
Arthur May Knapp
ここで言及されている Arthur May Knapp(アーサー・メイ・ナップ, 1841–1921) とは、明治時代に来日したアメリカの宣教師・文筆家です。 [1, 2]
彼の人物像や、この引用の背景は以下の通りです。
1. アーサー・メイ・ナップ(Arthur May Knapp)の概要
肩書: アメリカのキリスト教(ユニテリアン派)の宣教師、歴史・日本研究家。
ハーバード大学出身: ハーバード大学を卒業後、南北戦争に従軍し、その後に神学部を卒業しました。
福澤諭吉との深い交流: 明治20年(1887年)にアメリカ・ユニテリアン協会の初代代表として来日しました。当時、慶應義塾の創設者である福澤諭吉と非常に深い親交を結び、慶應義塾にハーバード大学から外国人教授陣を招聘する基礎を築いた人物としても知られています。 [1, 2, 3, 4]
2. 引用された言葉の背景と著書
新渡戸稲造が引用したこの言葉は、ナップが1896年に著した**『封建的日本と近代日本』(Feudal and Modern Japan)**という著書からの一節です。
ナップはこの著書の中で、日本の武士道や社会制度を深く研究し、「日本の武士(サムライ)は、何世紀にもわたる名誉、服従、義務、自己犠牲の訓練を積んできた」などと西洋に向けて紹介しました。
3. この一節での役割
ナップの言葉「ヘブライ文学においては、著者が『神』について語っているのか『国家』について語っているのか、区別がつかないことが多い」という指摘を借りて、新渡戸稲造は**「日本における『愛国心』と『(天皇・皇室への)忠義』は、キリスト教圏における『神への信仰』と同じくらい密接に結びついており、両者を切り離すことはできない」**という日本人の精神構造を説明するために、彼の言葉を引用しています。
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