
フォロワーが1,000人を超えた夜に。
ありがたいことに、フォロワーが1,000人を超えた。
今年の1月にnoteを書き始めてから、今日まで。
画面の向こうに並んだ四桁の数字を見つめながら、暗い部屋の中で一人、静かに息を吐き出した。
30代半ばで起業に失敗して全財産を溶かし、古巣の大企業に頭を下げて出戻り、年下の上司に甲高い声でペコペコと使われ、婚活市場では女性たちから冷たい目で見られて自爆してきた40男。
何者にもなれず、何の実績も残せなかったこんな私に、画面の向こうの見知らぬ誰かが、「何かひとつの手応えをつかめるかもしれない」という奇跡のような感覚を味わわせてくれたのだ。
けれど――私はその代償を、きっちり払わなければならない。
読者の皆さんと約束していた、自費出版だ。

ご存じの通り、紙の本は一度インクで刷ってしまったら、二度と指先ひとつで修正することはできない。スマホの画面のように、都合が悪くなったら非公開にして「最初から何もなかったこと」にはできないのだ。
過去の記事を一から選定し、何度も読み直し、誤字脱字を泥臭く洗い出しながら、ようやく原稿を一本の線に繋ぎ合わせた。
noteに掲載してきたものだけでなく、本のためだけに書き下ろした話も加えた。午後8時の仕事の屈辱から、深夜0時の見栄と自爆、午前2時の挫折、そして午前4時の薄暗い夜明けへ向かっていく一本のストーリーとして組み直し、章の間には酒札のコラムを挟んだ。
仕上がりは、全部で116ページになった。
手加減も、万人受けを狙った計算も一切ない。
ここにあるのは、「これを紙として世に残さなければ、死んでも死にきれない」という、100パーセント純粋な私のエゴだ。
昨日、印刷所へデータの入稿を済ませた。
来週、そのサンプル(見本誌)が、私の手元にたった一冊だけ届く予定になっている。

その一冊を自分の手で開き、文字の並びと紙の重みを確かめて、問題がなければすぐに本刷りに入り、皆さんにお届けする準備を始める。
だから、もう少しだけ待っていてほしい。
はっきり言っておくが、この本には、誰かの明日の仕事が快適になるような自己啓発も、傷ついた心が前向きになるような美しい言葉も、一行たりとも書かれていない。
40代の男が胃の奥に苦い澱を溜め込んだまま、明日という一日をどうにかやり過ごすためだけの泥水だ。
これを読んだところで、あなたの明日が劇的に変わるわけでもない。
けれど。
読んだ翌朝、駅へ向かう道のりで感じる沈んだ気持ち。
仕事中にふと襲ってくる、やるせない虚しさ。
会社にも、そして家にも、どこにも弱音を吐き捨てる場所がない夜。
このまま進んだところで希望があるわけでもない。
かといって、すべてを投げ出して絶望するほどの勇気もない。
ただただその場で立ち尽くし、一日をやり過ごすしかない場所に、今日も私は、みっともなく突っ立っている。

「何のために生きているのか」なんていう立派な正解を、私に期待しないでほしい。
そんなものは、最初から持ち合わせていない。
ただ、こんな世の中で、同じように泥水をすすり、みっともなくやせ我慢をしながら生き延びている人間が確かにここにいるということを、知ってほしいのだ。
ただ、今日をやり過ごすために。
そして――自らの退路をさらに断つように、私はもうひとつ、未来の予定を確定させた。
来年、2027年5月に東京ビッグサイトで開催される「文学フリマ東京」に出店する。
世間では今週末の11月8日にも文学フリマ東京が開催されるらしいが、準備も段取りも遅い私が出るのは今週末ではない。半年先の「5月」だ。間違えて今週末の会場に私を探しに行かないようにしてほしい。
画面を飛び出し、インクの染みた紙の束を抱えて、私はリアルの会場へと這い出ていく。
直接皆さんと顔を合わせ、手渡しできる日を楽しみにしている。
逃げ場のない紙の質量へ。
そして、半年後の会場の机へ。
明日、ポストに届くたった一冊の重みを確かめるところから、すべてを始める。
型落ちの40代が泥をすする姿を、もう少し見てみたいと思ってくれたなら、スキやフォローで「カウンターの席」を確保してもらえると嬉しいです。

はじめてスナックゆきに 来てくれた方へ。
私がどんな人間で、
なぜこのエッセイを書いているのか。
よかったら、読んでいってください↓
よかったらこちらも↓