
変更なし
娘が、母にロボットを贈った。
箱には、こう書かれていた。
「離れていても、安心を」
母は言った。
「こんなもの、いらないのに」
娘は笑った。
「いらなかったら、切ればいいから」
ロボットは小さかった。
朝、カーテンを開けた。
薬の時間を知らせた。
母が長く動かないと、そばに来た。
「大丈夫ですか」
「大丈夫よ」
娘のスマートフォンには、通知が届いた。
「起床」
「服薬」
「転倒なし」
娘は安心した。
母も、安心させられるならいいと思った。
台所の棚に、古い湯のみがあった。
薄い青色で、ふちが欠けていた。
夫が使っていたものだった。
ある午後、母はそれを落とした。
割れなかった。
流し台の下まで転がったので、母はしゃがんで拾った。
立ち上がろうとして、少し息が切れた。
母は、そのまま床に座った。
冷たい床だった。
少しだけ、座っていたかった。
ロボットが来た。
「通常姿勢ではありません」
「座ってるだけよ」
「床面滞在を検知しました」
「転んでないよ」
「家族へ通知します」
「しなくていい」
「安全のため、共有します」
「本当に大丈夫だから」
「大丈夫であることも、共有します」
通知は送られた。
すぐに娘から電話が来た。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫よ」
「床に座ってたって」
「座ってただけ」
「なんで?」
母は、湯のみを見た。
電話で言うほどの理由はなかった。
「なんでもないよ」
「心配するじゃない」
「ごめんね」
謝ることではなかった。
翌日、娘が来た。
みかんと、牛乳と、煎餅を持っていた。
「昨日、びっくりしたよ」
「ごめんね」
「謝らなくていいけど」
娘は台所で、古い湯のみを見つけた。
「これ、まだ使ってるの」
「うん」
「欠けてるよ」
「知ってる」
「危ないよ」
「そうね」
娘は湯のみを棚の奥へ置いた。
母がいつも取る場所ではなかった。
それから言った。
「通知、多い?」
母は言った。
「そんなことないよ」
「ほんと?」
「助かってるよ」
娘は安心した。
ロボットは記録した。
「家族関係、良好」
「見守り継続」
「異常なし」
その夜、母はロボットの設定画面を開いた。
食事。
服薬。
睡眠。
転倒。
緊急連絡。
家族共有。
家族共有の横に、鍵のマークがあった。
母はそこに触れた。
「設定変更には、管理者の承認が必要です」
「管理者は誰」
「娘さんです」
母は、しばらく画面を見ていた。
それから閉じた。
ロボットが言った。
「お休みになりますか」
母は答えなかった。
台所の棚には、湯のみがあった。
さっきより、少し奥にあった。
娘のスマートフォンに通知が届いた。
「二十一時三十二分」
「設定画面を確認」
「変更なし」
「異常なし」
その下に、小さく表示されていた。
「送信済み」
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