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酵母の世界 No.4-2|Hanseniaspora vineae:果汁から花の香りをつくる酵母

    このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
    ★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


    前回は、酸味を調整する Pichia kudriavzevii(ピキア・クドリアブゼビイ)を紹介しました!

    今回は、酵母が香をつくる仕組みを見ていきましょう!

    ワインから感じる、バラや蜂蜜のような香り。
    こうした香りは、ブドウ畑ですでに完成しているのでしょうか?

    もちろん、ブドウの品種や栽培環境は、ワインの香りを大きく左右します。しかし、発酵中に酵母が新しくつくり出す香りもあります。

    今回紹介する Hanseniaspora vineae(ハンセニアスポラ・ヴィネア)は、果汁に含まれるアミノ酸を材料に、花を思わせる香りをつくる酵母です!


    果実から発酵環境へ

    Hanseniaspora 属の酵母は、レモンのように両端が少し尖った細胞を持ち、ブドウなどの果実からよく見つかります。

    果実の表面で暮らしていた酵母は、ブドウが潰されると果汁へ移ります。
    そこには豊富な糖がありますが、発酵が進むにつれてエタノールや二酸化炭素が増え、酸素は少なくなります。
    ワイン醸造では、ほかの微生物を抑えるために亜硫酸が加えられることもあります。

    多くの果実酵母にとって、この変化は厳しいものです。

    しかし、H. vineae は同じ属の中でも発酵環境への適応力が高く、果汁中で増殖し、その代謝をワインの香りに反映させることができます。
    実際に、ワイナリーに近い規模の試験でも、ブドウ果汁の微生物集団に入り込み、ワインの香りを変えることが示されています。

    果実の表面から発酵槽へ移り、そこで生き残ることが、この酵母の香りをワインへ残すための第一歩なのです!


    アミノ酸を花の香りへ変える

    H. vineae を特徴づける香気成分の一つが、2-フェニルエチルアセテートです。
    バラ、蜂蜜、花を思わせる甘い香りを持ちます。

    複数のワイン発酵試験をまとめた報告では、H. vineae は一般的なワイン酵母である Saccharomyces cerevisiae (サッカロマイセス・セレビシエ) より、平均して約18倍多く2-フェニルエチルアセテートを生成しました。

    この材料となるのが、フェニルアラニンです。

    フェニルアラニンは、酵母の栄養にもなるアミノ酸です。
    酵母がこれを分解すると、まずバラのような香りを持つ2-フェニルエタノールが生まれます。
    さらに酢酸由来の部分が結びつくと、2-フェニルエチルアセテートへ変わります。

    このように、アミノ酸から香りを持つアルコールをつくる一連の反応は、エールリッヒ経路と呼ばれています。

    H. vineae のゲノムには、この反応に関わる遺伝子が複数存在します。
    香りをつくる反応の「担当者」が増えていることが、高い香気生成能力につながっている可能性があります。

    つまりこの酵母は、果汁に含まれる栄養を組み替え、発酵前には目立たなかった花の香りを新しくつくっているのです!


    発酵の主役ではなく、香りの担当者

    ただし、香りをつくる能力が高いからといって、ワイン発酵のすべてを H. vineae に任せられるとは限りません。

    安定して糖を使い切り、発酵を完了させる能力では、S. cerevisiae の方が優れています。

    そこで研究されているのが、複数の酵母による役割分担です。

    まず H. vineae を果汁へ加えて香りをつくらせ、その後に S. cerevisiae を加えて発酵を完了させます。
    この逐次発酵では、両者を最初から同時に加える場合よりも、H. vineae が発酵初期に増殖しやすく、2-フェニルエチルアセテートを増やせることが示されています。

    ここでの考え方は、「最も優秀な一種類の酵母を選ぶ」ことではありません。

    香りをつくる酵母と、アルコール発酵を完了させる酵母。
    それぞれに得意な仕事を任せることで、発酵全体を設計するのです。

    この発想はワインだけでなく、ビールにも広がっています。
    H. vineae とビール酵母を組み合わせ、接種する割合を変えることで、果実香や花香の強さを調節する研究も行われています。


    おわりに

    Hanseniaspora vineae(ハンセニアスポラ・ヴィネア)は、果汁に含まれるアミノ酸を使い、花を思わせる香りをつくります。

    その香りは、果実が用意した栄養と、酵母が持つ代謝が出会うことで、発酵中に新しく生まれます。

    そして、香りづくりと発酵の完了をそれぞれ別の酵母に任せれば、一種類の酵母だけではつくれない風味を設計できます!

    発酵食品の味や香りは、原料だけで決まるのでも、一種類の優秀な微生物だけで決まるのでもありません。

    果実が何を用意し、どの酵母がそれを受け取り、何へ変えるのか。

    次に花のような香りのワインやビールを飲むとき、その香りが畑だけでなく、小さな酵母の代謝から生まれた可能性を思い出してみてください!


    次回は、韓国のユリやアサガオの花から見つかった酵母 Metschnikowia koreensis(メチニコビア・コリエンシス)を紹介します!

    この酵母は、シードルの酸味や香りを変えるだけでなく、物質の形を選んで別の化合物へ変える力も持っています。

    花の上にいた小さな酵母から、どのような発酵とものづくりの可能性が見えてくるのでしょうか?


    ★過去の様々なトピックの記事を全てまとめてます。詳細はこちらから↓

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    参考文献

    Carrau F, et al. Biology and physiology of Hanseniaspora vineae: metabolic diversity and increase flavour complexity for food fermentation. FEMS Yeast Research. 2023;23:foad010.

    Giorello FM, et al. Genomic and Transcriptomic Basis of Hanseniaspora vineae’s Impact on Flavor Diversity and Wine Quality. Applied and Environmental Microbiology. 2019;85:e01959-18. 

    Lleixà J, et al. Comparison of Fermentation and Wines Produced by Inoculation of Hanseniaspora vineae and Saccharomyces cerevisiae. Frontiers in Microbiology. 2016;7:338.


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    アメリカ在住の研究者 × 子育てパパ。 家族と暮らす海外生活や、研究と育児の葛藤などを発信中。 海外で働く・家族を支えるあなたに、共感とヒントを届けられたら嬉しいです。

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