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季節は、たぶん打ち合わせをしている

    キンモクセイがやってきた。
    私は、まだ頼んでいなかった。

    玄関を開けた瞬間、空気の中に、あの甘い匂いが混じっていた。

    「あ」

    声にしたつもりはなかったのに、声になった。

    まだ、夏を片づけていない。

    部屋の隅には扇風機がいる。
    冷蔵庫には麦茶のポットが残っている。
    サンダルは玄関で、次の出番を疑っていない。
    半袖の服も、椅子の背にかかったままだ。

    それなのに、キンモクセイがやってきた。

    こちらの都合は聞いてくれない。

    けれど、ふと思った。

    私には無断でも、季節同士では話がついていたのかもしれない。

    蝉が鳴いていた。

    ジ、ジ、と短く、どこかの木で鳴いていた。

    真夏のように、空をいっぱいにする声ではない。
    でも、あれはたしかに蝉だった。

    蝉も、まだやることがある。

    その横で、キンモクセイは香っている。

    夏を追い出すようでもなく、秋を言い張るようでもなく、ただ、自分の順番を知っているみたいに。

    思えば、朝の風は少し前から変わっていた。

    夕方の影も、ほんの少し長くなっていた。
    夜の虫の声も、いつのまにか濃くなっていた。

    突然来たと思ったのは、私だけだったのかもしれない。

    二十四節気という言葉を思い出す。
    七十二候という言葉も思い出す。

    昔の暦は、季節を大きく四つに切るだけでは足りなかったのだろう。

    光が少し傾くこと。
    草木が身じろぎすること。
    虫の声が変わること。
    風の温度が、昨日と少し違うこと。

    そういう小さな変化に、ひとつずつ名前をつけた。

    季節は、急に入れ替わるのではない。

    少しずつ、場所を譲り合っている。

    夏はまだ、帰り支度の途中にいる。
    秋はもう、荷物をほどきはじめている。

    同じ部屋にいて、互いの肩がぶつからないように、少しずつ立ち位置を変えている。

    その同居のあいだに、私は立っている。

    扇風機の風を浴びながら、キンモクセイを吸い込む。
    半袖で、少し冷えた朝に出る。
    麦茶を飲みながら、夕方の虫の声を聞く。

    季節は、一緒にやっていく。

    少なくとも、私が思うよりずっと上手に。

    下手なのは、たぶん私のほうだ。

    終わったことと、始まったことを、きれいに分けたがる。

    もう夏ではない、と言いたがる。
    もう次に行かなければ、と急ぎたがる。

    けれど、季節はそんなふうには動いていない。

    蝉もまだ鳴いている。
    キンモクセイも、もう香っている。

    夏も秋も、同じ朝にいる。

    そういう朝が、少し好きになった。

    二十四節気や七十二候のように、私の中にも、もっと細かい季節があるのかもしれない。

    昨日とは少し違うけれど、まだ明日にはなりきっていない。

    そんな時間が、たしかにある。

    キンモクセイがやってきた。

    私は、まだ頼んでいなかった。

    けれど、季節たちはたぶん、ずっと前から話し合っていた。

    蝉が鳴く。
    キンモクセイが香る。
    扇風機が回る。
    朝の風が冷たい。

    玄関で、少しだけ深呼吸をした。

    秋が来た、と思った。

    その横で、扇風機がまだ回っていた。


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