
第3章 #5 義とはしっかりとした骨格を体に与えるところの骨のようなものである
#5 Another speaks of it in the following terms: "Rectitude is the bone that gives firmness and stature. As without bones the head cannot rest on the top of the spine, nor hands move nor feet stand, so without rectitude neither talent nor learning can make of a human frame a samurai. With it the lack of accomplishments is as nothing."


私の訳:もう一人の武士(真木和泉守(註)]は次のような言葉で義について述べている。
「義とはしっかりとした骨格を体に与えるところの骨のようなものである。骨がなくては頭は脊椎のてっぺんに置かれないし、手も動かせず、足も立たない。それと同様に義がなくては才能も学識も一人の人間を侍に仕立てあげることはできない。(一方)義があれば、教養や才能が不足していても大したことはない。」
原文 “ ” 内。「何傷録」には以下のように書かれている。「士の重んずるにとは節義なり。節義はたとへていはば人の体に骨ある如し。骨なければ首も正しく上に在ることを得ず。手も物を取ることを得ず。足も立つことを得ず。されば人は才能ありても学問ありても、節義なければ世に立つことを得ず。節義あれば不骨不調法にても士たるだけのことには事かかぬなり」と。
註 真木和泉守(1813-1864) 名は保臣。筑後久留米水天宮の祠官であったが江戸、水戸に遊学し、特に会沢正志斎の影響を受ける。文久2年脱護上活して尊属運動に入る。文久3年8月18日の政変で京都を追われ、元治元年の禁門の変で長州藩藩士とともに戦って敗れ、天王山で自刃。引用は「何傷録」より(真木和泉守遺文所収)。














真木和泉守


