
“真面目だね”が傷つく理由を分解してみた
皆さん今日も頑張りました!
こんばんは。自己肯定感0の社会人女です🌷
前回、「“真面目だね”が褒め言葉に聞こえなかった私の話」を書きました。
今日はその理由を、少しロジカルに分解してみたいと思います。
なぜ私は、「真面目だね」に傷ついたのか。
それは、言葉そのものよりも、
自分の中にある“思考の構造”に原因があると気づきました。
優等生の“翻訳癖”
前回の記事で、私は「優等生思考」という言葉を使いました。
私は、自分の中にある思考のクセを、
仮に「優等生思考」と呼んでいます。
それは、
・成果が出ている自分に安心すること
・評価されることで自分の価値を確認すること
・できない自分をすぐに責めてしまうこと
そんな思考パターンのことです。
その優等生思考を持っていた私は、
「真面目だね」
この言葉を、無意識にこう翻訳していました。
真面目だね
= 要領が悪いね
= 効率が悪いね
= 才能がないね
= 私は劣っている
誰もそこまで言っていないのに、
自分の中で勝手に意味を拡張してしまう。
優等生思考の特徴のひとつに、
“他人の言葉を裏読みしてしまう癖”があると思っています。
そしてその裏の意味を、
なぜか自分への否定に結びつけてしまう。
これは性格の問題というより、
身についた思考パターンなのだと思います。
優等生思考の公式
当時の私の中には、こんな公式がありました。
成果 = 価値
できる = 認められる
できない = 劣っている
そして、もうひとつ強く握りしめていた前提があります。
努力 = 報われてほしい
ここが、今振り返ると一番大きなポイントでした。
私は、努力が必ず報われるとは思っていませんでした。
世の中には効率的に結果を出せる人がいることも、
短期集中で大きな成果を出せる人がいることも、
頭ではわかっていました。
でも私は、そうはできない。
一夜漬けも怖くてできないし、
短期間で一気に成果を出すタイプでもない。
だからこそ、
「私のやり方でも、報われてほしい」
という思いが強かった。
コツコツ積み上げる自分の努力を、
せめて何かの形で認めてほしかった。
それなのに、結果が伴わないとき、
私は「自分が足りない」と解釈してしまっていました。
ここで、
成果 = 価値
という公式が作動します。
努力が報われない
↓
成果が出ない
↓
価値がない
この連鎖が、苦しさの正体でした。
なぜこの構造が抜けにくいのか
この思考は、偶然できたものではありません。
どこかで、
成果を出したときに褒められた経験
成果が出なかったときに強く叱られた経験
が積み重なっているはずです。
「できる私」は安心で、
「できない私」は不安。
その感覚が身体に染み込んでいると、
他人の何気ない一言も、
すぐに“価値のジャッジ”に変わってしまう。
だから「真面目だね」は、
単なる性格評価ではなく、
「あなたは効率よく成果を出せていないね」
という意味に変換されてしまう。
でも本当は、
効率型とコツコツ型は、
優劣ではなく特性の違いです。
私はただ、
自分の価値を自分の基準で測ることができていなかっただけでした。
では、この「成果=価値」という公式は、
いつから私の中にあったのでしょうか。
そしてもうひとつ、今振り返って思うことがあります。
私は「努力は美徳」だと信じていました。
でも、それは本当に“好きで”やっていた努力だったのか。
次回は、その原点を少し遡ってみます。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
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