
「選択肢が多いと“自由”が増えるが、同時に“不安”も増える」【96歳おばあの呟き】
今の時代は何でも選べるようになったねぇ。
本当に「選択肢」が多くなったよ。
仕事も、住む場所、食べるものも、着るものも。
昔みたいに“これしかない”なんてことは、もうずいぶんと減ったもんさ。
これは日本っちゅー国が、多くの人が頑張って築き上げた努力の賜物だねぇ。
選択肢が増えたってのは、それだけ「自由が増えた」っちゅーことでもあるんだよ。良いことじゃあないか。
でもねぇ、ばあちゃんは一つだけ気がかりだ。
何が気がかりかって?
それはぇ、
人は選択肢しが多くなると、同時に「不安」の数も増えるからさ──。
さっきも言ったけど、昔は今ほど選択肢が少なかった。
『この家に生まれたら、この仕事をする』
『この土地で生きて、この人達と関わっていく』
そんなのが当たり前だったよ。
これは若いあんた達から見ると、不自由に思えるだろう。
確かに選択肢っちゅー面では、不自由だったかもしれない。選ぶ余地がなかったんだから。
でも、選択肢がなかった代わりに、「迷う時間」は少なかった。いや、ほぼなかったと言ってもいいぐらいさ。
「これでいいのか?」なんて、毎日考えなくてよかったんだよ。
それに比べて、今はどうだい。
仕事はいつでも変えられ、人間関係も好きに選べて、住みたい場所に住むことができる。
自分次第で、いくらでも状況を変えられる環境がすぐ隣にあるねぇ。
こりゃあいいこと尽くしだよ。
いいこと尽くしであって、その結果、昔にはなかった「今の不自由」が生まれたねぇ。
特にあんた達は今、なんでもスマホで調べられる。全てにおいて、選ぶっちゅー行為が当たり前になっている。
でも、選ぶと同時に、人は「選ばなかったもの」が必ず残るんだよ。
あっちを選べば、こっちは失う。
こっちを選べば、あっちの可能性は消える。
すると次に人はどうなると思う?
こう思い始めるのさ。
「あれ、本当にこれでよかったのか?」ってねぇ──。
自分がどれだけいい選択をしたとしても、
選ばなかった「別の選択肢」が頭に残る。
ひょっとしたら「もっと良かったかもしれない未来」が、ずっと横にちらつくんだ。
こんなのは些細なことかもしれないし、そもそもいい選択をしたなら、後悔なんてその時は感じない。
でもねぇ、これが後からじわじわ効いてくるのが人生っちゅーもんだよ。
昔は選択肢が少なったし、「比べる相手」も少なかった。
だけど今は、他人の人生がすぐ見えるだろう。
「あの人は楽しそうだな」とか「あの人はうまくいってるな」とか、他人の選択のほうが良さそうに見えてしまってる。
そうするとどうだい。
あんたはだんだん不安になるのさ。「自分の選択は間違っていたかも」って。
選択肢が増えた分だけ、後悔と不安の材料も増えちまった。
人はね、選択肢が少ないと不自由になるけど、多すぎると今度は不安になる。
この世にちょうどいい数なんて、なかなかないもんだよ。
だからねぇ、ばあちゃんは思うんだ。
一番大事なのは、
どれを選んだかより、「選んだ後にどうするか」だよ。
人は皆、自分の選択を正解にしたがる。
でも最初から正解なんてほとんどない。
選んだ後に、「自分がその選択を正解にする」っちゅーのが肝心だ。
自分の選択とどう向き合うか。
それで選んだ後の未来が決まるもんさ。
いい選択を探し続ける人は、失敗や不安を恐れてどんどん動けなくなる。
反対に「これでいく」と決めた人は、迷いがない。つまり、不安が生まれないし、自分の選んだ道を正解に舗装していく。
「選択」っちゅーのは不思議なもんだよ。
だって同じ選択でも、人によって結果が違うんだから。
そう考えると、根本的にこの世界には「成功」か「失敗」の二つの選択肢しかないのかもしれないねぇ。
何となく、選択肢が多いと「言い訳も増える」とばあちゃんは思ってるよ。
「あっちの方が良かったかも」
「まだ他にあるかもしれない」
そうやって人は決めれなくなる。
あんたも気を付けな。
選択肢が多かろうが少なかろうが、結局最後は「自分の生き様」次第だよ。
最後に、おばあちゃんから一言
選べる時代に生まれたのは、あんたにとって幸運のことさ。
でもねぇ、一つ覚えておきな。
選択肢は「安心をくれる」もんじゃない。
むしろ、あんたの「覚悟を試す」もんだよ。
別に迷ってもいい。つまづいてもいい。何なら立ち止まってもいい。
だから「これでいい」じゃなくて、
「これでいく」って決めなさい。
そうやって選んだ道っちゅーのは、必ず後からあんたのもんになる。
大丈夫。ばあちゃんがいつでも見守っててやるから安心しな。