
天才たちの日課 モノとルキ #47
天才が取った行動を自分もしていれば、
果たして天才になれるのか?
それとも、天才と呼ばれる人になった時に、
その人の行動は全て正しかったかのように、
人々に定義づけられるのか?
僕は自分のことをそんなに天才だとは思っていない。
「天才的だね」と、たまに言われる。
でも「天才だね」ではない。
あくまでも「的」であって、天才本人ではない。
的あり、的なしの間には、
もやしと豆もやしくらいの差がある。
じゃあ努力型かというと、それも悩ましい。
誘惑にはすぐ負けてしまう。
どうやら僕は、チート型らしい。
耐水性でもない英単語本を湯舟でヨレヨレにしながら、
語呂合わせで単語を詰め込む。
信号待ちのストレッチ同様、
ながら〇〇こそ、無努力生産性の報酬だと信じている。
どうせ寝転ぶなら、葡萄の実の下に。
あくびをしたら、熟した実が落ちてくる。
「天才たちの日課」を開いたら、エリック・サティがいた。
パリ郊外アルクイユから中心部まで、
毎日10キロ歩いて散歩していたという。
一ダースオーダーした栗色のビロード生地の
山高帽とスーツのトレードマーク姿で。
目的もなく、友人に会い、カフェに寄り、
立ち止まっては作曲のアイデアを書き留めながら。
そして卵三十個分のオムレツを一回でたいらげる。
僕の湯舟英語とは、スケールが違いすぎた。
さぁて、今日はどんな日課を生み出そうかと、
何かをしながら考える。
