
「療育ではできるのに、家ではできない」それ、育て方のせいじゃないかもしれない話
こんにちは、みみみです。保育士・児発管(児童発達支援管理責任者)として、療育の現場で7年目になります。
発達が気になる子の保護者の方や、支援者の方に向けて書いています。
今日は、療育と家で姿がちがう理由と、療育の工夫の持ち帰り方について書いていきます。
療育のお迎えで、先生から「今日は最後まで座って、課題に取り組めましたよ」と言われた。
うれしい。でも、家では5分も座っていられないのに……。もしかして、家での関わり方が悪いのかな。そんなふうに、少し落ちこんでしまう方もいるかもしれません。
以前、「家ではできるのに、園ではできない」の記事で、場所によって姿がちがうのは矛盾じゃない、と書きました。この記事はその続きで、「療育ではできる」のほうの話です。
療育は「できる条件」をわざとそろえている場所
療育の場には、その子が力を出しやすいように、条件がわざとそろえてあります。たとえば、こんなことです。
毎回、同じ流れ:始まりから終わりまでの順番が、だいたい決まっている
予定が目に見える:絵や写真のカードで、「次はなに?」がわかるようにしてある
終わりがはっきりしている:「この3つが終わったらおしまい」と、ゴールが見えている
ちょうどいい難しさ:その子に合わせて、課題の量や難しさが調整されている
大人の役割がひとつ:その時間、大人はその子と関わることに集中できる
見通しが立ちやすく、迷うことが少ない。だから、持っている力を出しやすいのだと思います。
療育の場で、関わり方をどう選んでいるかは、「療育って、決まったやり方があるの?」の記事に書いています。
家は、条件がそろいにくくて当たり前
家はちがいます。テレビやおもちゃなど、気になるものがたくさんある。大人は、ごはんの支度や洗濯をしながら声をかけている。きょうだいがいれば、そちらにも手がかかります。
そしてなにより、家は力を抜いて休む場所でもあります。療育で気を張ってがんばった分、家ではゆるむ。それは自然なことです。
療育と同じ姿を家で見られないのは、関わり方が悪いからではなく、条件がちがうから。わたしはそう考えています。
「ひとつの場所でできた」は、大事な一歩
ある場所でできるようになったことを、ほかの場所や人とでもできるように広げていくことを、「般化(はんか)」と呼びます。
般化には、時間がかかることも多いです。まずはひとつの場所でできるようになって、そこから少しずつ広げていく。療育でできたのは、その最初の一歩です。
「療育ではできる」は、その子に力があるという証拠です。
くらべて落ちこむより、「この子には、できる力があるんだ」と受け取ってもらえたらと思います。
療育の工夫を、ひとつだけ持ち帰る
全部を家で再現しようとしなくて大丈夫です。ひとつだけ、持ち帰ってみてください。
先生に聞いてみる:「どんなふうにしたら、できていましたか?」と、できたときの条件を聞く
ひとつだけ選ぶ:声かけのことば、手順の見せ方、終わりの合図など、家でも無理なく続けられそうなものを選ぶ
家の様子も伝える:家でうまくいかない場面を伝えると、先生も家庭向けの工夫を一緒に考えやすくなる
たとえば、療育で使っている「おしまい」の合図を家でも同じように使うだけで、切り替えやすくなる子もいます。「おしまい」の伝え方は、公園から帰れない話の記事にも書いています。
支援者の方へ
保護者の方に「今日はできましたよ」と伝えるときは、どんな工夫でできたのかも添えてもらえたらと思います。
「できました」だけだと、家でできていない保護者の方には、くらべられているように聞こえてしまうことがあります。「カードで順番を見せたら、最後までできました」と条件まで伝えると、それは家に持ち帰れるヒントになります。
家は、療育と同じ場所ではありません。家で無理なく続けられることを、保護者の方と一緒に小さく考えていけたらと思います。
さいごに
園、療育、家。場所によってちがう姿を見せるのは、自然なことです。どれもその子の本当の姿で、ちがうのは条件だけ。
療育でできたことは、これから家でもできるようになっていくかもしれない、という合図でもあります。焦らず、ひとつずつ持ち帰っていけたら十分です。気になることが続くときは、ひとりで抱えずに、療育や園の先生、地域の子育て相談窓口、かかりつけ医などに相談してみてくださいね。
※記事に出てくるエピソードは、個人が特定されないよう、複数のケースを組み合わせたり内容を変えたりしています。