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10年前の人から

    QMSの仕事を、ずいぶん長く続けてきた。

    若い頃は、正直、あまり好きではなかった。

    手順書を書く時間があるなら、開発を進めたい。

    確認が増えれば、そのぶん仕事が遅くなる。

    書類を書いている暇があったら、製品を良くしたい。

    そんなことを思っていた。

    QMSは、品質を守るための仕組み。

    当時の私にとっては、それ以上でも、それ以下でもなかった。

    「この確認、本当に必要なんですか?」

    ある日、新しく入ったメンバーから、こんな質問を受けた。

    「この確認、本当に必要なんですか?」

    その言葉を聞いて、少し懐かしくなった。

    昔の自分も、同じことを考えていたからだ。

    確認が増える。
    記録が増える。
    承認が増える。

    それで仕事が遅くなる。

    その場ですぐに答えることはできなかった。

    頭に浮かんだのは、ずっと前に経験した品質トラブルだった。

    製品そのものに、大きな問題があったわけではない。

    けれど、原因をたどっていくと、あるところに行き着いた。

    「誰かが確認していると思っていた」

    誰かが悪かったわけではない。

    確認を怠ろうとした人がいたわけでもない。

    それぞれが、自分の仕事をきちんと進めていた。

    だからこそ、怖かった。

    会議室が静まり返ったことを、今でも覚えている。

    私は、そのときの話をした。

    規格の条文を持ち出したわけではない。

    手順の正しさを説明したわけでもない。

    あの日、何が起きたのか。

    誰も悪意を持っていなかったのに、どうして問題になったのか。

    そのまま話した。

    話し終えると、その人は静かにうなずいた。

    帰り道、少し不思議な気持ちだった。

    必要性を説明したつもりはなかった。

    それでも、何かは伝わったようだった。

    古いCAPAを読んだ日

    少し前、古いCAPAを読む機会があった。

    作成日は、10年以上前。

    書いた人の名前を見ても、知らない人だった。

    読み進めていると、ある記述で手が止まった。

    「なぜ、その判断をしたのか」

    そこには、起きたことや原因だけでなく、そのときの判断まで書かれていた。

    何を見ていたのか。

    何に迷ったのか。

    どうして、その判断に至ったのか。

    読み終えて画面を閉じても、その文章が頭から離れなかった。

    会ったこともない人なのに、まるで隣に座って話を聞いているような気がした。

    10年以上前の人が、今の私に話しかけている。

    そんな感じだった。

    記録に残っていたのは、出来事だけではなかった。

    その人が見ていたものや、迷った時間まで残っていた。

    手順書の1行にも、誰かがいる

    それ以来、手順書を読むとき、少し立ち止まるようになった。

    この1行は、どんな出来事から生まれたのだろう。

    誰かが、ここで困ったのだろうか。

    何かを守ろうとして、この手順を残したのだろうか。

    そんなことを考える。

    設定値を間違えた人。

    確認を忘れた人。

    急いで判断した人。

    うまく情報を伝えられなかった人。

    手順の向こうには、その人の仕事がある。

    そのときの事情がある。

    そして、そこから生まれた1行がある。

    人は忘れる。

    思い込むこともある。

    急いで、見落とすこともある。

    だから、経験を残しておく。

    次に同じ場所へ来た人が、少しでも迷わずに済むように。

    書いたものは、自分の手を離れる

    以前は、書類を書かされていると思っていた。

    今は、少し違う。

    書いたものは、いつか自分の手を離れる。

    自分がいなくなったあとも、どこかに残る。

    名前も知らない誰かが、それを読むかもしれない。

    10年後かもしれない。

    20年後かもしれない。

    その人が困ったとき、手順書の1行を読む。

    古い記録を開く。

    CAPAをたどる。

    そして、ふと手を止める。

    「ここは、もう一度確認しておこう」

    そう思うかもしれない。

    それだけのことかもしれない。

    でも、そのとき、何かが届いている。

    私は長いこと、QMSの仕事をしてきた。

    手順書を書き、記録を読み、CAPAを閉じてきた。

    以前は、それを仕組みとして見ていた。

    今は、その中にいる人のことを考える。

    誰かが失敗した。

    誰かが迷った。

    誰かが考えた。

    そして、その経験を残した。

    その人とは、もう会えないかもしれない。

    名前すら知らない。

    それでも、残された1行を読むことはできる。

    10年以上前の誰かが、今の私に何かを渡してくれたように。

    今日、私が書いた1行も、いつか誰かの手に渡るのだろうか。

    その人に、私の顔は見えない。

    声も聞こえない。

    ただ、どこかで手順書を開いて、その1行を読む。

    そして、ほんの少しだけ、仕事がしやすくなる。

    それでいい。

    10年後の誰かに、届くかもしれないのだから。



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