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酵母の世界 No.30-1|Yamadazyma kitorensis:キトラ古墳から見つかった酵母

    このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
    ★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


    前回は、ほぼ飽和に近い塩濃度でも生きられる Hortaea werneckii(ホルタエア・ウェルネッキイ)を紹介しました。

    今回からは、日本に所縁のある酵母達を紹介する日本シリーズとなります!

    まず第一弾の舞台は、奈良県明日香村にあるキトラ古墳です。

    その石室内部にできた微生物の膜から、新しい酵母 Yamadazyma kitorensis(ヤマダザイマ・キトレンシス)が見つかりました。
    2016年に新種として報告された酵母です。

    古墳は、過去の人が残した文化財です。

    では、その内部に、なぜ酵母を含む微生物が暮らしているのでしょうか?


    キトラ古墳の壁面に広がる微生物

    キトラ古墳は、7世紀末から8世紀初頭ごろにつくられたと考えられている古墳です。

    石室内部には朱雀や四神などの壁画が残されており、その保存のために2004年から壁画を取り外す作業が進められました。

    ところが、その作業中に石室内部でカビの増殖や、粘り気のある膜の形成が確認されました。

    微生物が表面に集まり、自分たちがつくった物質とともに形成するこの膜をバイオフィルムと呼びます。

    Y. kitorensis も、石室南壁の朱雀壁画の近くに形成された赤色の粘性ゲルから分離されました。

    このゲルの中にいたのは、Y. kitorensis だけではなく、細菌やカビ、ほかの酵母など、さまざまな微生物が見つかっています。

    つまり Y. kitorensis は、古墳の壁面に単独で付着していたのではなく、複数の微生物が集まる環境の中で見つかった酵母なのです。

    では、一見すると栄養の乏しそうな石室の中で、なぜこれほど多くの微生物が増えることができたのでしょうか?

    石室内部には水分があり、保存作業による人の出入りや処置によって、外部からさまざまな物質も持ち込まれます。
    また、微生物がつくった物質が、別の微生物の栄養になることもあります。

    こうして見ると、古墳の内部では水分や持ち込まれた物質、そして微生物同士の関係によって、微生物が暮らせる環境がつくられていることが考えられます。


    微生物を抑えることの難しさ

    文化財の表面で微生物が増えると、色の変化や壁面の劣化につながることがあります。

    そのためキトラ古墳では、微生物の増殖を抑えるためにエタノールなどを使った処置も行われました。

    ところが、文化財の微生物対策では、処置そのものが周囲の微生物環境を変えることがあります!

    キトラ古墳から分離された一部の細菌では、低い濃度のエタノールを栄養として利用できることが示されています。
    さらに、壁面にできたバイオフィルムから生じる有機物が、別の微生物の栄養になる可能性も指摘されています。

    つまり、ある微生物を抑えることで、その場の栄養や微生物どうしの関係まで変わることがあります。

    文化財を守るには、単に微生物の数を減らすだけでなく、そこにどんな微生物が暮らし、互いにどのような環境をつくっているのかを理解することが重要です!

    Y. kitorensis は、そうした複雑な微生物群集の中から見つかった酵母です。

    この発見は、キトラ古墳の壁面で起きていた変化を、一種類の微生物だけではなく、微生物どうしの関係まで含めて見る必要があることを示す一例といえそうですね。


    酵母を知ることが文化財保存につながる

    Y. kitorensis の例の様に、酵母を見つけて種類を明らかにすることは、文化財の保存を考えるうえでも重要です。

    文化財の表面に暮らす微生物は、見た目だけでは区別できません。
    そして、使える栄養や乾燥への強さ、つくる物質は種類によって異なります。

    そのため、どの微生物が、どこに、どのような集団で存在しているのかを把握することが、保存対策の出発点になります!

    キトラ古墳で Y. kitorensis が見つかったことも、石室内部の微生物相を具体的に理解するための一つの手がかりになりました。

    微生物の種類が分かれば、その環境で増えやすい条件や、保存処置によってどのような変化が起こり得るのかも考えやすくなります。

    酵母の分類研究は、名前を付けるだけの作業ではなく、文化財の表面で今どんな微生物が暮らしているのかを読み解くための基礎情報にもなるのです。


    おわりに

    Yamadazyma kitorensis(ヤマダザイマ・キトレンシス)は、キトラ古墳の石室内部に形成された微生物の膜から見つかった酵母です。

    この酵母が見つかったことで見えてくるのは、古墳の内部が、ただ静かに保存されている空間ではないということです。

    水分があり、さまざまな微生物が入り込み、互いに影響しながら暮らしている。

    そこには、文化財の表面にも微生物の生態系があるという、少し意外な世界が広がっています。

    キトラ古墳を見たとき、壁画や歴史だけでなく、その表面で暮らす小さな生き物たちの存在まで思い浮かべる。

    Y. kitorensis は、そんな文化財の見方を少し広げてくれる酵母でした!


    次回は、Saccharomyces kudriavzevii(サッカロマイセス・クドリアフゼビイ)を紹介します!

    この種は、日本で最初に見つかりました。
    そしてその特徴は、低い温度でも生育し、発酵を続けやすいことです。

    その性質は、ワインやビールに使われる Saccharomyces cerevisiae (サッカロマイセス・セレビシエ) とのハイブリッド酵母により、より強力なものとなります!

    次回は、自然界で寒さに適応した酵母の性質が、どのように醸造へつながっているのか見ていきましょう!


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    参考文献

    Nagatsuka Y, et al. Yamadazyma kitorensis f.a., sp. nov. and Zygoascus biomembranicola f.a., sp. nov., novel yeasts from the stone chamber interior of the Kitora tumulus, and five novel combinations in Yamadazyma and Zygoascus for species of Candida. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology. 2016;66(4):1692–1704.

    Kigawa R, et al. Investigation of acetic acid bacteria isolated from the Kitora tumulus in Japan and their involvement in the deterioration of the plaster of the mural paintings. Studies in Conservation. 2013;58(1):30–40.

    Kigawa R, et al. Biological issues in Kitora Tumulus during relocation works of the mural paintings (2008). 保存科学. 2009;48:167–174.


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    アメリカ在住の研究者 × 子育てパパ。 家族と暮らす海外生活や、研究と育児の葛藤などを発信中。 海外で働く・家族を支えるあなたに、共感とヒントを届けられたら嬉しいです。

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