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ストローを挿す前に

    隣のテーブルに、メロンソーダが運ばれてきた。

    緑色の炭酸。
    白いアイス。
    赤いさくらんぼ。

    グラスの表面を、水滴がひとつ落ちた。

    それを見てから、私はメニューを開いた。

    飲みたいのかどうかは、よくわからなかった。

    ただ、注文しないまま帰るのは、少し違う気がした。

    子どもの頃、メロンソーダは、いつでも頼めるものではなかった。

    家族で出かけた日。

    少しだけ、よそゆきの服を着た日。

    デパートの上の階にあるレストラン。
    駅前の、昼でも少し暗い喫茶店。

    席に着くと、まずメニューを見た。

    本当は、見る前から決まっていた。

    それでも、すぐには言わなかった。

    ハンバーグ。
    オムライス。
    ナポリタン。
    プリンアラモード。

    そういう名前の間に、メロンソーダがあった。

    注文していいと言われた瞬間、まだ運ばれてきてもいないのに、うれしさだけが先に来ていた。

    メロンソーダには、順番があった。

    まず、見る。

    グラスについた水滴を見る。
    アイスのふちに集まる泡を見る。
    赤いさくらんぼの軸を見る。

    ストローの袋は、すぐには破らない。

    破ったとしても、すぐには挿さない。

    氷が鳴るのを聞きたい気もするし、まだ何も崩したくない気もする。

    アイスを先に食べるか。
    少し沈めるか。

    さくらんぼは、最後まで残すか。
    最初に食べてしまうか。

    毎回、同じことで迷った。

    迷っているあいだ、グラスはまだきれいなままだった。

    ストローを挿すと、氷が小さく鳴った。

    底の方から泡が上がってくる。

    アイスの下に泡が集まって、白いふちが少しずつ崩れる。

    スプーンで押すと、アイスは簡単に沈んだ。

    沈めたくせに、少し惜しかった。

    緑色だったところが、少しずつ白くにごっていく。

    ただ、冷たくて、甘かった。

    ストローの先が舌に当たって、炭酸が少し痛かった。

    大人になってから飲むメロンソーダは、最後の方で少し余る。

    甘くて、氷が溶けると、もっと甘い。

    最後の方は、ぬるくなる。

    氷は小さくなって、アイスはほとんど溶けている。

    緑色は、最初より薄い。

    白くにごった底に、ストローの先が当たる。

    それでも私は、運ばれてきたばかりのグラスを、すぐには飲めない。

    昔と同じように、少し見る。

    水滴を見る。
    アイスのふちを見る。
    さくらんぼの赤を見る。

    ストローの袋を、指で少しだけ押さえる。

    自分のグラスが運ばれてきた。

    緑色の炭酸。
    白いアイス。
    赤いさくらんぼ。

    昔より、少し小さく見えた。

    水滴が、グラスの外側をすべった。

    テーブルに丸い跡ができる。

    紙ナプキンの端が、少しずつ濡れていく。

    私はストローの袋を破った。

    細い紙が、指に残った。

    すぐには挿さなかった。

    グラスの中で、アイスの端が少し溶けていた。

    泡がそこに集まって、小さく消えていく。

    さくらんぼは、まだ上に乗っていた。

    赤い軸が、少しだけ横を向いていた。



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