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ライブの日に、置いてきた自分

    「あなたって、本当にいい人だよね」

    そう言われるたびに、少しだけ困った。

    嫌なことを嫌と言えなかった。

    頼まれると断れなかった。

    誰かが困っていると、自分の予定を後回しにした。

    それが、いつからか「いい人」と呼ばれるようになった。

    断れなかった

    始まりは、小学校の給食だった。

    隣の子が、ピーマンを前に泣きそうになっていた。

    私は、自分の皿にあった嫌いなピーマンを、笑って食べた。

    先生に褒められた。

    クラスメイトにも喜ばれた。

    そのときの私は、まだ知らなかった。

    嫌なことを我慢すると、誰かに喜んでもらえる。

    そんな経験が、少しずつ身についていった。

    大学の頃、仲のいい友人から夜中の1時に電話がかかってきた。

    「彼氏とケンカした。今から話聞いて」

    翌日は朝から試験だった。

    それでも、

    「うん。大丈夫だよ」

    と答えた。

    2時間、話を聞いた。

    電話を切ると、友人は、

    「ありがとう。めっちゃスッキリした」

    と言った。

    友人は眠った。

    私は、眠れなかった。

    試験には落ちた。

    そのことは、誰にも言わなかった。

    そんな夜が、何度もあった。

    「優しいね」

    「話しやすい」

    「いてくれてよかった」

    そう言われるたびに、嬉しかった。

    だから、自分が疲れていることも、少しずつ言わなくなった。

    ライブの日

    26歳の秋。

    ずっと楽しみにしていたライブのチケットが取れた。

    数か月前からカレンダーに印をつけていた。

    その日のために、仕事も片づけていた。

    ところが当日の朝、同僚から連絡が来た。

    体調を崩したので、プレゼン資料を代わりに仕上げてほしいという。

    指が勝手に動いた。

    「いいよ。大丈夫。お大事にね」

    ライブには行かなかった。

    行けなかった、というより、自分で行かないことにした。

    深夜まで会社に残った。

    「本当に助かったよ。ありがとう」

    そう言われた。

    その言葉が、なぜか痛かった。

    帰宅したのは深夜2時だった。

    ベッドに倒れ込んだところで、スマートフォンが鳴った。

    友人からだった。

    「彼氏とケンカした。話聞いて」

    画面を見たまま、30分動けなかった。

    返信できなかった。

    泣くこともできなかった。

    翌朝、会社に行けなかった。

    その後もしばらく、行けなかった。

    心療内科で診断を受けた。

    けれど、そのとき自分の中に浮かんだ言葉は、別のものだった。

    もう、無理だった。

    自分の声が分からない

    休んでいるあいだ、何もしない時間ができた。

    そこで初めて、自分に聞いてみた。

    本当は、何が嫌だったのか。

    本当は、何がしたかったのか。

    どんなふうに生きたかったのか。

    答えは出なかった。

    何も分からなかった。

    それが、いちばん怖かった。

    10年くらい、自分に聞いてこなかった。

    誰かが困っていれば助ける。

    頼まれれば引き受ける。

    嫌でも笑う。

    断るより、我慢する。

    そうしているうちに、自分が何を感じているのか分からなくなっていた。

    「今日は聞けない」

    今の私は、昔より少しだけ断れるようになった。

    誘いを断ることもある。

    意見が違えば、そう言う。

    疲れている日は、人の話を聞けないこともある。

    昔なら、考えもしなかった。

    ある日、あの深夜の電話をくれた友人と久しぶりに会った。

    彼女が、いつものように話し始めた。

    私は少し聞いてから言った。

    「ごめん。今日はその話を聞く元気がない。また今度でもいい?」

    言ったあと、少し怖かった。

    嫌われるかもしれない。

    気まずくなるかもしれない。

    でも、友人は少し黙って、

    「そっか。了解」

    と言った。

    そして、

    「じゃあ、違う話しよう」

    と笑った。

    それだけだった。

    断っても、友人はそこにいた。

    断ることと、誰かを大切にしないことは、同じではなかった。

    自分を守ることも、わがままとは限らなかった。

    「いい人」でいなくても、残る関係はある。

    むしろ、そうでなければ残らない関係もあるのかもしれない。

    今でも、私は頼まれると断りにくい。

    嫌なことを、笑ってしまうこともある。

    だから、まだ途中なのだと思う。

    それでも、何かを引き受ける前に、一度だけ自分に聞く。

    本当に、やりたいのか。

    それとも、

    嫌われたくないだけなのか。

    その答えを、自分で聞けるようになった。

    それだけで、少し息がしやすい。

    「いい人」と呼ばれなくてもいい。

    ライブの日に置いてきた自分を、今度は置いていかない。

    それくらいは、自分で決めてもいいと思っている。



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