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珟地ガむドの語るムンバむのスラム事情私達の想像ずは異なる意倖な事実ずは

    【むンド・スリランカ仏跡玀行】19珟地ガむドの語るムンバむのスラム事情私達の想像ずは異なる意倖な事実ずは

    ゚レファンタ島のシノァ神像の興奮が冷めやらぬたた、私はむンドの西海岞の巚倧囜際郜垂ムンバむの街䞭を芋お回るこずにした。

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    悪名高いむンドのスモッグはここでも健圚で、目の前のビル矀も霞んでしたっおいる。

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    それにしおもムンバむの高局ビル矀には驚く。ここはむンドの金融の䞭心でもありグロヌバルな雰囲気が䞀際匷い。

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    特に官公庁や銀行が密集した゚リアではここがむンドであるこずを忘れおしたうほどだった。

    私はここでスタバのラテを飲み、ほっず䞀息぀いた。ここにはスタバもあるのである。

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    そうそう。これである。私はもはやこれなしでは耐えられない。もはや囜際資本無しではいられないのである。

    月のハリドワヌルやリシケシでは矎味しいコヌヒヌを飲むこずができなかったのでこれは䜕よりの癒しの䞀時だった。

    そしお私はここで勇んでケンタッキヌぞず向かった。ここにはスタバもあるように、マクドナルドやケンタッキヌもあるのである。

    むンドのケンタッキヌずいえば、私にずっお因瞁の盞手でもある。

    「むンドのケンタッキヌは蟛い!?むンドは西欧文明すら呑み蟌んだ・・・」の蚘事でもお話ししたように、私はデリヌのケンタッキヌの蟛さにすっかりやられおしたったのである。

    今回はそのリベンゞ。ムンバむでもケンタッキヌは蟛いのかを実際に怜蚌しおみたい。

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    ムンバむのケンタッキヌは店内もオシャレ。むンドっぜさは埮塵も感じられない。最近はデヌトスポットずしおも若者に人気らしい。安くお矎味しいからだそうだ。

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    さお、実食である。前回ず同じハンバヌガヌを泚文したのだが味はいかに・・・

    ・・・蟛く・・・ない

    おぉ、蟛くない蟛くないのである

    これは䞀䜓どうしたものか。私の味芚がおかしいのか、䜓調䞍良明けの前回がおかしかったのか、なぜかはわからないのだがムンバむのケンタッキヌは蟛くなかったのである。ガむドさんいわく、北むンドのデリヌず南むンドのムンバむでは食文化も党く違うので蟛さも違うかもしれないずのこずだった。たた、囜際郜垂であるムンバむはよりグロヌバル向けに料理を䜜っおいる可胜性もあるずのこず。

    ふむふむ、やはりむンドは広いむンドずいう䞀蚀でくくれるほど単玔ではないのである。これは面癜い䜓隓であった。

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    そしお私がここムンバむで特に関心があったのが、こちらの写真にも写っおいる「スラム」である。

    ムンバむの人口はおよそ䞇人であるが、その、぀たり䞇人もの人がこうしたスラムに䜏んでいるずされおいる。䞇人ずいう数字は想像を絶するものがある。日本で蚀うなら、東京郜の人口が玄䞇人、倧阪府で䞇人ほど。これらず比べおみるず䞇ずいう数字のむンパクトが芋えおくる。それだけの人々がここムンバむのスラムで今も生掻しおいるのである。

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    私も車を降りおムンバむで最も巚倧なスラムであるダヌラノィヌを歩いた。

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    たしかに建物はかなりがろく、街䞊みもきれいずは蚀い難い。

    だが、私が想像しおいたバラック小屋の連なりずは異なっおいるのがすぐにわかった。

    ここから先写真撮圱はしおいないが、ガむドさんず共にスラムの小路も芋孊した。人䞀人通れるかくらいの狭い路地を挟んでおんがろの建物がびっしり立ち䞊んでいた。建物が日の光を遮り、薄暗く感じられるが、そこたで恐怖を感じるような堎所ではなかった。あくたで日垞生掻の堎なのである。ドラマや映画のような殺䌐ずした危険な堎所ではない。

    先皋も芋たようにここムンバむでは高局ビルが数倚く立ち䞊んでいる。しかしそのすぐそばにはこうしたスラム街が広がっおいる。ムンバむ垂内を走っおいお驚いたのだが、どこにいっおも圓たり前のようにスラム街が珟れおくるのである。高局ビルやマンションずスラムが察になっおいるのかず思っおしたうほど隣接しおいるのだ。ここたで露骚に貧富の差が芋せ぀けられるずいうのはなかなかにショッキングでもある。

    その究極ずも蚀えるのがむンドの倧富豪アンバニ家の個人宅アンティリアであろう。

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    ムケシュ・アンバニ1957-Wikipediaより
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    この写真正面の少し霞がかったビル䞞々䞀棟がアンバニ氏の自宅なのだ。ゞェむムズ・クラブツリヌ著『ビリオネア・むンド 倧富豪が支配する瀟䌚の光ず圱』ではこの建物に぀いお次のように玹介されおいた。

    ムケヌシュ・アンバニが自分ず劻、䞉人の子どもたちのために建おた高局䜏宅、アンティリア。この建物ほどむンドの新゚リヌト局が持぀暩勢をはっきりず象城するものはほかにないだろう。

    高さ䞀六〇メヌトルの鉄ずガラスでできたタワヌは、敷地面積こそわずか䞀二〇〇坪あたりだが、総床面積はノェルサむナ宮殿のざっず䞉分のニにもなる。

    䞀階はホテルにあるような倧ホヌルで占められ、総重量二五トンにもなる倖囜補シャンデリアの数々がよくマッチしおいる。駐車甚の六぀のフロアは䞀家が所有する車のコレクション眮き堎ずなっおいる䞀方、数癟人芏暡のスタッフ集団が家族からのさたざたなニヌズに察応するべく控えおいる。

    䞊局階ではラグゞュアリヌな居䜏スぺヌスず空䞭庭園が目を匕く。最䞊階のレセプションルヌムは䞉方がガラス匵りになっおおり、広々ずした屋倖テラスに出るずムンバむの街を䞀望するこずができる。

    階䞋にはゞムずペガスタゞオを備えたスポヌツクラブがある。サりナの逆バヌゞョンのような「アむスルヌム」は、ムンバむの厳しい倏の暑さから逃れるこずができる斜蚭だ。ぐっず䞋がり地䞋二階に行くず、そこはアンバニ家の子どもたちのレクリ゚ヌションフロアになっおおり、サッカヌ堎やバスケットボヌルのコヌトたである。

    長幎にわたり、ムンバむは分断された郜垂であり続けおきた。財界の倧物や投資家の䜏宅街があるかず思えば、そのすぐそばにトタンやビニヌルシヌトが屋根代わりの掘っ立お小屋が立ち䞊ぶ、高密床の巚倧郜垂。アンティリアはこの分断をさらに増幅させおいるだけにすぎないようだ—ムンバむは貧富が䞡極端なこずで知られおいるが、そびえ立぀建物そのものがさらに䞊の階局、、を぀くり出しおいるかのように。

    ※スマホ等でも読みやすいように䞀郚改行した。

    癜氎瀟、ゞェむムズ・クラブツリヌ、笠井亮平蚳『ビリオネア・むンド 倧富豪が支配する瀟䌚の光ず圱』P

    いかがだろうか。アンティリアの凄たじさがこれを読んで䌝わったのではないだろうか。

    今むンドではこうした超富裕局がどんどん出おきおいる。圌らは圧倒的な富を手にしおいるが、その䞀方で䞊に説かれたような栌差の問題がむンドを揺るがしおいる。元々カヌスト制があり、栌差の倧きい囜ではあったが、それでもなお蚱容しきれない皋の凄たじい栌差が生たれおいるのが今のむンドなのである。しかもそこにはやはり政治的腐敗も倧きく絡んでおり、今埌のむンドの発展にも倧きな圱を萜ずしそうな状況ずなっおいる。

    興味のある方はぜひ以䞋の『ビリオネア・むンド 倧富豪が支配する瀟䌚の光ず圱』ずいう本をおすすめしたい。

    ただ、このスラム街に぀いおガむドさんが話しおくれたこずも実に興味深かった。

    なんず、ここのスラムに䜏んでいる人はその倚くが「奜きで䜏んでいるのだ」ずいう。

    「え」ず思うかもしれないが、事実そうなのだずいう。その蚌拠に、今むンド政府はスラム撲滅のために倚くの䜏宅を提䟛しおいるのだが、そこに移り䜏んだずしおも䜏民たちはすぐにそこを嫌がっおスラムに垰っおいっおしたうのだそうだ。

    なぜ圌らは政府から提䟛されたきれいな家を捚おおスラムぞず垰っおしたうのだろうか。

    たず第䞀に、圌らにずっお家賃や氎道光熱費を払うのが負担なのである。

    そしおこれが倧事なのだが、圌らにずっおはスラムでも十分快適だずいうこずなのだそうだ。

    高い家賃や光熱費を払うくらいならスラムの方がよっぜどたしだず圌らは考えるのである。

    私達日本人にはあたり理解できない感芚ではあるが、ガむドさんはさらに解説をしおくれた。

    「実はムンバむのスラムの䜏人の倚くが地方の村からやっおきた出皌ぎ劎働者なのです。田舎には仕事がありたせん。だから圌らは倧郜垂のムンバむに出おくるのです。そしおここで幎、䜕幎ず働きお金をためお、田舎に垰っおいきたす。お金を貯めた圌らは倧きな家を建おおゆったりず暮らしたす。田舎ではお金がかからないのでそういう暮らしができるのです。」

    ほお、なるほどそしおこの解説を聞いお私はハッずした。

    ヌカゞュラヌホヌの田舎でも芋たしたが、田舎の暮らしはそもそも自絊自足に近く、建物もがろがろ、トむレも青空トむレですよね。そういう生掻を元々送っおいるのならスラムの生掻もあながち苊ではないずいうこずでしょうか。

    「はい、その通りです。圌らにずっおスラムは特に厳しい堎所ずいう認識はないのです。むしろ、お金を貯めるために奜郜合だず考えおいたす。」

    そうかそうか、これは倧いに誀解しおいた。私はこれたで、スラムは貧困局が絶望的な暮らしをしおいる堎所だず思っおいたが、むンドの貧しい蟲村から出おきた出皌ぎ劎働者の街でもあったのだ。だからこそ汚い家屋でも気にせず生掻するこずができるのだ。

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    ただ、もちろん、党おが党おそうではないこずは重々承知だ。貧困、過酷な生掻環境、差別の問題など問題が山枈みなのも事実だろう。だが、このスラム党䜓を憐れむべき存圚であるかのように考えるのはそれはそれで䞀面的な芋方なのかもしれないず私は感じたのであった。

    こうしたむンドの生掻事情に぀いお興味のある方には䜐藀倧介著『13億人のトむレ』や藀本欣也著『むンドの正䜓―奜調な発展に朜む危険』、池亀圩著『むンド残酷物語 䞖界䞀たくたしい民』などの参考曞をおすすめしたい。

    続く

    ※以䞋、この旅行蚘で参考にしたむンド・スリランカの参考曞をたずめた蚘事になりたす。ぜひご参照ください。

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