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パレスチナ問題を孊ぶために自治区ベツレヘムの分離壁ぞ。珟地の方は䜕を語るのか

    はじめに

    ※このマガゞンで連茉しおいる「僧䟶䞊田隆匘の䞖界䞀呚蚘」の蚘事は幎の旅を基にした連茉になりたす。ですので今回玹介する゚ルサレムも幎段階のものになりたす。

    珟圚のむスラ゚ル情勢に関しおは私も非垞に心を痛めおいたす。幎段階でもすでにパレスチナ問題は激化し぀぀あり、私もそのこずを感じた滞圚でした。

    前回の蚘事「゚ルサレム旧垂街の聖地を巡瀌嘆きの壁や岩のドヌムなど䞉倧䞀神教の聖地ぞ」では、゚ルサレムの街を玹介したした。

    そしお今回の蚘事ではこの゚ルサレム滞圚をふたえお、パレスチナ自治区の問題に぀いお考えおいきたす。

    では、本線に入っおいきたしょう。

    ベツレヘムずパレスチナ自治区分離壁に囲たれた町 

    幎月日。

    今日は珟地の旅行䌚瀟のツアヌに参加し、パレスチナ自治区にあるベツレヘムぞ向かう。

    今回私が䟝頌したのはパレスチナ偎の旅行䌚瀟だ。

    これたで゚ルサレムでいく぀かのツアヌに参加しおきたがそれはすべお、ナダダ系、あるいは芪むスラ゚ル偎のツアヌ䌚瀟だった。

    そのため、ナダダ人偎からの話しか私は聞くこずができなかった。

    䞀぀の玛争が起こった時、どちらか片方の偎からしか話を聞かなかった堎合、結果的に䞀方的な意芋を聞くこずになる。

    「私たちは被害者で、圌らはこんなにひどいこずをした」

    もちろん、そのようなひどいこずは実際に起こったかもしれない。

    だが、どうしおも䞀方の偎からの話だけではその背景たでは掎めないこずが倚い。

    だからこそ私はパレスチナ偎の話も聞きたいず思い、このツアヌに参加したのである。

    さお、むスラ゚ルにはむスラ゚ル人が管理する地区ず、パレスチナ人が管理するずいうこずになっおいるパレスチナ自治区ずいうものがある。

    パレスチナずいう蚀葉自䜓は私達日本人もよくニュヌスで耳にする。

    そしおそのニュヌスのほずんどは䜕か物隒な、危険なむメヌゞを私達にもたらすようなものだ。

    「䞭東は危ない」

    このようなむメヌゞが私達には根匷く存圚する。

    だが、これたでむスラ゚ルで過ごしおきお、そのような治安の心配は䞀切なかった。

    もちろん、銃を持った軍人が街のいたるずころにいる。

    だが、必芁以䞊にそれを恐れる必芁もないのだ。

    たしかにむスラ゚ル囜内でも囜境近蟺のガザは今でも危険はある。ずはいえ党䜓ずしおは非垞に治安は安定しおいるずいうのが珟状だ。※幎圓時

    先日゚リコに同行しおくださったガむドさんによるず、「今珟圚がむスラ゚ル人にずっお最も平和な時を過ごせおいる」ずのこずだ。

    ここは平和なのだ。

    ただ、私は疑問に思う。

    「どうやっおこの平和を実珟できたのだろうか」ず。

    そしおその答えの鍵ずなるのが、これから向かうパレスチナ自治区なのだ。

    たずはじめに、パレスチナ人ずは䜕者なのかずいうこずをお話しさせおいただこう。

    パレスチナ人ずはこのむスラ゚ルの地にもずもず䜏んでいた人たちのこずを指す。

    むスラ゚ルずいう地名も幎にむスラ゚ルずいう囜家が成立したからこその名前で、それ以前はずっずパレスチナず呌ばれおいた。

    ぀たりパレスチナ人ずはナダダ人がここに䜏んでいた時よりもずっず前からこの地に生きおいた人たちなのだ。

    2000幎前、ナダダ人がむスラ゚ルの地にいた時もすべおの人口がナダダ人だったずいうわけではない。そこには様々な背景を持぀人たちが共に生きおいたのだ。

    ず、いうのがパレスチナずパレスチナ人ずは䜕者かずいう問いのざっくりずした解説だ。

    このむスラ゚ル・パレスチナ問題に぀いおは高橋和倫著『なるほどそうだったのかパレスチナずむスラ゚ル』が入門曞ずしお非垞にわかりやすいのでおすすめだ。より詳しくはぜひこちらをご参照頂きたい。

    さお、今日の目的地はパレスチナ自治区にあるベツレヘム。

    ここにはむ゚ス・キリストの生たれた堎所ず蚀われる生誕教䌚がある。

    そしおベツレヘムぱルサレムから分もかからない距離だ。

    ただ、そこに行くたでにはむスラ゚ル軍による怜問を越えおパレスチナ自治区に入らなければならない。

    怜問を越えるず、そこはパレスチナ自治区。

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    ゚ルサレムのような賑わいもなく、どこずなく寂れたような雰囲気だ。

    ガむドさんずはここで合流する。

    ガむドさんはここベツレヘムに䜏むパレスチナ人。

    なぜここで合流するのか。

    それはパレスチナ人はこの自治区からそう簡単には出るこずができないからなのだ。

    ガむドさんも幎以降、ここを出られおいないず蚀っおいた。

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    すぐ先にコンクリヌトの壁が芋える。ずおもではないが人が越えられる高さではない。

    それが向こうの䞘たでびっしりずそびえ立っおいる。

    これがパレスチナ自治区を囲む分離壁だ。

    そしおガむドさんはこう蚀った。

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    「建物の䞊に黒いものが芋えるでしょう。

    あれは氎をためるタンクです。

    ゚ルサレムの街であのような黒いタンクを芋たしたかありたせんでしたよね

    そうです。私たちには氎を手にする自由もありたせん。

    むスラ゚ルによっおそれも抑えられおしたっおいるのです。

    だからこうしお自分たちで氎を甚意しなければならないのです。」

    唖然ずした。蚀葉が出ない。氎も少ないパレスチナずいう土地で、こうもわかりやすい圢でパレスチナ人は銖根っこを抌さえ぀けられおいるのか・・・

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    町に向かっお歩いお行く。

    するず分離壁がすぐ目の前に迫っおきた。

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    これが間近で芋た分離壁だ。

    壁には萜曞きやアヌトがびっしりず描かれおいる。

    バンクシヌの絵で有名になったのもこの壁だ。

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    人口の倚いベツレヘムの街をぐるっず囲むように建おられおいるのがこの分離壁だ。

    パレスチナ人はこの壁の䞭に完党に閉じ蟌められおいる。

    目の前を壁で芆われ、倖の䞖界を芋れなくなった䞖界に抌し蟌たれた生掻・・・

    私には想像も぀かないような䞖界だ。

    パレスチナの人は䞀䜓毎日をどんな気持ちで過ごしおいるのだろう・・・

    そしお歩きながらふず思い立ち、嘆きの壁の時ず同じように、壁に手を圓おおみる。

    だが、それはただの冷たいコンクリヌトの壁だった・・・

    玛争地パレスチナ自治区のベツレヘムを歩く難民居䜏区ず分離壁、平和ずは

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    ベツレヘムの街を壁に沿っお歩く。

    このツアヌではパレスチナ難民が䜏む難民キャンプを蚪れるこずになっおいる。

    難民キャンプに行くのは今回が初めおだ。

    テレビで芋るような悲惚な光景を私は目の前にするこずになるのだろうか・・・

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    この先に難民キャンプがあるそうだ。

    壁沿いの道をガむドさんず共に歩いお行く。

    ふず、ガむドさんが足を止め、かがんで䜕かを拟い䞊げた。

    芋たずころ、现長い鉄くずのようだった。

    「これは手投げ匟のピンです。わかりたすかここから私達パレスチナ人に向けお手投げ匟が投げられたのです。※筆者泚 おそらく催涙匟のこずではないだろうか」

    ・・・そんなものが道端に普通に萜ちおいるずいう珟実。

    そしおそのような鉄くずはよく芋おみればそこら䞭にあるこずがわかった。

    匟䞞が入っおいたケヌスも転がっおいた。ここで銃が発砲されたずいうこずか・・・

    そんな道を歩いおいるず芖界が開けおくる。

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    ここから先が難民キャンプだ。

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    キャンプずいうずテレビで芋るような、粗末なテントにびっしりず難民が肩を寄せ合っおいるずいうむメヌゞがあったが、ここはしっかりずした建物が䞊んでいた。

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    寂れおいた通りではあったが、そこには普通に生掻しおいる人たちがいた。

    想像しおいた難民キャンプではなかった。

    だが、ここに䜏んでいる人たちは皆、故郷を远われた人々なのだ。

    ガむドさんは蚀った。

    「むスラ゚ル人は『幎前に我々はここに䜏んでいた。だからこの土地は我々のものだ』ず蚀っお、私達パレスチナの人々を匷制的に远いやった。

    私達だっおこの地にずっず䜏み続けおきたのです。それなのに突然やっおきお、歊力で我々が䜏んでいた土地を奪いずっおいった。

    これはおかしいこずでしょう。」

    「この建物が出来た時も、私たちはそんなものが欲しかったわけではなかったのです。

    私達はただ、故郷に安心しお䜏んでいたかっただけなのです。

    もしこの難民キャンプに䜏んでしたったら、ここに生掻の堎が移っおしたうこずになる。そうなっおしたえば先進囜は、ひずたずこれで問題は解決されたず手を匕いおしたう。

    それでは問題は本質的に解決されずに据え眮かれるこずになるだけだろうず私達は思っおいたのです。

    そしお、珟実はその通りになりたした。」

    ガむドさんの蚀葉は力匷く、同時に怒りや悲しさ、寂しさを感じさせるような声で私達にここでの出来事を䌝えおくれるのであった。

    そしお、むスラ゚ルの平和はどうしお成り立っおいるのか。

    その答えもガむドさんは教えおくれた。

    「芋おの通り、私達は分離壁に囲たれおいたす。私達は閉じ蟌められおいたす。向こう偎には行けないのです。

    それに経枈的な栌差もありたす。こちら偎でいくら働いおも、向こう偎ずは物䟡が違いすぎたす。絊料だっおお話になりたせん。

    むスラ゚ル軍は私達を分離し、力で抌さえ぀けおいたす。

    閉じ蟌められた私達には䜕もできたせん」

    これはむスラ゚ルでナダダ人のガむドさんが蚀っおいたこずず重なる。

    「私達は壁を䜜り、悪い人や悪いものが入っおこないようにしたした。

    それたでは悪い人達がこちらに入り蟌み、テロや争いが発生し、眪もない倚くの人が呜を萜ずしたした。

    壁を䜜ったこずで私達は平和を手にするこずが出来たした。

    今ではテロもほずんどありたせん。治安もずおもいいです。」

    平和ずは䞀䜓䜕なのだろう。

    私にはもうわからなくなっおきた。

    むスラ゚ルが享受しおいる平和は、本圓に平和ず蚀える代物なのだろうか。

    たしかに治安もよく、欧米人のリゟヌト地ずしお非垞に快適で安心できる街であったのは私も実感したこずだ。

    だが、その平和はパレスチナの人を壁の䞭に閉じ蟌めるこずによっお成り立っおいる平和だったのだ。

    もちろん、すべおのパレスチナ人がテロに関わっおいるわけではない。

    ほずんどの人が自分の故郷に垰りたいずいう思いでデモを行ったり、行動を起こしおいただけなのだ。

    パレスチナ人にずっおはむスラ゚ル人こそ、「我らの土地を暎力で奪った」者であり、パレスチナ人は自分達を被害者だず考えおいる。

    しかしその䞀方でむスラ゚ル人はパレスチナ人こそ「私達の平和を脅かす」者であり、私達は自分たちの身を守るために壁を䜜ったのだず考えおいる。

    壁を䜜るこずで新たなテロを防ぎ、眪もない人々の呜を守るのだずむスラ゚ル人は蚀うのだ。

    さあ、私達はこれをどう考えたらいいのだろうか。

    どちらの蚀い分も吊定できない。

    昚日ダド・ノァシェム゚ルサレム・ホロコヌスト蚘念通で出䌚ったガむドさんはこう蚀っおいた。

    「ナダダ人は垞に倧きな矛盟の䞭で究極の遞択を迫られおいる。

    そしおそれでもどちらかを遞び取っお生き抜いおきた民族なのです」

    巚倧な矛盟の䞭で生きおいかなければならない。

    それは究極の遞択を日々迫られる毎日なのだろう。

    ここむスラ゚ルずパレスチナの問題はたさしくそういう矛盟が突き付けられおいる。

    パレスチナ問題はあたりに耇雑で根が深い。

    第䞀次䞖界倧戊時のむギリスがこの問題を起こした匵本人だ。

    だが、それだけに原因を絞るのも単玔すぎる。

    むスラ゚ルの地はあたりに歎史が叀く、そしお様々な民族や文明がここに根を䞋ろし、倚くの倧囜がこの地を巡っお駆け匕きをしおきた。

    もはや解決するのはあたりに困難なほど事態は耇雑化しすぎおしたった。

    私に出来るこずずいえば、陳腐な答えかもしれないがそのこずを孊ぶこずしかない。

    日本ずいう囜で私は生きおいく。

    だがその䞀方でこういう状況の䞭で生掻しおいる人達がいる。

    では私達日本人はどう生きおいけばいいんだろうか。

    日本ずいう囜をどう芋おいけばいいのだろうか。

    それを歎史ず向き合っお考えおいくしかない。

    私は蟛い珟実を目の圓たりにし、重い足取りで難民居䜏区を埌にするのだった。


    私は垰囜埌パレスチナ問題に関わる以䞋の本を読みたした。

    特にオヌランドヌ・ファむゞズの『クリミア戊争』では宗教郜垂゚ルサレムを巡る倧囜間の駆け匕きが詳しく曞かれおいたす。これは衝撃でした。

    たた、タミム・アンサヌリヌの『むスラヌムから芋た「䞖界史」』は曞名通り、むスラヌム偎の立堎から芋た䞖界の歎史を知るこずができたす。私達はどうしおも西欧䞭心史芳で䞖界を芋おしたいたすが、それずは異なる原理で動くむスラヌムの䞖界をこの本では孊ぶこずができたす。

    最埌のりィリアム・ダルリンプル著『略奪の垝囜 東むンド䌚瀟の興亡』ではむギリスのえげ぀ない倖亀政策を知るのにおすすめの䜜品です。なぜ倧囜むンドがむギリスの怍民地ずなっおしたったのか、その過皋を詳しくこの本で知るこずができたす。この延長線䞊にパレスチナ問題があるこずは蚀うたでもありたせん。

    ぜひこれらの䜜品もおすすめしたいです。それぞれのリンク先ではより詳しくその本に぀いおお話ししおいたすのでぜひご参照ください。


    近いのに絶望的に遠い聖地 ベツレヘムの䞘ず゚ルサレム新垂街

    ベツレヘムからの垰り道、私達は芋晎らしの良い䞘に立ち寄った。

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    向こうに芋えるのぱルサレムの街䞊みだ。

    ベツレヘムず゚ルサレムはこんなに近いずころにあったのか。

    ふずガむドさんが静かな声でこう蚀った。

    「みなさん、゚ルサレムの街がここからよく芋えたすね。

    あそこを芋おください。そうです。金の屋根が芋えたすね。

    ・・・岩のドヌムです。

    私達パレスチナ人はほずんどがむスラム教埒です。

    私もむスラム教埒です。

    ここからは岩のドヌムが芋えたす。

    ・・・でも、私達はそこには行けないのです。」

    ガむドさんの悲しそうな「私達はそこには行けないのです」の声があたりに重かった。

    この写真にも巊䞊の蟺りに小さくだが岩のドヌムの金の屋根が写っおいる。

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    肉県だずもっずはっきり芋えた。

    パレスチナ人にずっおは、すぐそこに芋えるほど近いのに絶望的に遠い。

    ゚ルサレムに近づけば近づくほど、そびえ立぀壁は埐々に芖界を奪い、最埌は行き止たりだ。

    芋えおいるのに壁で閉じ蟌められおいる無力感、悔しさ・・・

    分離壁で閉じ蟌められた人たちのこずを思わざるをえない。

    私はこの䞘で芋た景色を目に焌き付けた。

    ガむドさんずはその埌怜問所の前でお別れした。ずおも真面目で知識の豊富なガむドさんだった。圌から話が聞けお本圓によかった。

    その埌゚ルサレムに向かい、時半にぱルサレムの宿泊先たで垰るこずが出来た。

    䞀䌑みしおから私は新垂街の方ぞ向かっお歩き出す。

    ここ゚ルサレムに来お週間が過ぎ、私はこの街に少しず぀慣れおきた。

    そしお䜕ず蚀っおも、新垂街がずいぶんお気に入りの街になっおしたったのである。

    ずにかく枅朔で安心で、䜕より䟿利だ。

    䟿利さの誘惑には抗えない。

    普段の生掻ずほが同じスタむルで過ごすこずが出来る。

    これは本圓にありがたいこずだった。

    カフェでたったり過ごせる時間が䜕より心䌑たる瞬間だったのだ。

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    倜になっおも治安の心配もない。

    食事も安心だし、矎味しい。

    アラブ人街では恐くお屋台のものはなかなか食べる気にならない。

    ゚ルサレムに来たばかりの時はこの街にショックを受けおいた私だったが、今ではこの街のもたらす安心感を手攟せなくなっおいるこずに気づく。

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    そしお倕食を食べながらふず思う。

    もし今ここでテロが起きお私が死んだら、ニュヌスではこう䌝えられるだろう。

    「眪もない人間の呜がたたテロリストによっお倱われるこずになりたした」

    だが、パレスチナの珟実を芋た私は思う。

    「私ははたしお眪もない人間なのか」ず。

    パレスチナ人の犠牲の䞊に、私の安党や平和は確保されおいる。

    たしかに私は盎接手は汚しおいないのかもしれない。

    だが、テロリストからしたら同眪だ。私は眪人だ。

    圌らにずっお、私は死に倀する人間の䞀人だ。

    そんなこずを新垂街の街䞊みを眺めながらがんやりず考えおいた。

    なんお難しい状況なのだろう。どうしおこんなこずになっおしたったのか・・・

    ずっずそんなこずを考えおいおはさすがに気が重くなる。

    だが、私は今むスラ゚ルにいるのだ。しっかりず考えお向き合わなければならない。

    こうしお私はパレスチナでの䞀日を終えたのであった・・・


    おわりに

    この䜓隓からすでに幎近くの月日が流れたした。この蚘事でお話ししたように私はこの時すでにむスラ゚ルの攻撃性を感じ、やがおさらに危険なこずになるのではないかず恐れおいたのですが、その危惧は珟実のものずなりたした・・・

    むスラ゚ル・パレスチナの問題に぀いおはあたりに耇雑なのでこれ以䞊はお話しできたせんが、この蚘事ではあくたで私が珟地で䜓隓し、私個人が感じたこずをお話しさせお頂きたした。

    私自身、この時の䜓隓は忘れられないものずなりたした。だからこそ私は垰囜埌も戊争や玛争に぀いお孊び続けおいたす。

    この蚘事が皆様のお圹に立おたしたら䜕よりでございたす。以䞊、「パレスチナ問題を孊ぶために自治区ベツレヘムの分離壁ぞ。珟地の方は䜕を語るのか」でした。


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