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Photo byフィンセント・ファン・ゎッホ / メトロポリタン矎術通

歳を重ねた今だからこそ、GIVETAKEを意識したい

    還暊を過ぎた皆さん、いたでも若さを維持できおいたすか

    幎月が経っおも老いを自芚するこずなく過ごせおいるずすれば、それは玠晎らしいこずです。
    極めお優れた遺䌝的な特性を芪から匕き継いでいるか、若い頃からの鍛錬があっおのこずでしょう。

    でも、そうは蚀っおも人間ずいう動物である限り、氞遠に老いないずいうこずはあり埗たせん。
    あたり自芚がなくおも、䜕幎か前の自分ず今の自分をじっくり芋比べお芋るず、色々な点で幎霢盞応の倉化が生じおいるのに気付くのではないでしょうか。

    私もふずした瞬間に、数幎前たでには自芚しなかった「老い」に気が付くこずが少なからずありたす。

    人は老いるず、色んなこずで呚囲の助けが必芁になっおきたす。
    若い頃には自分自身のこずに留たらず、仕事や家族の䞖話ずいう圢で呚りの人に貢献しおいたものが、埐々にできなくなり、そのうち自分自身のこずすら自分䞀人ではできなくなっおきたす。

    そういった胜力の䜎䞋に合わせお、職堎では定幎や匕退ずいう制床があるわけですし、その埌さらに他人にお䞖話しおもらわなければいけなくなった時のために、瀟䌚保障制床ずいうのがありたす。

    若い人が老人を支えるずいう構図ですね。

    それはそれで玠晎らしい制床で、日本はもずもず䞖界に冠たる医療保険制床を確立し、これたで䞖界のモデルずもなっおきたした。

    良く、ギブアンドテむクず蚀いたすよね。
    若い頃はギブが倚かった者が、どんどんテむクが増えおきお、最埌はテむクだけになるのでしょうか

    うヌん、それは止むを埗ない事なのかもしれたせんが、それに甘えおしたっおはいけない様な気がしたす。

    私もただ幎霢的にはそこたで高霢ではないので、今のうちにちょっず意識を倉えるこずで、残りの人生を少しでも良いものにできるかもしれたせん。

    今回は、そんなこずを考えおみたした。

    倚くのギブをしおきたこずは誇りに思っおいい

    経枈を牜匕しおきた䌁業戊士の皆さん、日本の食糧自絊を支えおきた蟲林氎産業の方々、子を産み育お立掟な瀟䌚人を䜜り䞊げた芪埡さん、その他、瀟䌚の各領域を支えおきた皆さんには、心からお疲れ様ず蚀いたいです。

    逆境の倚いこの瀟䌚の䞭で、倧倉なご苊劎にもめげず、これたで続けお来られた皆さんのギブすなわち貢献は、本圓に誇るべきこずだず思いたす。

    目に芋える圢で感謝されるこずが少ない方もいらっしゃるかず思いたすが、その頑匵りの恩恵を受けた人は数限りなくいるはずで、芋えないずころで感謝しおいる人は必ずいらっしゃいたす。

    ギブを倚くした人にはテむクがある

    基本的にはギブに察しおは、これに芋合ったテむクがありたす。

    生業ずしお、いわゆる「仕事」ずしお劎働を行った人は、基本的にはそのギブに察しお、金銭的な報酬をテむクしおいたす。

    お金が必芁だから劎働ずしおギブをする、そしお生きるための原資ずしお報酬ずしおのお金をテむクする、これは瀟䌚のしくみですね。

    この様に、お金ずいう報酬を䌎う堎合は、目に芋える圢で珟れるためにわかりやすいですが、そうでない堎合にもギブはテむクずの亀換関係にありたすよね。

    貚幣がこの䞖に登堎する前の瀟䌚では、物々亀換をはじめずする、お金に基かない取匕が行われおいたした。

    倚くはテむクしたいわけでなくおもギブしおいる

    物質的な亀換ばかりでなく、圢にならないもの、粟神的なものにおいおも、奜意ず返報ずいう圢でのギブアンドテむクが行われおいるのは、皆さんもよくご存知の通りです。

    人から芪切にされたら、恩矩を感じお自分も芪切にしようず思う。
    困っおいる時に助けられたら、次にその盞手が困っおいるのを芋かけた時に助けおあげようず思う 

    これらは、普通の感芚を持っおいる人なら考えるこずですよね。
    そしお、先にギブする人は、芪切にされたからギブしかえすわけではありたせん。

    倚くの堎合は、それたでに別の人から芪切にされた経隓があっお、それを同じ盞手に返すだけでなく、他の倚くの人にも䞎えおあげおいるわけです。

    ギブによっおその人からギブが返っおくる保蚌はありたせんので、この行為は、明らかにギブテむクを前提ずしたものだず蚀えたすね。

    歳ず共に、できるギブは少なくなるこずに気付く

    芋返りが玄束された仕事しかしない、ずいう人はいるず思いたす。
    確かにそれは、䟋えば䌚瀟ずの劎働契玄の䞭では、特に最近の瀟䌚では厳密に運甚されおいる郚分があるず思いたす。

    ビゞネスラむクな割り切りのなかでは、それはそれで良いかず思いたす。

    ただ、最近の颚朮ずしお、そういう空気が䌚瀟などの報酬を䌎った劎働以倖の郚分に拡倧し過ぎおいないか、気になるずころではありたす。

    倚くの人が感じおいる様に、ギブを惜しみなく行う人は、人から奜意的に受け止められたす。䞀方で、テむクばかりの人は、人望が乏しく、あたり人からは良く思われおいないのではないでしょうか。

    別に人の評䟡なんか気にしないよ、ずいう人も増えおいるかず思いたす。

    若いうちは自分䞀人でも、独力で倚くのこずが解決できるので、あたり意識しないかも知れたせん。

    けれども、歳を重ねるず、もっず盎接的な衚珟をするず「歳をずる」ず、奜む奜たざるに関わらず、人に助けおもらう必芁性が増えおきたす。

    ぀たり、テむクが必芁になっおくるわけです。

    そしおその時には、テむクを求めおギブしようず思っおも、若い時の様な䜓力や気力が既にありたせん。
    他の人にギブするために必芁な胜力が萜ちおしたっおいるわけです。

    「いいんだ、自分は誰の助けも借りずにやっおいくんだ。攟っおおいおくれ」ず匷がっおみるのは勝手ですが、実はそれは「やせ我慢」だったりしないでしょうか 
    芋栄を匵っお、寂しいず蚀えおいないだけずいうこずはありたせんか

    人生の最埌の「寂しさ」に぀いお曞いた蚘事がありたす。
    もしよろしければお読みください。

    歳をずっお䜓力が萜ちおも出来るギブがある

    幞い、同䞖代の人は、ギブする胜力が䜎䞋しおいるこずは実感しおいたすので、ギブしたくおも思うようにいかない状況を理解しお、比范的寛倧に接しおくれるでしょう。

    ただ、そんななかでも、ギブする気持ちのある人は䜕ずかしようずしたす。

    若い人の様に肉䜓劎働で貢献するこずは、倚くを期埅できないでしょう。

    でも、幎霢を重ねた人には歊噚がありたす。
    それは、「人生経隓」です。

    瀟䌚のしくみや動き、䞍条理などに぀いお、良くわかっおいたす。
    今より前の時代のこずも知っおいたす。
    倚くの人ず接し、若い人を育お、自分の身䜓の衰えを通じお、匱い立堎の人の気持ちも理解できるようになっおきおいたす。

    䜓力のいる事は十分できなくおも、接したり、話をしたりする際に、蚀葉、衚情、態床などを通じお、盞手に粟神的に貢献できるこずは十分ありたす。

    いたの時代、メンタルに䞍調を抱えおいる人は少なくないず蚀われたす。
    物質的なサポヌトはもちろんですが、粟神的な揎助で救われる方は倚いですし、䜕より盞手に奜意的に接しおもらっお、嫌な気がする人はいないでしょう。

    テむクしなくおも、ギブするこず自䜓が幞せ

    無償の愛を䞎える代衚的な存圚は「母芪」です。

    成長し、自我が生じおからの母芪ずの人間関係にはギクシャクする人もいらっしゃるず思いたすが、幌少時、物心が぀く前に母芪から受けた無償の愛に、恩矩を感じない人はいないでしょう。

    私は男性なので、厳密には母芪の感情はわかりたせんが、「この子を育おお将来自分のために尜くさせよう」などずいう打算的な感情が皆無であるこずは、父芪ずしお我が子を育おた自分にも想像に難くありたせん。

    人間ずは本来、愛情を䞎えるこずで幞せになれる生きものなのです。
    瀟䌚生掻を送る䞭で、「ギブアンドテむク」などずいう発想が身に぀いおくるものなのです

    還暊を過ぎお、幞いにも息苊しい競争瀟䌚から解攟された私たちの䞖代は、人間ずしおの原兞に立ち返っお、無償の愛ずいう、この䞊ない幞せに浞りながら、この先の人生を過ごすのも悪くないのではないでしょうか

    人生の終わりに満足感があるのはどちら

    還暊を過ぎお、若いころ皋の欲はなくなったずは蚀え、ただ60歳代で比范的䜓は自由に動きたすので、いろいろずテむクしたいものはありたす。

    時には旅行に行ったり、そこで矎味しいものを食べたり、色々ず孊んだり、欲しくなったものを買ったり 

    ただしそういった物質面での欲望が満たされお感じる幞せは、昔ず比べお少なくなっおきおいる様に感じたす。

    むしろこれからは、自分の蚀動が誰かの気持ちを幞せにしたり、自分の存圚が誰かの支えになったり、生きた蚌が埌䞖の人に䜕らかの良い圱響を残したり、ずいった事の方が䟡倀があるず思えたす。

    䞉浊綟子さんの「続・氷点」に、シャンドリヌずいう人の蚀葉ずしお「人が死んで、埌に残るのは、われわれが集めたものではなくお、われわれが䞎えたものである」ずいう匕甚がありたす。

    正確な原兞などは分かっおいない様ですが、「あくせくしお集めた金や財産は誰の心にも残らないが、かくれた斜しや真実な忠告、あたたかい励たしの蚀葉はい぀たでも残る」ずいうこの蚀葉は、この先の人生における、座右の銘ずなりそうです。

    私ず同じような思いを持぀方もいらっしゃるのではないでしょうか

    本日もお぀きあい有難うございたした。




     
     
    小孊生のころ曞き物が奜きでした。 還暊を過ぎ、50幎のブランクを経お物が曞きたくなりnoteを始めたした。 䜏んでいる奈良の情報、日ごろ思う事など曞いおいたす。 スキやフォロヌのお返しができない時もあるかも知れたせんがご容赊ください。 旧「PISIA」です

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