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Photo bykazushinakamura

二重スリット実験のスクリーン上に現れる粒子の跡は、いつ現れる?

    二重スリット実験というものがあります。これは量子力学における「波動性」や、観測の非自明な働きを示す例として、ネット上でもよく解説されています。ただ間違った説明も多く、勘違いをされたままの方もいらっしゃるようです。たとえば「観測者が電子に意識を向けることが、電子の観測となって、電子は波から粒子に変わる」という理解をされている場合もありますが、それは下記記事のように現代物理学では違いであることがわかっています。

    またよくある誤解は、スリット後方のスクリーンに粒子が跡を残す時刻についてです。スリットを出てきた電子が、「スクリーン」というマクロな物体と相互作用することで、非常に複雑な多粒子反応が起きて、それで波動関数が収縮するという主張も、なされることがあります。下記の図のように、電子がスクリーンに到着した時点で、電子の波動関数は、そのスクリーン上の1点に収縮するという主張です。

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    スクリーン上に電子が到着した時点で電子の波動関数は収縮するという説明

    しかし、量子力学という理論において、これは良い説明ではありません。

    電子の波動関数は、量子状態トモグラフィ法で実験的に定義される量です。
    そしてその波動関数は、電子のいくつかの物理量の確率密度分布のデータから決まります。つまり「波動関数=確率分布の情報」という形になっています。そしてある対象の確率分布は、「どの観測者にとって」ということを指定しないと、定まりません。観測者が持っている、その対象の事前情報の多寡に応じて、確率分布は変化するためです。たとえば、箱の中のサイコロの各目の出る確率は、全く情報がない観測者にとっては1/6ですが、事前に奇数の目が出ていることだけ知らされている観測者にとっては、偶数の目の出る確率は零となり、1/6ではありません。このことは、確率分布から決定される波動関数にも当てはまります。

    二重スリット実験の場合は、スクリーン自体に、普通は確率を理解する知能や意識はないと考える場合が多いとおもいます。そしてそのような知能や意識を持つ外部の観測者が、スクリーン上を観測します。そしてこの場合の電子の波動関数とは、この外部観測者にとっての、物理量の確率分布の集合のデータです。スクリーン上の電子の跡の位置情報を得ることで、二重スリットを通る前の電子の波動関数(確率分布)が、この観測者にとって、収縮した波動関数に更新されるという形になっています。もし「スクリーン」という物体自体が、情報を得ることで電子の波動関数を更新する知能や意識をもつ、普通の観測者のような存在だと仮定することも可能ではありますが、その場合にはスクリーンにとっての、電子の波動関数が、電子が到着するたびに更新されるわけです。外部の観測者にとっての波動関数の更新または収縮と、それは区別されるべきものです。

    たとえば、スクリーンを含めた二重スリット実験装置全体を、外部環境から隔離する設定で実験をし、1つの電子がスクリーンに到着した後に、外部観測者がスクリーン上のその電子跡を確認することを考えてみます。すると、二重スリット実験の理解は、よりクリアになります。その観測者にとっては、スクリーンと電子を含めた全体系が量子系です。するとシュレディンガーの猫と同じように、観測者がスクリーンを確認する前には、そのマクロ系の量子重ね合わせが、その外部観測者にとっては生じています。

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    スクリーンを含めたマクロ系の量子重ね合わせ

    そして、外部観測者がスクリーンに光を当てるなどの相互作用をして、電子跡の位置を確認したときに、その外部観測者にとっての、電子(とスクリーン上の電子跡)の波動関数は収縮します。つまり、スクリーンに電子が到着した時刻ではなく、観測者がスクリーンと相互作用をして、電子跡の位置を観測者が認識した時点で、観測者にとっての電子の波動関数は更新されるわけです。

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    外部観測者がスクリーンを観測した時点で、初めて観測者にとっての電子の波動関数は収縮する

    今は1つ1つの電子跡を観測者がバラバラに確認する設定を考えましたが、もちろん多数の電子を一気に二重スリットを通過させた、しばらく後に、観測者がおもむろに、スクリーン上にできる電子の集まりの干渉縞を確認する設定もできます。

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    多電子を一気に二重スリットを通す場合のマクロな重ね合わせ状態

    その場合でも、やはり外部観測者がスクリーンを確認した時刻が、その電子の集まりの波動関数が、外部観測者にとって収縮した時刻なのです。

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    スクリーンの干渉縞を確認した時刻が、観測者にとっての電子群の波動関数の収縮が起きる時刻

    まとめると、「二重スリット実験で、電子の波動関数が収縮するのは、スクリーンに電子が到着した時刻」と主張は、あまり正確ではないのです。スクリーンを擬人化して、スクリーンを確率情報を扱える知能と意識をもつ存在と考える場合には、そのスクリーンにとっては、電子の波動関数が電子到着時刻に収縮すると考えても良い、という程度の話なのです。


     
     
    量子情報物理学の研究者です。著書に『入門現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心として-』(講談社サイエンティフィク)『量子情報と時空の物理』(サイエンス社)。質問はMONDで。(https://mond.how/ja/hottaqu)Twitter: @hottaqu

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