
【森の街より】ニイアスの、今日はどんなご用件ですか
朝のバルコニーに立つと、ニイアスの街並みがひと目で見下ろせる。
屋根の色がどれもばらばらで、家が少しずつちがう方向へ傾いているのが、ミラは気に入っていた。
部屋の中は、壁という壁が本で埋まっている。
読みかけを積んだまま次の一冊を開いてしまう癖は、この街へ来ても直らなかった。
コーヒーを淹れて、仕事の支度をする。
支度といっても、やることはひとつだけだ。
街へ出て、困っている人の話を聞く。
それだけだった。
中央市場の角を曲がったところで、さっそく声をかけられた。
「ねえ、あなた。相談ごとを聞いてくれる人って、あなたのことかしら」
振り向くと、小麦粉で白くなったエプロン姿の女性が、困り顔で立っていた。
「はい。今日はどんなご用件ですか」
言ってから、ミラは少しだけ笑ってしまった。
この口癖だけは、どこの街にいても先に口をついて出る。
女性はパン屋を開いたばかりで、窯づくりの職人に新しい窯を頼んだのだという。
ところが届いた窯が、思っていた大きさとまるで違った。
職人は「図面のとおりに作った」と言い、彼女は「そんな大きさは頼んでいない」と言う。
もう二日も、たがいに口をきいていないらしい。
ミラはまず、女性の話をひととおり聞いた。
それから職人の仕事場まで足を運んで、今度は職人の言いぶんを聞いた。
職人はぶっきらぼうだったが、話すほどに、仕事そのものは丁寧な人だと分かってきた。
聞いているうちに、ミラにはひとつ見えてきたことがあった。
女性は「お店の隅にちょうど収まるくらい」と、両手で空間を区切って大きさを伝えていた。
職人はそれを、窯の前に立って作業する分のゆとりまで含めた寸法だと受け取っていた。
どちらも嘘はついていない。
ただ、ひとりは置き場所を思い描き、もうひとりは物そのものを測っていた。
同じ言葉を、ちがう絵として聞いていただけだった。
「あの、よかったら一度、お店で図面を見ませんか」
ミラは職人にそう持ちかけた。
「窯はもうできています。あとは、置く場所を一緒に決めるだけです」
職人は少し渋ってから、道具箱を肩にかけて立ち上がった。
パン屋の奥で、三人で図面を広げた。
職人は、窯の脚に小さな車輪を付ける案を自分から口にした。
使わない時間は壁ぎわへ寄せておけば、店は狭くならない。
女性は、焼き上がりを冷ます棚をその壁の上に足したいと言った。
二人が同じ図面を指でなぞりはじめたころには、ミラの出番はもう残っていなかった。
そっと会釈をして、店を出る。
夕方、バルコニーに戻ると、中央市場のほうからパンの焼ける匂いが流れてきた。
この街で出会った人が、帰り道の足どりをほんの少し軽くして帰ってくれたら。
ミラが望んでいるのは、たぶんそれくらいのことだった。
ひと癖もふた癖もある顔ぶれがそろってきたこの街では、相談ごとが絶えることはなさそうだった。
本の背表紙を一冊ずつ眺めながら、ミラはそう思って、明日の支度にかかった。
ニイアスの街は、ファンタジー作家のアイさんがつくっている企画です。
ミラを紹介していただいた記事はこちらです。
街の入り口はこちらから。移住は随時受け付けておられるそうです。
ミラの本編『魔王城カスタマーサービス』は、第1話から通しで読めます。
▼第1話「今日はどんなご用件ですか、魔王さん」
▼シーズン1(第1〜12話)
同じ日にニイアスへ移り住んだ、もう一人の住人の話もあります。
▼届け屋のリル一家「ニイアスに住みはじめました「結び目が三つ」」
※本文は、AIを活用して執筆しています。