
【旅日記#15-1】関東初進出!ぐんまパワー100%の推し活旅(1日目・前編)
群馬県。
それは私と母にとって長らく憧れの地として君臨する地である。
北関東というと世間一般でのイメージは他の地域に隠れがちなようだが、群馬は下の記事でも書いた通り多大な推しコンテンツを擁しており、多種多様な温泉や自然の豊かさも特筆に値する。魅力度ランキング下位常連という風潮には思わず首を傾げてしまうくらい、見所いっぱいの県だ。
(そもそもその土地ごとに違った魅力があるわけだから、わざわざそれに順位をつけるのも野暮な話だとは思うが⋯)
というわけで、かねてより「本州に行くならまずは群馬」と口を揃えてきた私たち。これまでは休みが取れなくて北海道から出ることなど夢のまた夢だったけれども、転職によって新たに祝日も休みとなり、春から温めていた計画を満を持して実行に移すことに。
それからこれはこじつけかも知れないが、奇しくも2026年は午年。そのうえ60年に一度の丙午ということもあって、我々の群馬に対するエネルギーは留まるところを知らない。
この旅で回ったのは県中南部の高崎・藤岡・伊香保エリア。頭文字DやBUCK-TICKの聖地を巡りつつ、何よりも至るところで大好きなぐんまちゃんに触れ、帰ってきたばかりなのに早くもまた行きたいと思うくらい最高の思い出となった。
今回からは、そんな楽しさ満載の3連休を余すところなく記録したく思う。第1回となる本記事ではその最初のステップ、北海道から東京を経由して高崎に至るまでの様子をお送りしよう。
2026年10月10日(土)
8:15 女満別空港
よく晴れた土曜の朝。
いつも仕事に出るよりも早い時間に、私たちはオホーツクの玄関口こと女満別空港に立っていた。
私は先日の札幌出張のほか、9月の連休には父と名古屋へ行ったので今年だけで3回目の訪問となる(名古屋の記事は群馬編が終わったら書くので、今しばらくお待ちください)。
しかしやはり空港に立つのは特別なことのような感じが強く、母に至ってはなんと新婚旅行以来実に23年ぶりの飛行機だというから、まだ家を出て20分しか経っていないのに興奮しっぱなしでシャッターを切る手が止まらない。初っ端からこの調子では、毎度被写体にされる私も相当忙しくなりそうだ。

「高崎って書いてある!カッコいい〜」と撮影。
母には東京より高崎の文字が魅力的に映るようだ
何はともあれ、まずはスーツケースを預けて身軽になろう。その後コンビニへ買い出しに出向き、軽く腹ごしらえをして長旅の始まりに備えた。
買い物を終えると手荷物預けの列は結構長くなっていて、これだけ多くの人が東京に向かうんだな、と連休の始まりをひしひしと感じる。
2階の保安検査場前には待合室と土産物屋がまとまっており、女満別空港で時間をつぶすならここが最有力だろう。
中でも面白いのがオニオンスープが出る蛇口と実際の玉ねぎを掴む(!)クレーンゲームで、空港にいながらにしてオホーツクの特産を楽しく味わえる。スープは思った以上に熱々で提供され、近頃肌寒くなってきた北海道の朝にもありがたい。

連休初日だけあってか、
オホーツク管内に住む地元の人が大半だった

前は欠航で5時間以上も予定がずれたので
それと比べれば誤差である
9:35 青空のフライト
特に何事もなく保安検査を通過したら、待ちに待った関東へと飛び立つ時。
ついこの間までは不安と緊張でいっぱいだった私だが、空の旅も3回目となるとすっかり慣れたもので、わずか1か月の間で右も左も分からない母を先導できるまでに成長したらしい。

機体の塗装はANAよりシンプルか
さて先ほど案内のあった通り時刻は9時35分、ついに我々を乗せた機体は北の大地を離れた。今日はとても天気が良いので、今までのフライト以上に窓の外に釘付けの私である。

飛行機に乗ると毎回ずっと外を撮ってしまう。
これも地図好きの性だろうか

道東を代表する観光地・阿寒湖と雄阿寒岳。
少しすると噴煙を上げる雌阿寒岳も見られた
眼下に十勝川の存在を認めたところで、機体は太平洋岸に沿うように南下していく。急峻な日高山脈も飛行機の手にかかれば軽々と越えてしまい、離陸からわずか20分かそこらで北海道に別れを告げる。

この辺りは波が荒いイメージがあるものの、
今日の海は穏やかそう
洋上に出て20分、次なる陸地が見えてきた。機内のディスプレイによればここは岩手県のようだ。
北海道の景色は広大な農地か人の住まわぬ地が大半を占める一方、本州では山中であっても細かな川の流れに沿った昔からの営みが形成されている。
ダイナミックさではもちろん北海道に軍配が上がるけれども、本州の入り組んだ眺めからは歴史の長さが感じられてどちらも違った面白さがある。

街のすぐ近くまで緑が迫っていて
東北の山深さがよく分かる
北上川を下ると宮城県に入り、遠くには牡鹿半島や日本三景の松島が。そして間もなく現れた仙台はこれまでの豊かな自然とは一線を画す都市であり、雲がなく下界がよく見えることも手伝って、景色が変化に富んでいて飽きない。

写真中央あたりにある島々が
松尾芭蕉も訪れたあの松島エリア
福島県に入ってしばらくすると海岸から離れ、阿武隈高地を縦断して茨城県へ。ここで飛行機は着陸に向けて高度を下げ始め、少しずつ地上の様子がよく見えるようになってきた。
やはり連休ゆえか水戸あたりの高速道路では軽く渋滞が起きている。茨城でこれなら、果たして東京はどれだけ混んでいるのだろうか。

そういえば、機内モードで撮った写真のはずなのに
Googleフォトではしっかり土浦市と記録されていて不思議

先の豪雨災害の影響か、
印旛沼の水辺は緑色に染まっていた
ここまで来れば羽田空港はすぐそこ、旋回しつつさらに高度を下げて雲の中を突っ切る。
以前千歳へ飛んだ時の光景もなかなか幻想的だったものの、今日の澄んだ青空と白い雲のコントラストもまた絵に描いたように素晴らしい。

写真では肉眼の良さを伝えきれないのが惜しい

天下の東京湾に面する港とあって、
海沿いには大規模な設備や船がたくさん
11:25 羽田空港から東京へ
翼の向こうに首都圏のどこまでも続く街並みを望みながら、ついに羽田空港に着陸する。
出発は10分ほど遅れたものの、到着する時には定刻との差が少し埋まっていた。道中では特に揺れることもなく、終始快適な空の旅であった。

広大な敷地に数えきれないほどの飛行機が並んでおり
さながら海上の要塞のよう
別の滑走路から次々と離陸していく機体を見ながら、JAL便は第1ターミナルへ。同じ国内線ですら航空会社によって建物が違うなんて、着いて間もない頃からその規模に圧倒されっぱなしの私である。

女満別からここまでは2時間足らず、
景色に見とれているとあっという間だった
ぞろぞろと飛行機を降りていき、いよいよ我々は東京都、すなわち関東へ足を踏み入れるに至った。
羽田は高校の修学旅行でも降り立ったことはあるけれども、その時はすぐに伊丹へと乗り継いだから都内を移動するのはこれが初。念願の群馬県が着々と近づいている事実も合わさり、テンションはみるみる上昇していく。

今回は駐機場と出口が近かったのであまり使わなかった
手荷物を受け取って制限エリアから出たら、今度は東京モノレールの出番だ。高崎へは東京駅から新幹線で向かうのだが、その前段階として浜松町駅でJRに乗り換える必要がある。
そこかしこに案内があって分かりやすくはなっているものの、田舎から来た初見勢にはなかなか行程が多くて複雑であり、これが関東に出る最初の関門と言っても良いだろう。群馬にも空港があれば楽で良いのに、なんて思ったり。

空港から浜松町までは520円

東京はもっと人でごった返していると思ったが、
意外とそうでもない?
時刻は正午ちょうど、電光掲示板の通りに来た空港快速に乗って羽田を後にする。第3ターミナル駅で国際線の乗客を乗せた後は浜松町までノンストップで行き、大都会東京の景色は目まぐるしい勢いで移り変わってゆく。
そのあまりの都会ぶりに対し、つい先ほどまで北海道にいた私たちにはもはや語ることを放棄して「どひゃー」と言うほかない。それくらい未知の世界だった。

車内にも外国人の姿が増えてきた

テレビでしか見たことがなかった東京を目の前にし、
これは現実の光景なのかと未だに少し信じられない

湾岸ミッドナイトではお馴染みのコースであり、
放課後に友人とゲーセンへ通った学生時代を懐かしむ
下に東海道新幹線が走るのを見ると間もなく浜松町駅だ。ここは降車側と乗車側でホームが分かれていて、降りる際は降車側のドアしか開かないので混雑を抑えてスムーズに乗り降りができるようになっている。

普通の電車とあまり変わらなかった気がする。
今回乗った車両はモンチッチの装飾があった
東京と羽田をつなぐ拠点だけに改札の幅は出口よりもJRのりかえ口の方が広く取られており、ほとんどの人がそちらへと進んでいく。構内の案内には山手線や京浜東北線といった超有名路線が出現し、東京へ来たんだなと実感を深めつつある。
しかし我々も何気なく切符を入れたところ、なぜか通過できずに止められてしまった。
なんでもこののりかえ口改札はモノレール駅の出場とJR駅の入場が一体化しているらしく、乗ってきたモノレールの切符とこれから乗るJRの切符を重ねて入れなければならないとのこと。新幹線に乗る時は乗車券と特急券を重ねるというのは予習してきたが、ここもそうだとは知らなかった。
都会には田舎にない常識が思った以上に存在するようであり、こうして体験することにより今までいかに狭い世界の中で生きてきたかと思い知らされる。
こんなちょっとした瞬間からも新たな知見を得られるから、見知らぬ土地を旅するのは楽しいのだ。

路線は違うがどちらに乗っても東京に行くことができる
ホームに下りるとちょうど山手線のドアが開くところだったので、人波に紛れてすかさず乗り込む。当然座れる場所は残っていなかったものの俗に言う満員電車ほどギチギチでもなく、3連休の割にここまでの移動は案外スムーズに進んでいる。
新橋、有楽町と聞いたことのある駅名を通りつつ、東京駅に着いたのは12時半のことだった。

ここが日本の鉄道の中枢かと感慨に浸る

あえて北海道弁で言うなら「わや」の一言
13:24 初めての新幹線
高崎は上越・北陸新幹線の分岐駅となっていて、今回は13時24分発の北陸新幹線はくたか565号で向かうことに。駅内にあるグランスタ東京はさながらデパートのように多くの店屋が並んでおり、ちょうど良くお昼ということで「駅弁屋 踊」で駅弁を調達してその時を待つ。

それらが4分おきに走っているなんて、
日本の交通システムの正確さは凄まじい

今度はちゃんと重ねて切符を入れられた
飛行機は何度か乗ってきたけれども、新幹線というのはまるっきり初めて触れる乗り物だ。ホームに上がるとE5系とN700系が停車しており、私たちが乗る列車が来るまでの間しばし観察をする。
駅の放送からは絶えず「危ないですからお下がりください」「ただいま清掃中のためまだご乗車いただけません」といったアナウンスが流れ、安全と定刻を守りながらこれだけの人の動きを管理する駅員さんの働きはすごいなと素人ながらに思った。

道東の民にはあまりにも遠い存在だが、
北海道の地名を見ると自然とそちらへ目が向く

もっと早く気付いていれば走り去る前に
近くまで行けたのに、残念⋯

柵を1つ隔てただけで
その目指す先は正反対の大阪や福岡へと変わる
そしてようやく23番線にE7系が入線し、はくたか号は北に向けてゆっくりと動き出す。在来線とまるで異なる滑らかな走りはまさに幹線、この快適さでもって最高速度275km/hを叩き出すのだから驚きだ。

10号車のドアはエスカレーターから近くて
すんなり乗り込めた

ワクワクに満ちた列車の旅がいま始まる
東京から高崎はわずか47分の旅路だが、せっかくの機会なので車内で駅弁というものを食べてみたい。
今回選んだのは「とりめし」。群馬でお馴染みの「登利平」の鳥めし弁当はあいにく東京駅には見当たらなかったものの、少しでもそれっぽい気分を味わえればと思ってのチョイスである。

店頭のメニュー表が売り切れの表示に変わっていた。
まさかのラスト2個、ラッキー!
蓋を開けるとその名の通り鶏肉がふんだんに入っていて、ご飯にも色がついていて味が染みている。肉はオーソドックスな焼いたものから軟骨入りにそぼろ、ほぐし身とバリエーション豊かで最後まで飽きずに食べ進めることができるのも良い。
それにしても、外に目をやるとすごい速さで景色が流れているのに中ではゆっくり食事をしている状況が何だか変な感じ。私が弁当を食べる間に、列車はすでに東京を抜けて埼玉県を走っていた。

母が満腹のため余した分も含めて
大宮に着く頃には完食した
大宮を過ぎてもしばらく街が続くが、熊谷あたりからは沿線に農地が目立つようになってくる。遠くには山々の影が映り、北海道民にとっても親しみやすい風景だ。

ふっかちゃんと共に有名な深谷ネギの産地だけあって、
どこを見てもネギの緑が鮮やか
やがて車窓には道の駅「ららん藤岡」の観覧車が姿を現し、群馬県に入ったことを確かめると高崎は近い。西の山には上毛かるたにも登場する観音像が立っていて、とうとうここまで来たかと旅情の高まりはピークを迎える。
14時11分、数人の乗客と共に高崎駅のホームへと降り立つ。外は本当に10月かと疑うほど暑く、実際にあの上州の地へと赴いていることを肌がいち早く感じ取った。

次は長野に停車するとのこと

県の宣伝部長だけあって色々なところにいるだろうから、
それを探すのも楽しみのひとつ
さあ、新幹線と別れたことで今日はもう時間に縛られることはなくなった。我々は自由、つまりこれから何をしても、どこに行っても良いわけだ。その事実だけでもう気分は最高であり、手に担いだスーツケースも意に介さず軽々と階段を下っていく。
ということで随分と前置きが長くなってしまったが、いよいよ3日間におよぶ群馬旅行が幕を開けた。次回はここから高崎駅の中を探索し、1日目を終えるまでの様子をお送りしたい。
今回は以上になります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
北海道を拠点に旅や温泉の記録を書いておりますので、よろしければこちらもご覧いただけると幸いです。