
木箱は、ちょうどそこにあった | 私ならフェリーニの『道』に、この場面を足したい
もし私がフェデリコ・フェリーニの『道』を撮り直すなら、雨の夜をひとつ入れると思う。
町と町のあいだで、オート三輪が止まっている。
故障したのか、ぬかるみにはまったのか。そのあたりは、はっきりさせなくていい。ザンパノは車体の下に潜り、何かを叩いている。金属を叩く音が、雨音に混じっている。
ジェルソミーナはランタンを持って立っている。
「もう少し右だ」
言われて、右へ動かす。
「そこじゃない」
今度は左へ戻す。
ランタンは古く、ガラスの内側が煤で曇っている。照らしているというより、暗さの一部だけを薄くしている。
ジェルソミーナは黙って腕を上げている。
やがて腕が下がってくる。
下がるたびに、ザンパノが舌打ちをする。彼女はまた腕を上げる。雨が袖を伝い、肘から落ちている。
この場面では、ジェルソミーナの顔をあまり映さない。
映すのは、ランタンを握る手と、少しずつ下がっていく肘。それから、車体の下から出ているザンパノの靴。
しばらくして、ザンパノが這い出してくる。
彼は何も言わず、荷台から小さな木箱を持ってくる。空き瓶でも入っていたような、汚れた箱だ。
木箱を、ジェルソミーナの横に置く。
彼女はそれを見る。
ザンパノはもう一度、車体の下に潜る。
「肘を乗せろ」
それだけ言う。
ジェルソミーナは木箱に肘を置く。少し楽になる。けれど高さが合わないので、首を傾けなければならない。
ランタンの火が揺れる。
たぶん、二分もない場面になる。
修理が終わると、ザンパノは木箱を荷台へ放り込む。礼も言わないし、ジェルソミーナも何も言わない。
オート三輪は、次の町へ向かう。
木箱はそのあとも、ときどき画面の隅に映る。
ザンパノが腰を下ろす。
ジェルソミーナが洗った布を置く。
ある日、彼女は木箱を裏返してみる。底には黒い染みがあり、一本だけ釘が浮いている。
彼女は指先で釘に触れる。
押し込もうとはしない。
誰かに呼ばれて顔を上げ、木箱を荷台へ戻す。
あの夜、ザンパノは彼女の腕がつらそうなのを見ていたのだろうか。
そうだったことにすれば、彼の中にも、わずかなやさしさがあったことになる。
けれど、ランタンが下がっては修理ができなかっただけかもしれない。
木箱は、ちょうどそこにあった。
ジェルソミーナは、腕が楽になって、ただ地面に落ちる雨を見ていたのかもしれない。
私は、ザンパノのしたことに名前をつけたくなる。
やさしさだったと言えば、彼を少し許せる。
都合だったと言えば、彼をそのまま憎むことができる。
けれど、そのどちらを選んでも、木箱は少し違うものになってしまう。
オート三輪が道のくぼみを越える。
荷台で木箱が跳ねる。
箱の中で、何かが小さく鳴る。釘かもしれないし、瓶の欠片かもしれない。
ザンパノは前を見ている。
ジェルソミーナは、音のしたほうを振り返る。
それだけで、場面は終わる。
最後の海辺では、砂の上に手をついたザンパノを映す。
手のひらに砂がつく。
彼は一度、その手を見る。
カメラは、砂のついた手をしばらく映している。
それから、雨の夜に戻る。
煤で曇ったランタン。
少し傾いたジェルソミーナの首。
肘の下にある、濡れた木箱。
雨はまだ降っている。