
ついに「日本最長片道きっぷの旅」スタート!日本最長片道きっぷの旅#2
最も経路が長い片道きっぷで日本全国を巡る「日本最長片道きっぷの旅」。今回は、ついにその旅をスタートさせた、1日目の記録をお届けする。
竹松
旅のスタート地点、つまり「日本最長片道きっぷの旅」の始点は、長崎県の竹松駅。竹松駅は駅員無配置で、「日本最長片道きっぷの旅」という壮大な旅の発駅にしてはだいぶ寂しい印象だ。





竹松▷早岐
記念すべきこの旅の1本目の列車は、大村線の区間快速列車「シーサイドライナー」である。
10時54分、隣の新大村駅を発車した列車の姿が見えてきた。やがて列車の姿が大きくなり、この旅の1本目の列車が到着した。
10時57分、「日本最長片道きっぷの旅」で乗る最初の列車が、日本最長片道きっぷの始発駅、竹松駅を発車した。

大村線 4220D 区間快速シーサイドライナー
YC1系 YC1-1108
ふたつ隣の松原駅を出ると、大村線の列車は大村湾沿いを走行していく。この日は10月にしては少し暑いぐらいの晴れの日で、青い海の煌めきが美しかった。

南風崎駅を発車すると車窓にオランダ風の建物が見えてくる。長崎県の有名なテーマパーク「ハウステンボス」である。南風崎の次はハウステンボス駅で、早岐瀬戸の先に一風変わったハウステンボスの建物が見えた。

そして、ハウステンボス駅の次が、今回の旅で最初の乗換駅、早岐駅である。

早岐
早岐では40分程の乗継時間があるので駅周辺を散策することにした。
駅の外に出るため、きっぷを持って駅係員に途中下車を申し出た。すると、その経路の長さに驚かれたようで、旅行の期間やきっぷの経路についていろいろ訊かれて軽い雑談になった。この長旅の始まりを実感する、今回の旅で最初の駅係員との会話だった。

早岐の駅前には、早岐瀬戸と呼ばれる、大村湾と佐世保湾を繋ぐ海峡が流れている。この早岐瀬戸沿いを散策しようと思っていたら、視線の先に「長崎ちゃんぽん」の文字を見かけた。リンガーハットである。
チェーン店ではあるが、いちおう「長崎の料理」である。この旅で長崎を通るのは後にも先にも今日だけなので、せっかくなら長崎ちゃんぽんを食べたい。リンガーハットではあるが、「長崎県内のリンガーハット」ということで、ここで昼食を摂ることにした。
メニューを見ると、期間限定の「北海道コーンバターみそちゃんぽん」があった。いやいや長崎ちゃんぽんを食べに来たんだし…と思ったが、逆に「長崎から北海道へ行く」この旅行には相応しくも感じ、結局それを注文した。コーンがいっぱいで美味しかったが、長崎らしさを感じない味だった。



早岐▷武雄温泉
もともと軽く散策するだけのつもりだったのに昼食を摂ったので時間が無く、急いで掻き込んで駅へ戻った。
早岐駅からは、次の乗り換え地点となる武雄温泉駅まで佐世保線の列車に乗った。この区間は架線が通っている電化区間だが、車両は大村線と同じハイブリッド車だった。

佐世保線 6924D
YC1系 YC1-1218
早岐駅を発車した佐世保線の列車はのどかな田園風景の中を進んでいく。やがて長崎県と佐賀県の境を超えたところで、信号待ちのため2分ほどの停車があった。
佐賀県に入ってしばらく進むと「有田焼」で有名な有田を通る。さすがに車内から有田焼は見えないが、線路は少し高台になっているようで、瓦屋根の建物が連なる有田の街並みを車窓に見ることができた。



上有田駅を発車し3駅進むと武雄温泉駅に到着である。武雄温泉駅は新幹線との乗換駅であるからか、意外と降りる人が居た。

武雄温泉
武雄温泉では1時間ほどの乗継時間があったので駅周辺を散策した。
駅前には富岡天満宮という小さな神社のある小高い丘があるので、まずはそこに登った。社殿の裏の小道をさらに登った先には小さな公園があり、そこの展望台からは、駅は見えなかったが、佐世保線と西九州新幹線の線路を望めた。


登ってきたのとは反対側の小道から丘を下り、駅名にもなっている武雄温泉へ行った。
温泉に向かって歩き進めると瓦屋根の建物が見えてきた。こういう建物があると何か温泉街っぽさを感じて良い。


やがて有名な「楼門」が現れる。この楼門は東京駅を設計した辰野金吾によって設計され、釘を1本も使わずに1915年に建てられたものだそう。
楼門をくぐるとすぐ目の前に元湯があり、その先に新館の建物も見える。新館という名が付くが、建てられたのは楼門と同じ1915年である。
あまり時間が無いので温泉には入らなかったが、無料の資料館になっている新館を見学した。当時の浴室がそのまま残されていたが、浴槽は意外と小さかった。




1973年まで庶民の浴場として使用された



新館には売店も併設されていて、楼門ソフトなるものが売られていた。暑かったのもあり、こんなん食うしかないやん!ということで、これを食べてから駅に戻った。

武雄温泉▷新大村
武雄温泉駅からは新大村駅まで西九州新幹線に乗る。この西九州新幹線の開業によって最長片道経路は大きく変わった。
最長片道経路は前々回に紹介した「B型」の経路になるわけだが、この旅の出発点の隣駅に戻ってくるので、振り出しに戻されたような気分になる。

西九州新幹線 2029G かもめ29号
N700S系 727-8101


新大村
西九州新幹線が開業してから根室本線の新得-富良野が廃止されるまで、最長片道経路は稚内駅からこの新大村駅までだったそう。そこで、新大村駅の観光案内所には最長片道きっぷの旅の達成者を掲示していたそうだが、最長片道経路が変わってから暫くが経ち、撤去されてしまったそう。



深みがある味で少し苦かった
新大村▷諫早
新大村駅から再び大村線に乗るが、今朝とは反対方向である。新大村駅以南はあまり海は見えず、岩松駅手前でちらっと見てから大村湾を離れていく。

大村線 237D
YC1系 YC1-1001


諫早
諫早でも1時間ほどの乗継時間があったので、駅を出て諫早公園へ向かった。
その途中で諫早神社に寄った。境内にはコロナ禍に話題になったアマビエ様がいた。アマビエは九州に現れた妖怪との事で、九州の守り神の神社であるこの場所に奉安されたそう。
ほかにも境内には立派なクスノキが佇んでいたり、三柱鳥居の鎮座する御神苑があったりと、なかなか素敵な神社だった。




神社の前を流れる本明川沿いを歩いて諫早公園へ行った。
公園内には長崎のものとともに有名な眼鏡橋がある。この眼鏡橋は、洪水が多く何度も橋が流されていた本明川に、流れぬ橋として造られたものだそう。その後、川幅を広げる工事の際、橋を残したいという人々の願いを受けてこの諫早公園に移設されたそう。





諫早▷肥前浜
諫早駅に戻り、長崎本線の列車に肥前浜駅まで乗車した。
海に近い駅としても知られる途中の小長井駅では、有明海の先にうっすらと雲仙普賢岳が見えた。

長崎本線 4128D
YC1系 YC1-219

肥前浜
乗ってきた列車の終点である肥前浜では隣にその先へ行く列車が待機しているが、それには乗らず肥前浜駅で途中下車した。


このあたりは肥前浜宿として栄えた宿場町で、駅から少し歩いたところには「酒蔵通り」と呼ばれる国の重要伝統的建造物群保存地区がある。
世界的にも有名なお酒である「鍋島」もここで作られているよう。街並みが残るだけでなく、今も現役でお酒が作られているというのには驚きだ。

もう夕方で、酒蔵は殆ど閉まっているだろうから散策でも、と思っていたら、武家屋敷の戸締まりをしてきたという人に声をかけられ、江戸時代に荷物運びの中継所として使われていた「継場」の建物を案内していただけた。しっかり戸締まりしつつも大きな荷物が来たときは建物の中に入れられるよう様々な工夫が凝らされた扉がありなかなか面白かった。

手前の建物が荷物運びの中継所として使われていた「継場」


肥前浜▷佐賀
ひととおり散策した後に肥前浜駅へ戻り、日も暮れて暗くなった中やってきた列車に乗り込んだ。

長崎本線 2870M
817系 クモハ817-530
途中の江北駅は、以前は肥前山口駅という駅名で、西九州新幹線の開業まで長らく日本最長片道きっぷの終着点だった。駅前には最長片道きっぷのゴールの碑があり、江北駅では停車時間があったので、その碑を見るためいちど駅を出た。「JR最長片道切符の旅 ゴール」と書かれていた時計付きの記念碑は文言が「ようこそ江北町へ」に書き換えられていたが、その隣にある、NHKの最長片道きっぷの旅番組の放映を記念した石碑はそのまま残っていた。

時計のある方は文言が書き換えられていた
佐賀
そして佐賀駅で列車を降り、この日の移動はここまでとした。

佐賀駅近くのミール珈屋凪という店で夕食を摂った。佐賀のご当地グルメであるシシリアンライスもあったが、この店の1番人気だというヒデシマライスをいただいた。オムカレーのような感じだが、中のライスがチャーハンだった。

想像以上のボリュームでびっくり
1日目のまとめ

列車乗車本数: 6 本
乗車営業キロ: 180.5 km
費用: 7,716円
訪れた観光スポット
富岡天満宮
丸山公園
武雄温泉
諫早神社
諫早公園
酒蔵通り
ミール珈屋凪
◁前回(#1)
◁前回(#1.5)
次回(#3)▷