
サドルの後ろにあった手
家の前の路地で、砂利が鳴っていた。
7歳だった。
母の手が、サドルの後ろにあった。
汗ばんだ手。
少し力の入った指。
転んだときの、ガシャンという音。
膝についた砂。
窓から、近所の人が見ていた。
見られている。
それだけで、少し恥ずかしかった。
母の手があるあいだ、自転車はまだ、私のものではなかった。
右へ行きたいのに、遅れて曲がる。
止まりたいのに、足が追いつかない。
ハンドルも、ペダルも、私の身体から少し遠かった。
母の手が離れた瞬間、何かが変わった。
怖くなった。
そのかわり、自転車が急に近くなった。
漕がないと倒れる。
それだけが、身体に入ってきた。
私は必死にペダルを踏んだ。
怖いから進んだ。
止まれないから、前へ行った。
そのうち、自転車が身体の続きになった。
そんな気がする。
でも、その瞬間を覚えていない。
母の手が離れたところ。
自分の力で走り出したところ。
そこだけが、抜けている。
私は笑ったのか。
泣いたのか。
母はどんな顔をしていたのか。
窓の人は、まだ見ていたのか。
一番見たい場面だけが、
撮り忘れた写真みたいに、ない。
残っているのは、その前後ばかりだ。
サドルの後ろにあった手。
砂利の音。
誰かの視線。
転んだあとの膝の砂。
乗れた日のことより、
乗れるまでのまわりの気配を覚えている。
自転車に乗れるようになったあと、
窓から見ていたおじちゃんが帽子をくれた。
野球帽だった。
なぜ帽子だったのかは、分からない。
何と言って渡してくれたのかも、覚えていない。
ただ、笑っていた。
私はその帽子を被って、グラウンドまで行った。
夏の間、ずっと被っていた。
帽子の線から下だけ焼けて、
額のあたりだけ白い。
鏡を見ると、少し変な顔だった。
でも、うれしかった。
あの白い額は、
私が少し遠くまで行けるようになった印みたいだった。
家の近くに、小さな自転車屋があった。
店の中には、油とゴムの匂いがした。
私はよく、そこへ行った。
用事があったわけではない。
店の前に自転車を止めると、
おじさんが顔を出した。
「今日はどこまで行けた」
その一言が、うれしかった。
昨日より遠い角まで行けたこと。
グラウンドまで行ったこと。
坂道で少し怖くなったこと。
そんなことを話した気がする。
枝豆をもらった。
焼き芋をもらった。
夏には、かき氷を食べさせてもらった。
私は、ずいぶん勝手に入っていっていた。
それでも、誰も困った顔をしなかった。
おじさんとおばさんには、子どもがいなかった。
その意味を知ったのは、ずっとあとだった。
あの店で、私はお客さんではなかった。
家族でもなかった。
でも、入っていっていい場所だった。
「乗れるようになったら、ウチで自転車を買ってね」
おじさんは、そう言った。
私は、その言葉がうれしかった。
早く乗れるようになりたい理由が、ひとつ増えた。
けれど、結局あの店で自転車を買ったのかどうか、覚えていない。
あれだけ通ったのに。
あれだけ声をかけてもらったのに。
そこだけが、また抜けている。
母の手。
野球帽。
顔の焼け跡。
油とゴムの匂い。
「今日はどこまで行けた」という声。
そういうものばかり残っている。
自転車に乗れた日のことを、私は覚えていない。
グラウンドまでは、ひとりで行けるようになった。
ふらつくハンドル。
止まると倒れる怖さ。
後ろに手がある安心。
そういうものは、少しずつ忘れた。
おじさんとおばさんは、もういない。
店も、今はもうない。
窓から見ていた人が、どこにいるのかも分からない。
顔の焼け跡も、いつか消えた。
帽子を渡すとき、何と言ってくれたのか。
あの店で自転車を買ったのかどうか。
もう、よく分からない。
母の手が離れたあとも、
私はしばらく、誰かの手の届くところを走っていた。
窓の中から。
店先から。
道の向こうから。
「今日はどこまで行けた」
そう聞いてくれる人がいた。
それだけで、私は少し遠くまで行けた。
自転車に乗るというのは、
誰の手も借りずに走れるようになることだと思っていた。
でも、思い返してみると、
私が走り出したあとにも、いくつもの手があった。
サドルから離れた手。
帽子を渡してくれた手。
店先から声をかけてくれた人。
誰かの手が届くところで、
私は少しずつ遠くへ行った。
今でもときどき、サドルの後ろを思い出す。
そこにはもう、誰の手もない。
なのに、少しだけ背中があたたかい。