
文学フリマという世界
会場に足を踏み入れた瞬間、なんだここは、と思った。
人、人、人……。
写真では見ていたものの、生の熱と迫力はそれ以上だった。
つい、ベタなセリフが沸き起こる。
……人が、ゴミのようだ。
これがピッタリくる光景に立ち会うことは、実際にはあまりない。
ブースに近づこうにも、売っている人たちの熱が熱すぎて、つい躊躇してしまう。
だ、ダメだ。近づけない。
ものの5分で怖気づいた。
早々に退散……、いや、ここで尻込みしてどうする。
わざわざ神奈川の端っこから東京の端っこまで、はるばる遠征してきたのだ。
来ようと思えばいつでも来れる距離ではあるものの、このまま何の収穫もなくして尻尾をまるめて帰るわけにもいかない。
立ち読みコーナーにひとまず避難。
面白そうな本が所狭しと並んでいる。
なんの下調べもせずに乗り込んだことを後悔しながら、気になった表紙に手を伸ばしていく。
なんだ、商業本ばかりじゃないか?
綺麗に製本された本ばかりが並び、個人で製本しているなどとは思ってもみなかった。それほどクオリティが高いものばかりに見えて、もっと手作り感のあるものでいいんだけどな……と狼狽する。
あとで知ったことだけれど、個人で、少数部数でも、本屋さんに並んでいる本と見紛うような製本の本が作れるらしい。
そんなことを露とも知らない私は、やっとホチキス留めの本を見つけ(それでも本としてのクオリティは高かった)、これを買ってみようと思った。
ブース番号を写メして、ブースへと向かう。
若い。
娘くらいの子が座っている。
こんな私が買っていいんだろうか、と、一瞬たじろいだ。
断っておくと、文学フリマは決して若者だけのイベントではない。
本当に老若男女、いろんな人がいる。
他に気になったブースに行ったら、申し訳なさそうに、
「すみません、完売したんです……」
と言われた。
か、完売?!
そ、そうか。そんなこともあるのね、と思い直し、つくづく自分の準備不足を思い知る。
人気のブースには、早めに行かなければお目当ての本はゲットできないのだ。
初めて知る世界に圧倒されていた。
潜入5分で帰りたいと思っていたのに、空には月が浮かび、オレンジ色の夕陽がにじんでいる。
上にもフロアがあると気づいたときには時すでに遅く、結局足を踏み込むことさえできなかった。
私も、あそこに立ちたい!
私も本を売ってみたい!
いつしか熱病に感染している。
まぁ、ダメで元々だ。
そう思いながら、『出店申し込み』のボタンを押していた。
――
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このエッセイは、note創作大賞2026への応募作品として、 無職の一年を18の物語で綴る連載です。
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