
「おいしい」ことば:英語と中国語
スワヒリ語の tamu が「あまい」だけでなく「おいしい」も意味する単語であることは、以前みました。日本語の「うまい」も、熟んだ果実に由来するとされ、つまり「あまい」のでした。
では、英語はどうでしょうか。
英語だと、 tasty が思い浮かびます。
……味?
日本語でも「味がある」とは言いますけど、これは独特の魅力がある芸術作品などについて用いるいいまわしで、おいしさとは違うと思います。というか、「味」だからこそ、味覚について「味がある」とはあまり言わないですよね。
ちょっと脱線しましたが、そんなわけで、英語では「味」です。味ですから、 sweet taste とか bitter taste と言えますけど、おいしいときには剥き身の tasty です。
delicious もデライト、よろこばしいことで、あまさなどがあるわけではありません。

理系っぽく言えば、スワヒリ語や日本語は、五味のベクトル空間で「あまい」成分が正の向きに伸びていることが、スカラー量の「おいしい」も意味する。
(もちろん語源の話で、いまは前の記事でもみたとおり「からい」けど「tamu【あまい/おいしい】」とは言えるわけですけど。)
いっぽう英語は、ベクトルではなく、最初からスカラーの「おいしい」である。
……かえってわかりづらいでしょうか?
ええと、そうですね、漫画を批評するときに、絵の上手さやストーリーの上手さや執筆速度の上手さがあると思います。(ストーリーなら「巧み」、執筆速度なら「速い」が正しいでしょうけど、後述の論理のために。)
「絵の上手さ」が「漫画の上手さ」にも用いられるのが、日本語やスワヒリ語。
「上手だ」と言うのが、英語。
これも伝わりにくいかもしれません……が、ともあれかくもあれ、 tasty =「味」なのは、前回みたスワヒリ語や日本語とはちょっと違いそうだ、と思ってもらえたのではないでしょうか。
いっぽう、中国語はどうでしょう。
中国語には、好吃という言いかたがあります。たべるのにこのましい、ですね。
「好吃」は感嘆語として単独で発することが多く、「おいしい」「tamu」「tasty」のように形容詞として名詞を修飾することは少ないかもしれません。より形容詞的な言い方は、「美味」や「佳味」が思い出されます。
けれどこれらも、あじがうつくしい、あじがよい、です。つまり中国語の言いかたはいずれも、ベクトルの(まだ言うわたし)あまさが正であるスワヒリ語・日本語タイプではなく、スカラーの値がおおきい英語タイプ、ではないでしょうか。

※英語でもより「好+吃」てきに、 taste good とも言えます。また、日本語やスワヒリ語でも、「よいお味」「chakula kizuri【食事+よい】」と、スカラー量で表現することは可能です。さらにいえば「おいしい」は、丁寧語の「お」+「いし≒良し」だとされますから、「うまい」とちがってスカラーです。
と、いうわけで。
スカラー量で表現することはどの言語でも可能だけれど、ベクトルのひとつの成分をスカラー量に流用するかは言語による。そんなことをかんがえたのでした。
ちなみに、「美味」はうつくしいです。「うつくしいがわからない」のときに、おいしさを挙げたのは中国語てきなのでしょうか……。単に日本語でも美味と表現するから、かもしれません。