5〜9侖简
      キリスト教の聖堂ぞ
      旧神域の䞀郚が改倉され、掗瀌盀を備えたキリスト教聖堂が蚭けられたした。

    それでは珟圚のマルタ島の信仰は、どうなっおいるのでしょうか。

    • メリヌハの聖母Our Lady of Mellieħa
      マルタで最も叀い聖母マリアの聖地の䞀぀です。掞窟の岩壁に聖母像が描かれたずいう䌝承があり、珟圚の聖母像は11䞖玀頃のビザンツ・シチリア系の䜜品ず考えられおいたす。聖堂の存圚は1436幎の蚘録で確認できたす。

    2015幎5月、メリヌハの聖母聖堂はマルタの囜立聖母聖堂ずしお認定されたした。

    • タ・ピヌヌ聖堂Ta' Pinu
      聖母マリアに捧げられた聖堂で、ゎゟ島の䞻芁な巡瀌地です。1883幎、カルムニ・グリマずいう女性が瀌拝堂の方向から䞍思議な声を聞いたずいう䌝承をきっかけに巡瀌が広がりたした。珟圚の聖堂は1920幎に瀎石が眮かれ、1931幎に献堂されたした。

    ロヌマ教皇ペハネ・パりロ2䞖が、1990幎5月にゎゟ島を蚪れた際、このタ・ピヌヌ聖堂に立ち寄り聖堂前の広堎でミサを執り行いたした。

    聖母像ぞの戎冠5぀の星この蚪問を蚘念しお、教皇は聖堂内にある「奇跡の聖母像Our Lady of Ta' Pinu」の頭郚に5぀の金の星黄金の冠を莈り、装食したした。

    その埌の歎代教皇の蚪問タ・ピヌヌ聖堂はマルタ随䞀の「奇跡の教䌚・巡瀌地」ずしお知られおおり、1990幎のペハネ・パりロ2䞖のほか、2010幎にはベネディクト16䞖黄金の薔薇を莈呈、2022幎にはロヌマ教皇フランシスコも蚪問しおいたす。

    • 聖母被昇倩祭Santa Marija
      毎幎8月15日に開催される、聖母マリアの被昇倩を祝う祭りです。マルタでは特に重芁な祝祭で、倚くの町や村で聖母像の行列やむルミネヌション、花火などが催されたす。

    䞊蚘のように、マルタ島には「聖母マリア」ぞの信仰が、叀来から深く根づいおいるこずが分かりたす。

    マルタ島に叀代から連綿ず続く神域、「タス・シルグ」の名は、近くにある「雪の聖母教䌚」に由来しおいたす。

    「雪の聖母」ずは、ラテン語の Sancta Maria ad Nives雪の聖母マリアに由来する称号だずいうこずです。

    カトリックの䌝承では、4䞖玀のロヌマで、聖母マリアが倢に珟れ、教䌚を建おる堎所を瀺したずされたす。

    その堎所には、暑い月にもかかわらず雪が降ったず䌝えられおいたす。

    この「雪の聖母の䌝説」に基づいお建おられた聖堂が、ロヌマにあるサンタ・マリア・マッゞョヌレ倧聖堂です。 

    「雪の聖母教䌚」の名前ずは、このサンタ・マリア・マッゞョヌレ倧聖堂の䌝承に基づいおいるずいうこずです。

    サンタ・マリア・マッゞョヌレ倧聖堂サンタ・マリア・マッゞョヌレだいせいどう、“Basilica di Santa Maria Maggiore”はむタリア、ロヌマにあるカトリック教䌚の聖堂。「偉倧なる聖母マリアにささげられた聖堂」の意で、教皇が建築させたロヌマの四倧バシリカ叀代ロヌマ様匏の聖堂の䞀぀に数えられる。

    サンタ・マリア・マッゞョヌレ倧聖堂 - Wikipedia


    そこで疑問に思うのが、「雪の聖母教䌚」の名前がなぜ「雪」なのか、ずいうこずです。

    画像
    雪の結晶


    「雪」の結晶の圢は「六角圢」で、六角圢ずくれば「ダビデの星」が思い起こされたす。

    画像
    ダビデの星

    「ダビデの星」は、䞊向き䞉角圢ず䞋向き䞉角圢の組み合わせになっおいたす。

    そこで、△が女神「むシス」を衚し、▜が「オシリス」神を衚すずいう蚘事を思い出したした。

    日本の仁埳倩皇陵の地䞋の遺跡を皆様はご存知でしょうかその石宀の壁に刻たれおいた聖刻文字はピログリフの䞭に『△』ずいう圢のものがありたす。その『△』は、゚ゞプトのピログリフにも同じものがあり、それを意味するのは『シリりス』です。△は女神むシスの事でもありたす。さらに『▜』ずいう文字も存圚したした。これはオシリスを衚したす。『△』ず『▜』を重ね合わせる時、六芒星になりたす。それは、ヘキサグラムです。これは、ナダダの星でもあり、倩照倧埡神を祀る䌊勢神宮にも刻たれおいる暡様です。

    『☀158)シリりスは日本ず゚ゞプトず匷い繋がりを持぀/7月29日獅子座新月』 


    マルタ島では、「むシス」ず「セラピス」の銘文入りの錚が発芋されおいたす。

    「セラピス」ずは「オシリス」を基に創られた神であるため、マルタ島には「むシス」ず「オシリス」信仰があったず蚀うこずができたす。

    たた、マルタ島の持船ルッツには、「オシリスの目」ず呌ばれる目が描かれおいるこずが知られおおり、珟代にも「オシリス信仰」の名残が確認できる地域ずなっおいたす。

    △ず▜を合わせた「ダビデの星」ずは、「むシス」ず「オシリス」信仰を衚す暗号であるのかも知れたせん。

    しかし珟圚䞀般的に「ダビデの星」ずは、ナダダ教あるいはナダダを象城する印だず蚀われおいたす。

    ずなるず、「キリスト教カトリック」の䌝承に基づく「雪の聖母教䌚」が、「ナダダ」の印を名前に掲げおいるこずになりたす。

    このこずが意味するこずずは、䜕でしょうか。

    「ナダダ教」ずは、む゚ス・キリストが述べ䌝えた「キリスト教」の教理が生たれる前の、旧玄聖曞の教理を信じ実践する宗教でした。

    ここで泚意すべき点は、「ナダダ教」ず「キリスト教」の神様は同じ神様でいらっしゃる、ずいう点です。

    神様は、私たち人類を創造しおくださり、倩地䞇物を創造しおくださった、党知党胜でいらっしゃる唯䞀の神様です。

    キリスト教が生たれる前に「ナダダ教」を信じおいた「ナダダ教埒」たちは、「む゚ス・キリスト」を受け入れお信じた人々ず、「む゚ス・キリスト」を受け入れずに信じなかった人々の、二぀に分かれおしたいたした。

    そしお「む゚ス・キリスト」を受け入れ、その教理を実践する人々が、「キリスト教埒」ず呌ばれるようになったのです。

    ですから、「キリスト教カトリック」の「雪の聖母教䌚」が、「ナダダ」の印を冠しおいるこずは実に䞍自然なこずです。

    そのため、このこずを矛盟なく解釈しようずするず、「カトリック」ずは、「む゚ス・キリスト」を受け入れなかった「反キリスト」によっお創始されたのではないか、ずいう結論に至るのです。

    「カトリック」が「反キリスト」であるからこそ、わざわざ「ナダダ」を衚すず考えられる「雪」ずいう名前を教䌚に冠したのではないでしょうか。

    「カトリック教䌚」には、「聖母マリア」ずいう名に隠された「キュベレヌ」信仰がいただ息づいおいる可胜性が考えられたす。

    この、「キュベレヌ信仰」においお最も特城的で有名な儀瀌の䞀぀が、男性を象城する睟䞞や粟巣を切り萜ずしお女神に捧げる「去勢儀瀌」です。

    キュベレヌに自らの睟䞞を捧げた狂信的な神官たちのこずを、ロヌマでは「ガッリGalli」ず呌びたした。

    睟䞞を捧げる信仰から思い起こされるのが、゚ペ゜スのアルテミス神像です。

    画像
    ゚ペ゜スの女神


    アルテミス神像は倚くの乳房を持぀ずも、ささげられた雄牛の睟䞞だずも解釈されおおり、この「アルテミス」も「キュベレヌ信仰」を継承しおいるず考えられるのです。

    去勢を終えたガッリたちは、その埌女性の服ドレスを身にたずい、髪を䌞ばし、メむクをしお、䞖俗の男性ずしおの人生を捚お「女性あるいは男女の境界を超えた聖なる存圚」ずしお女神に仕える人生を送りたした。

    この「ガッリ」ず呌ばれた人々の行いずは、珟代の「ゲむ」ず同じなのではないでしょうか。

    男性が去勢し、女性の服を身にたずい、髪を䌞ばし、メむクをしお「ゲむ」ずしお生きるこずずは、「キュベレヌ信仰」が珟代にも継承されおいるこずの氷山の䞀角であるのかも知れたせん。

    カトリック教䌚の総本山があるのが、「バチカン」です。

    この「バチカン」が、「悪魔厇拝」の拠点であったこずも「RAPT理論」によっお解明されおいたす。

    バチカン、む゚ズス䌚、ロヌマ法王、王族による生莄儀匏ず児童虐殺が法廷で明らかに。


    バチカン、児童虐埅で聖職者848人の資栌剥奪。悪魔厇拝はバチカン䞭心に行われおいた。


    ロヌマ法王フランシスコがバチカン祭叞の「悪魔厇拝」を公に謝眪。䞖界にずっお倧きな前進です。


    「バチカン」ずは「キリスト教」を冒涜し貶め、神様に反逆し悪魔厇拝を行う「反キリスト」であったのです。

    叀代ロヌマ時代には、もう䞀぀芋過ごすこずのできない信仰がありたす。

    第二次ポ゚ニ戊争カルタゎのハンニバル将軍によるむタリア半島䟵攻で远い詰められたロヌマは、囜家の存亡をかけお『シビュラの予蚀曞』を照䌚したした。

    • 予蚀の内容 「異邊の敵ハンニバルをむタリアから远い払うには、ペシヌス小アゞア・フリュギアに祀られおいる『アむドスアむドむの母マグナ・マテル』をロヌマぞ迎え入れよ」

    ロヌマはフリュギアのペシヌスから、「黒い円錐圢の隕石神䜓」を即座に招来したした。この聖石は最初、ロヌマ垂内のパラティヌスの䞘に建立されたマグナ・マテル神殿に奉安されたした。

    「マグナ・マテル倧いなる母」の起源ずは、女神キュベレヌであり、ロヌマは、フリュギアのペシヌスからキュベレヌの神䜓ずされる「ペシヌスの聖石Black Stone of Pessinus」を、迎え入れたずいうこずです。

    キュベレヌずは、アナトリア半島フリュギア地方で厇拝された地母神で、叀名はクババKubabaです。

    ここで泚目すべき点は、キュベレヌの神䜓が「黒い円錐圢の隕石」だずいう点です。

    むスラム教の最高の聖地、「カアバ神殿」の倖壁に嵌め蟌たれおいる「黒石」も、「隕石」だず蚀われおいるからです。

    黒石くろいし/こくせき、アラビア語: الحجر الأسود, EI方匏ラテン文字転写: al-ឥad͟jar al-aswad、英語: the Black Stoneは、メッカのカアバ神殿の東隅の倖偎、地䞊から160センチメヌトルほどのずころに据えられた黒い石である[1]。

    黒石の材質が19䞖玀に䞀床分析されたこずがあり、黒石は隕石であるず結論付けられたが[5]、20䞖玀埌半では非隕石説が優勢である[6]#材質。

    黒石の材質は玄歊岩質溶岩、瑪瑙、倩然ガラス、そしお最も䞀般的には石質隕石などずさたざたに蚘述されおいる。951幎に、その21幎前に盗たれた石が取り戻された時の話は、石の性質の重芁なヒントずなる。幎代蚘線者によれば、黒石は氎に浮くこずでそれず分かったのだずいう。この話が正確であるなら、瑪瑙、玄歊岩質溶岩、石質隕石ずいう可胜性は排陀され、ガラスたたは軜石であるずいう可胜性は残る[7]。

    黒石は、玄6000幎前に、メッカから1,100キロメヌトルほど東にあるルブアルハリ砂挠のワヌバルالواؚرに萜ちた、断片化した隕石の衝撃によっおできたガラス片なのではないかずいう説がある。ワヌバルには、衝撃で溶け、倧郚分が衝撃で砎壊されおしたった隕石のニッケル鉄合金の小片を含む石英ガラスの塊があるこずで知られおいる。これらのガラスの塊の䞭には、癜や黄色の内郚ずガスが充ちた空掞を持぀、茝く黒のガラスでできたものもあり、この空掞によっお氎に浮く。

    黒石 - Wikipedia


    キュベレヌの神䜓が「黒い隕石」だずいうこずから、むスラム教の「カアバ神殿」も実のずころ「キュベレヌ」の神殿だったのではないか、ずの疑念を持たざるを埗たせん。

    調べおみるず、「黒い隕石たたは聖石を四角い聖堂・台座・祠に祀る」ずいう圢匏は、叀代アナトリア、シリア、フェニキア、アラビア半島、そしおロヌマ垝囜に至るたで、オリ゚ントず地䞭海䞖界を瞊断するように実䟋が存圚しおいたした。

    アナトリア小アゞアペシヌスの「キュベレヌマグナ・マテル」

    • 所圚地アナトリア䞭郚珟圚のトルコ・゚スキシェヒヌル近郊ペシヌス

    • 祀られおいた石黒く䞍芏則な円錐圢・角すい型の隕石。

    • 四角い構造 叀代フリュギアの岩壁聖域やペシヌスの倧聖域においお、この黒い隕石は倧地の母神の象城である「四角い座怅子玉座」や「方圢の神殿内陣アプシス」の䞭心に奉安されおいたした。

    • 歎史的展開 玀元前204幎、第二次ポ゚ニ戊争の危機に瀕したロヌマ垝囜によっお囜家の公匏守護神ずしお招来され、ロヌマの心臓郚であるパラティヌスの䞘の䞊に建おられた四角い重厚な神殿マグナ・マテル神殿ぞず移送されたした。

    䞊蚘で泚目すべき点は、ロヌマのパラティヌスの䞘で「黒い隕石」が「四角い重厚な神殿」に祀られた、ずいう点です。

    パラティヌスの䞘ずは、ロヌマの「䞃぀の䞘」のうちの䞀぀ずされ、新玄聖曞の『ペハネの黙瀺録』では、倧淫婊ずいう「裁き」の察象ずしお曞かれおいたす。

    画像
    ラむオンを膝に乗せ、片手にタンバリンを持぀キュベレヌ像。ルヌブル矎術通


    さらに黙瀺録17章では、「この女が座っおいる䞃぀の䞘」ず蚘茉されおおり、「キュベレヌ」像が倚くの堎合「玉座」に腰かけおいる姿で珟されるこずずも合臎したす。

    ぀たり、ロヌマで行われおいた眪に満ちた「キュベレヌ」などの女神信仰が、「倧淫婊」ずいう蚀葉で衚されおいる可胜性も考えられたす。

    ここでもう少し、「隕石信仰」があった他の地域も芋おみたす。

    シリア゚メサ倪陜神「゚ルガバルヘリオガバルス」

    • 所圚地シリアの郜垂゚メサ珟圚のホムス

    • 祀られおいた石黒く先端が尖った円錐圢の倧きな隕石。

    • 四角い構造 ゚メサの神殿においお、この黒い隕石は倧きな四角い台座基壇の䞊に据えられ、金銀や宝石で食られた垃で包たれお祀られおいたした。

    • 歎史的展開 3䞖玀初頭、この神殿の䞖襲神官であった若き皇垝ヘリオガバルス圚䜍218–222幎は、この黒い隕石をそのたたロヌマぞず運ばせたした。そしおパラティヌスの䞘に「゚ルガバリりムElagabalium」ず呌ばれる巚倧な四角い神殿を新築し、その䞭倮の四角い台座に聖石を鎮座させお垝囜の最高神ずしようずしたした。圓時のコむンには、「四角い儀瀌甚銬車四頭立お銬車の台座に乗せられた黒い石」が鮮明に刻たれおいたす。

    レバノン・フェニキアビブロスのアシュタルテバアラティ

    • 所圚地叀代フェニキアの枯湟郜垂ビブロス珟圚のレバノン・ゞュベむル

    • 祀られおいた石円錐圢・錐型の黒い聖石バむティロス。

    • 四角い構造 ロヌマ垝囜のコむンゲタ垝やマクリヌス垝の時代の貚幣にその姿がはっきりず遺されおいたす。神殿の䞭庭パティオの䞭倮に「四角い欄干手すりず台座で囲たれた祠自立型聖域」が築かれ、その四角い聖空間の䞭心に巚倧な立石・聖石が鎮座しおいたした。

    • 神孊的背景 りガリットやフェニキアの神話においお、豊穣ず愛の女神アシュタルテアスタルテの象城ずしおこの四角い䞭庭の聖石が機胜しおおり、埌の地䞭海䞖界におけるむシスやナノヘラの聖石厇拝の原型ずなりたした。

    アラビア半島ペトラナバテア王囜の「ドゥシャラDushara」

    • 所圚地ペルダン南郚の遺跡ペトラナバテア王囜の銖郜

    • 祀られおいた石「ムナッサッブMunsab」ず呌ばれる、黒く刻みの入った方圢・円錐圢の圫刻のない聖石。

    • 四角い構造 ナバテア人は神々を人間像ではなく、無圫刻の「四角い石柱」や「立方䜓の石ブロックモヌティブ・ブロック」ずしお衚珟したした。ペトラの最高聖殿である「カスル・アルベントKasr al-Bint」ず呌ばれる巚倧な四角い石造神殿の䞭倮祭壇四角い台座に、䞻神ドゥシャラおよび母神アラヌトAl-Latの象城である聖石が奉安されおいたした。

    アラビア半島メッカ「カアバKaabaず黒石」

    • 所圚地ヒゞャヌズ地方メッカサりゞアラビア

    • 祀られおいた石カアバ神殿の東角に埋め蟌たれた「黒石アルハゞャル・アルアスワド」。

    • 四角い構造 「カアバ」ずいう名称自䜓がアラビア語で「立方䜓キュヌブ / Mukaʿʿab」を意味したす。叀代アラビア半島のゞャヒリヌダ時代プレ・むスラヌム期には、アラヌトやりッザヌなどの女神を祀る四角い石宀や聖石が各地に存圚倧カアバ、小カアバしおいたしたが、メッカのカアバはその䞭で最も決定的な実䟋ずしお残りたした。

    • 䞊曞きの歎史 むスラヌムの成立に䌎い、倚神教的な「石そのものぞの偶像厇拝」は廃絶されたしたが、「四角い暗闇の聖堂立方䜓その角に配眮された黒い石」ずいう物理的・空間的構造はそのたた保存されおいたす。

    䞊蚘のように「カアバ神殿」ずは、「むスラム教」の成立に䌎い、それ以前の「女神信仰」の地に䞊曞きされた聖地であったのです。

    これは「聖母マリアの聖堂」が、むシスなどの埓前の女神信仰に䞊曞きされおきた歎史ず同じであるこずが分かりたす。

    「バチカンの䞘」は、もずもずロヌマ人にずっお倧地母神キュベレヌを祀る「聖なる母胎の堎所」でした。

    むスラム教の「カアバ神殿」には、キュベレヌの神䜓ずされた「黒い隕石」ず同じ信仰に芋える、「黒い隕石」が安眮されおいたす。

    このように、「キリスト教カトリックバチカン」ず「むスラム教」が、同じ宗教を内包しおいる可胜性が出おきたした。

    そしお、この日本にも「隕石信仰」が存圚しおいるのです。

    須賀神瀟犏岡県盎方垂—— 䞖界最叀の目撃蚘録をも぀「盎方隕石」

    • 史実ず䌝承 平安時代初期の貞芳3幎861幎4月7日倜、激しい光ず爆発音ずずもに須賀神瀟の境内に萜ちたず䌝えられる隕石盎方隕石 / 箄470g。

    • 珟圚 目撃蚘録が残る隕石ずしおは「䞖界最叀の萜䞋の蚘録」ずされおおり、長幎にわたり朚箱「倩降石」ず墚曞に玍められ、神瀟の宝物・埡神䜓ずしお倧切に守られおきたした。

    星神瀟愛媛県今治垂倧西町星浊—— 隕石ず疫病鎮め

    • 史実ず䌝承 南北朝時代の延元2幎1339幎、この地の浜蟺に隕石が萜䞋。圓初は子䟛たちの玩具にされおいたしたが、村に疫病が流行したため「星の神五癟筒磐石」ずしお祀ったずころ疫病が治たったず䌝えられたす。

    • 珟圚 この集萜は「星浊」ず名付けられ、神瀟近くの砂浜は「星の浊海浜公園」ずしお芪したれおいたす。

    喚続瀟愛知県名叀屋垂南区星厎—— 日本最叀の確定日付をも぀「南野隕石」

    • 史実ず䌝承 江戞時代の寛氞9幎1632幎、圓時の南野村に萜䞋した「南野隕石玄1.04kg」。

    • 珟圚 か぀おは民家で「星石」ずしお保存されおいたしたが、1829幎に「喚続瀟よび぀ぎしゃ」に寄進され、朚箱に「霊石」ず墚曞されお神䜓霊石ずしお奉安されたした。近隣の「星宮瀟」ずずもに「星厎」の地名の由来ずされおいたす。

    星神瀟岡山垂北区足守真星—— 3぀の萜ちた星ず巚倧な磐座

    • 史実ず䌝承 奈良時代倩歊倩皇の埡䞖、雷鳎ずずもに3぀の星隕石が萜䞋し、陰陜垫の占いに埓っお「星神の宮」を建おお祀ったずされる神瀟。地名も「真星たなほし」ず改められたした。

    • 構造 本殿の背埌には巚倧な磐座巚石が鎮座しおおり、倪叀の磐座信仰ず星隕石の萜䞋の䌝承が完党に融合した幻想的な景芳を今に残しおいたす。

    星田劙芋宮倧阪府亀野垂—— 匘法倧垫空海の星降る䌝説

    • 史実ず䌝承 平安時代、匘法倧垫空海が秘法を唱えるず、北斗䞃星が3箇所に分かれお地䞊に萜ちおきたずいう䌝承䞃曜星降臚䌝承。

    • 構造 萜䞋したずされる堎所星田劙芋宮、光林寺、登矎森には巚倧な織女石磐座や圱向石が存圚し、巚倧なすり鉢状の地圢クレヌタヌや山厩れの跡ずされるの内郚に四角い祠や祭壇が組たれお星隕石が祀られおいたす。

    叀代アナトリア、シリア、フェニキア、アラビア半島、ロヌマ垝囜など、オリ゚ントず地䞭海䞖界ず「日本」が、「隕石信仰」で繋がるずいうこずは、その信仰を持った民族が、確かにその地を拠点ずしながら移動しおいった歎史を物語っおいるず感じられたす。

    「むシス女神」を祀る神殿のこずをラテン語では 「むセりムIseum」、ギリシャ語では「むセむオン / Iseion」ず蚀ったそうです。

    この「むセりム」ずは、日本の䌊勢神宮のある土地の名称「䌊勢むセ」ず音が䌌おいたす。

    これたでの流れから、䌊勢神宮も「むシス信仰」を継承しおいる可胜性もありたす。おそらく、裏䌊勢ず蚀われる「宗像倧瀟むなかたたいしゃ」に「むシス信仰」がより匷く内包されおいるず考えられたす。              

    「宗像䞉女神」ずは「海の神」ず呌ばれおおり、航海の安党を願う神だず蚀われおいたす。

    「むシス神」も、船乗りや海䞊貿易を保護する航海の守護女神ずしお信仰されおいたした。

    そのため「宗像䞉女神」ずは、「むシス神」ぞの信仰を継承しおいる可胜性がありたす。

    以前の蚘事で、裏䌊勢ず蚀われる「宗像倧瀟」には、叀代゚ゞプトの「オシリス神」に盞圓する神が祀られおいるのではないか、ず考えたした。

    「宗像倧瀟」に、△「むシス」ず▜「オシリス」が祀られおいるずするず、二぀を合わせお珟れるのが「六芒星」・「ダビデの星」・「ナダダ」です。

    䌊勢神宮の石灯籠には、「ダビデの星」が刻たれおいるこずで有名です。

    この「ダビデの星」が、なぜ「ダビデの星」ず呌ばれるのか䞍思議だったのですが、前回の蚘事で玹介した「レシュ・ガルヌタ」ず関係があるのではないかず感じたした。

    バビロン捕囚が行われたバビロニアでは、「ササン朝ペルシア」の時代に、Resh Galutaレシュ・ガルヌタず蚀われるナダダ人共同䜓を代衚する「指導者」がいお、ササン朝政府にも認められおいたした。

    たた、バビロニアの「レシュ・ガルヌタ」は、䌝統的にナダ王囜のダビデ王家の系統に぀ながる家系であるず䞻匵されたずいうこずです。

    ただし、実際にすべおの「レシュ・ガルヌタ」が歎史䞊のダビデ王の血統だったこずを蚌明できるわけではなく、これはナダダ人瀟䌚の䌝統・正統性を支える系譜意識ずしお理解する必芁があるようです。

    「ナダダ人」たちは自身のこずを、ナダ王囜の「ダビデ王家」の血統に぀ながる家系であるず䞻匵するために、△ず▜を合わせた印「六芒星」を「ダビデの星」ず呌んで、自らの旗印ずしおきた可胜性が考えられたす。

    䌊勢神宮には「倩照倧神」が祀られ、その神䜓は「八咫鏡」だずされおいたす。

    そこで思い起こされるのが、キュベレヌの別名である「クババ」が、手にザクロず「鏡」を持った姿で描かれるこずです。

    画像
    クババキュベレヌ


    なぜ「倩照倧神」の神䜓が「鏡」なのか、それは「倩照倧神」が「キュベレヌ信仰」を継承しおいるからなのかも知れたせん。

    䞉重県鳥矜垂にある「䌊射波(いさわ)神瀟」は、「かぶらこさん」の名で呌ばれ、神明神瀟石神さん、圊瀧倧明神圊瀧さんず共に「鳥矜䞉女神ずばさんめしん」の䞀柱に数えられおいたす。

    䌊射波神瀟は加垃良叀厎かぶらこざきにあり、その岬の先端に海䞊守護神ずしお、「領有神うしはくがみ」が祀られおいたす。

    画像
    領有神うしはくがみ


    ここに祀られおいる石の圢は、円錐のように芋えたす。そうです、「キュベレヌ」の神䜓は「黒い円錐圢の隕石」だず蚀われおいたした。

    この「日本」でも「キュベレヌ信仰」が、神道の「裏」で密かに息づいおいる可胜性を感じたす。

    ずなるず、「キリスト教カトリック」「むスラム教」「神道」のどれもが、「キュベレヌ信仰」を起源ずしおおり、そこに別の名前を䞊曞きし違う宗教を装い、「裏」では「ナダダ人共同䜓」ずしお皆䞀぀に繋がっおいた、ずも考えられたす。

    なぜ「キュベレヌ信仰」が、別の名前や別の宗教で䞊曞きされなければならなかったのか、それは真の神様に反逆する「悪魔厇拝」だったからなのではないでしょうか。

    この「地球」に、「悪魔厇拝」はたったく必芁ありたせん。

    今こそこの「地球」から、すべおの「悪魔的なもの」、すべおの「悪」ずすべおの「非真理」が完党に滅がし尜くされたすように、そしお党人類の䞊に「神様」の「祝犏」ず「恵み」が豊かに降り泚がれたすよう、心からお祈りしおいたす。

    アダムず゚バが立おられた今、悪が滅び、矩が栄えるずいう倩の法則がこの地に匷力に働くようになった。神様の裁きはこれからの1000幎間、止たるこずはない。


    矩を行えば祝犏、悪を行えば裁き。私たち矩人が人類の祝犏を祈るこずで、この䞖の誰もがこの倩の法則が珟実に働いおいるこずを実感し、理解するようになるだろう。


    今幎からは神様がこの䞖を統治する時代になったので、サタンや悪人を完党に滅がすこずが可胜になった。だから、これたで以䞊に圌らの滅びを祈り、圌らをこの䞖から完党に根絶やしにしなさい。


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