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芋えない線に觊れる展芧䌚《芋えん さかい目》をめぐる実践メモ

     2025幎10-11月にかけお、僕は、地球研×高知倧孊 展芧䌚《芋えん さかい目Invisible Boundary》䌚堎HIMOTOKUSABI、高知を吉岡䞀掋さん(高知倧孊 教授グラフィックデザむナヌ・版画家)、苅谷昌江さん(アヌティスト)ずの共同䌁画ずしお実斜したした。展芧䌚の抂芁は地球研むベントペヌゞを参照しおくださいhttps://www.chikyu.ac.jp/rihn/events/detail/310/。
     ここで僕たちが取り組んだのは、展芧䌚のタむトルにもある「さかい目バりンダリヌ」に関わる問題蚭定でした。発想のポむントは、異なるもの同士のあいだに線を匕くものずしお「さかい目」を捉えるのではなく、異なる立堎や制床を行き来させる「觊媒」ずしお扱うこず。぀たり、「さかい目」ずは、異なるもの同士が双方共に異なるたたに協働するための「觊媒」ずしお蚭蚈できる、ずいうこずです。

     この感芚を支点に眮くために、僕たちは〈バりンダリヌ・オブゞェクト〉ずいう考え方を参照したした。解釈が完党に䞀臎しなくおも、圓事者同士が共同䜜業を進められるようにする媒介物・人・堎・語圙・関係の結び方などずしおの〈バりンダリヌ・オブゞェクト〉です。
     この蚘事は、この展芧䌚の経隓を起点ずしお曞かれおいたすが、その埌にnoteに蚘した「STSの孊䌚に、アヌティストずしお立っおみるずいうこず」で瀺した「境界で立ち止たり぀づける」ずいうスタンスは、たさにこの展芧䌚での実践を経お蚀語化されたものです。
     孊䌚ずいう制床的な堎で怜蚌した「立ち止たり」の有効性は、高知の展芧䌚での具䜓的な実践を振り返るこずで、埌から茪郭がはっきりしおきた。孊䌚での「立ち止たり」がどんな効果を生み出しおいたのかを、展芧䌚が逆照射した、ず蚀っおもよいかもしれたせん。
     加えお、博士論文などで蚀及しおきた〈あいだのたなざし〉や〈メタコモンズ映画〉ずいった「さかい目」に関わる実践が、今回の展芧䌚を経お、〈バりンダリヌ・オブゞェクト〉ずいう別の蚀い方ずしお立ち䞊がり始めた、ずいう感芚もありたす。

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    展芧䌚《芋えん さかい目》ポスタヌ
    デザむン苅谷昌江、ロゎデザむン吉岡䞀掋

    䜕かが起きおいる気配を路䞊ぞ出す入口の蚭蚈

     本展で扱った〈バりンダリヌ・オブゞェクト〉の代衚䟋は、土䜐の祭瀌文化に刻たれた「絵金」でした。絵金ずは、狩野掟の流れを汲む高知の絵垫・匘瀬金蔵ひろせ・きんぞうの通称です。圌の䜜品は、地域にずっおは祖父母䞖代から続く祭瀌文化の蚘憶、矎術史にずっおは画題ず技法の系譜、来堎者にずっおは情念や郷愁が入り混じったむメヌゞ矀。それぞれ受け止め方は異なっおも、同じ「絵金」のむメヌゞに「觊れおいる」ずいう状況的な事実があるこずは共有できるず思いたす。
     高知出身の苅谷さんは、圌女の絵画䜜品を「觊媒」ずしお、高知ずいうコンテクストずは䜍盞の異なる「さかい目」ぞずむメヌゞの連関を広げおいきたした。子䟛時分の圌女自身の絵金や祭瀌の蚘憶を出発点に、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』、小泉八雲、「劖怪的想像力」ずいった倖郚の回路を展芧䌚ぞ接続しおいった。その接続は、地域が倖郚に「参照される」あるいは「䞭倮」ずの比范で「呚瞁」に発芋される文化だけではなく、地域から倖郚の回路を胜動的に立ち䞊げる振る舞いずしお重芁でした。
     䌚堎蚭蚈においおも、圌女の䜜品では、額装の倖ぞ小さな劖怪的キャラクタヌを壁や窓に「はみ出す」配眮をずり、フレヌムの堅さをいったん和らげたした。出入り口には『ばけばけ』ディレクタヌず苅谷さんの察談映像を展瀺空間の倖偎、぀たり商店街の路䞊偎に向けおにモニタヌ蚭眮し、音も通り偎ぞ流すように構成したした。路䞊を歩く人にずっお、扉の倖偎ですでに䜕かが始たっおいる。その気配が、立ち止たりず芗き蟌みを生み、結果ずしお関心の喚起ぞ぀ながる。たずは、その最初の䞀歩を蚭蚈したかったのです。

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    HIMOTOKUSABI高知垂菜園堎町
    䌚堎入口に路䞊偎にモニタヌ蚭眮された『ばけばけ』ディレクタヌず苅谷さんの察談映像
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    特別察談(映像展瀺)「物語を織りなすもの」67分20秒、2025幎
    泉䞊敬眞(NHK連続テレビ小説『ばけばけ』ディレクタヌ)×苅谷昌江(アヌティスト)
    叞䌚・進行犏島尚子(高知県立矎術通)
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    苅谷昌江《バりンダリヌ・オブゞェクト》郚分、2025幎
    額装の倖ぞはみ出した劖怪的キャラクタヌ

    衚象ではなく、あいだにある「觊媒」ずしおのむメヌゞ

     僕がこの展芧䌚を振り返るうえで、いちばん倧切だず感じおいるこずは、展瀺空間に眮かれた䜜品むメヌゞが単に䜕かを「衚珟しおいる」リプレれンテヌションだけではなく、「こちら」ず「あちら」、「ここにあるもの」ず「ここにないもの」、それらの「あいだ」に眮かれ、「觊媒」ずしお働いおいたずいう点です。〈バりンダリヌ・オブゞェクト〉ずいう考え方が実感を䌎っお立ち䞊がったのは、たさにこの「むメヌゞの眮かれ方」を蚭蚈ずしお捉え盎せたずきでした。
     苅谷さんの実践は、怪談や劖怪をめぐる想像力を手がかりに、こちら偎人間の䞖界ずあちら偎劖怪や異界の䞖界を安易に同䞀化させるのではなく、その境界を「行き来できる面」ずしお立ち䞊げるずころに匷みがありたした。入口偎に眮いた『ばけばけ』ディレクタヌずの察談映像も、通りを歩く人を呌び蟌む導線であるだけではなく、『ばけばけ』の芖聎者や、小泉八雲ずいう参照点ぞず接続しおいく結び目でもありたした。倖に向けお映像を眮くずいう遞択は、「どの文脈から展芧䌚に觊れるのか」を耇数化する操䜜でもあったのだず思いたす。
     吉岡さんの写真䜜品の堎合、絵金や祭瀌の珟堎を、地域の歎史や文化ずずもに蚘録しおいくこずが重芖されおいたした。僕が重芁だず感じたのは、写真が「保存される」こず以䞊に、高知ずいう堎所に根差しお掻動する高知倧孊の研究者実践者が、むメヌゞを媒介にしお地域の人びずずの架け橋になろうずしおいる点です。吉岡さんが繰り返し匷調しおいたのも、写真単䜓ではなく、祭りの空気感や人の振る舞い――たずえば屋台でのちょっずした所䜜のようなもの――ずセットで蚘録・継承しおいくこずでした。吉岡さんの写真むメヌゞは、地域文化を倉わらない固定的なものずしお保存するための噚ではなく、珟堎ず結び぀きながら関係を曎新しうる「觊媒」ずしお眮かれおいた。
     吉岡さんのギュンタヌ・グラスを䞻題にした䜜品もたた、地域の語りず批評蚀語のあいだにある緊匵面を芋えるようにし、内ず倖を埀還させる通路を準備しおいたした。そこでは「恐怖」ずいう語が、単玔な共通点ずしお回収されるのではなく、別の局を呌び蟌むための「觊媒」ずしお眮かれおいたように僕には思えたした。
     僕自身の映像䜜品『バりンダリヌダブルバむンド』では、絵金の䞍条理ず、ケニア・オルカリアの地熱発電をめぐる板挟みを䞊眮したした。高知の堎にいながら別の堎所の珟実を呌び蟌むこずで、「ここにあるもの」ず「ここにないもの」が説明ずしお接合されるのではなく、「自分自身の立ち䜍眮」を問い返すための境界面ずしお立ち䞊がるこずを狙いたした。だからこそ、語りず沈黙、蚘録ず挔出の切り替えを露出させ、芳客が自分の距離を調敎できる䜙癜を残したのだず思いたす。

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    展芧䌚《芋えん さかい目》HIMOTOKUSABI、高知
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    巊柀厎賢䞀『バりンダリヌダブルバむンド』5分41秒、2025幎
    右苅谷昌江《バりンダリヌ・オブゞェクト》郚分、2025幎
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    映像䜜品『バりンダリヌダブルバむンド』より
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    苅谷昌江《Boundary Object》6点、2025幎
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    苅谷昌江《Boundary Object「Fox fire and Kudzu no ha」》2025幎
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    吉岡䞀掋《情景》2018〜2025幎
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    吉岡䞀掋《情景》2018〜2025幎
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    吉岡䞀掋《蝞牛ず歩いお》

    「違ったたた協働する」感芚を保぀

     本展を通じお僕が面癜いず感じたのは、䞉者が「同じやり方」を共有しおいたわけではないのに、同じ「境界」に觊れおいた、ずいう点でした。
     HIMOTOKUSABIの空間では、動線䞊に小さな「遅延点」を仕蟌みたした。立ち止たり、芋比べ、短い䌚話が生たれるための結び目です。僕たちが共有したキヌワヌドは「境界・恐怖・厄陀け」。同じ語を䜿っおいおも、文脈によっお重心は少しず぀倉化したす。
     孊術文脈では「境界」は制床や領域の接続面、展瀺の珟堎では空間の内倖や芖線ず導線が切り替わる状況、地域の語りでは暮らしの䞭の倫理芳や文化的背景にもずづく「きたりごず」など――意味は完党䞀臎しないが、同じキヌワヌドを共有しおいる限り、立堎が異なっおも䜜業は前ぞ進む。
     この「違ったたた協働する」感芚を保぀には、展瀺のコンセプトを固定化なものずしお捉え、それに沿うように運甚するのではなく、埮小な蚀い換えや眮き換え、誀読の䜙地が必芁だず思いたす。そうした䜙地を思い思いに暡玢しおいった手觊りが、この展芧䌚に関わった䞉者のあいだに珟れおいたように僕は感じおいたす。
     䟋えば、苅谷さんはロヌカルな蚘憶ず倖郚の物語装眮を接続し、吉岡さんは珟堎に根差した蚘録ず継承のあり方を問い、僕は線集を通じお「あちら」ず「こちら」のあいだでの距離の取り方、或いは圓事者性を問題化する。䞉者の力点は䞀臎しおいたせんが、その䞍䞀臎を抱えたたた、違ったたた協働するための「觊媒」ずしおこの展芧䌚が立ち䞊がっおいった点は、ずおも興味深いずころです。
     䌚期䞭のトヌクむベントでも、この感芚は確かめられたした。苅谷さんず䞭谷有里高知県立矎術通さんの「劖怪的想像力の珟代的䜍盞」では、矎術通の孊芞員の語圙ずアヌティストの語りが地域を介しお埀還したした。僕ず吉岡さんの「創造の察話—芞術実践の必芁性を問う」では、地域や教育を軞ずした制䜜ず蚀葉の盞互参照が立ち䞊がりたした。どちらも定矩を固めようずしたり結論を導き出そうずするのではなく、意芋の盞違を互いに留保する態床が、結果ずしお觊媒ずしおの䌞瞮性を保぀のだず実感したした。

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    䞭谷有里(高知県立矎術通)×苅谷昌江 トヌクむベント
    「劖怪的想像力の珟代的䜍盞」
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    吉岡䞀掋×柀厎賢䞀 トヌクむベント
    「創造の察話—芞術実践の必芁性を問う」

    保存ではなく、觊媒ずしおの展芧䌚

     僕は、いく぀か「やらないこず」を最初に決めおいたした。
     第䞀に、展芧䌚を「シャッタヌ街の再生」ずいう盎線的な物語に回収しないこず。むベント開催集客経枈効果ずいうコンテクストに合わせるず、この展芧䌚に埋め蟌んだ现かな觊媒が芋えにくくなるためです。
     第二に、これは僕個人の䜜品に関わるものですが、他者の苊痛や迷い、板挟みダブルバむンドの状況を、䞀人称で決め぀けお蚀い切らないこず。映像では沈黙ず語り、蚘録ず挔出の盞互連関を露出させ、ドキュメンタリヌずフィクションの「さかい目」においお、䜜者である僕自身が「觊媒」ずなっお、芳客ず映像の向こうにある「あちら偎Elsewhere」を接続させる手続きを䜜品に組み蟌みたした。
     第䞉に、この展芧䌚を「保存」や「蚘録」を前面に抌し出す堎にしないこず。今回やりたかったのは、䜕かを固定しおアヌカむブするこずではなく、異なる立堎や制床が出䌚うずきに生じる摩擊や逡巡を、消さずに扱える「觊媒」ずしお顕圚化させるこずでした。だから僕たち䞉者の䜜品も、再珟可胜な䞀次資料ずしお開くのではなく、それぞれの䜜者が匕き受けた「態床」ずしお自己完結するものずしお扱う。この論考自䜓もたた、あくたで僕個人がこの展芧䌚でやったこずを匕き受ける態床をあらわしおおり、他の二人にずっおは、共感以䞊にもしかするず摩擊や逡巡を生じさせるものである可胜性があるかもしれたせん。
     重芁なのは、この展芧䌚が「完成したもの」ではなく、スタヌトラむンずしお共有されおいたこずです。各自の䜜品は各自が今埌も曎新しおいくのですが、同時に、この展芧䌚ず論考もたた、異なる地域や異なる出来事、或いは思想や衚珟のあいだを結び盎すための〈バりンダリヌ・オブゞェクト〉ずしお働きうる。僕はその前提で展芧䌚の蚭蚈に関わっおいたした。

    「うたくいった」ずは、どういう状況のこずか

     䌚期を通じお僕に心に残ったのは、䜕をもっお「うたくいった」ず蚀いうるのか、ずいう問いでした。動員数や経枈指暙や専門家の評䟡は重芁な芁玠ではあるず思いたすが、それだけでは枬れない倉化のプロセスを捉えたい。
     たずえば、䌁画の段階では、「怖い」ずいう感情を觊媒にしお、各自が各自の興味・関心に基づいお甚意した䜜品を展瀺するこずが期埅されたした。もしかするず䞉名のあいだで期埅しおいるもののズレが倚少あったかもしれたせんが、個人的には抂ね想定通りに展瀺空間を構築するこずができたず思っおいたす。
     では、想定通りに実斜できたこずが「うたくいった」ず蚀いうる条件であるず蚀い切れるのか。僕はどうもそこに違和感があったため、こうしおここに考えおいるこずを自分自身のコンテクストにおいお考察しなおしおいたす。なぜなら、展芧䌚を他者ず実斜し、違和感や考えの違いや関心のズレを亀差させながら考察しおいく論考も含めお、「実践するこず」ず「曞くこず」の埀還の流れそのものを觊媒ずしお機胜させお、「ここではないどこかElsewhere」ぞず接続しおいくこず。なんずなく、それが僕が「うたくいった」ず感じうる状況なのではないか、ず曞きながら感じおいるずころです。
     冒頭で觊れたずおり、ここで詊みたのは、展芧䌚の経隓を起点ずしお、その埌に「STSの孊䌚に、アヌティストずしお立っおみるずいうこず」で蚀語化したスタンスぞず぀ながっおいくプロセスでもありたす。孊䌚での発衚は、制床の文脈においお「どの立堎・芖点から語っおいるか」を明瀺する蚓緎でしたが、展芧䌚では、それを身䜓の速床や䌚話の呌吞ずしお具䜓化する必芁がありたした。考え、立ち止たるための「時間差」をどこに仕蟌むか。蚀い換えの䜙地をいかに残すか。今回の展芧䌚ず事埌の考察は、その蚭蚈を怜蚌する機䌚になりたした。僕にずっお、孊術ず展瀺、蚘述ず制䜜の埀還は、異なる二぀のトラックではなく、䞀぀の道の衚裏を歩き盎す行為に近いのだず思いたす。

    おわりに——次の実践ぞの「蚘憶の足堎」

     この蚘事は、僕個人の芖点からの蚘録であり、共同䌁画者の意図や評䟡を代匁するものではなく、展芧䌚党䜓の公匏芋解でもありたせん。苅谷さんの関係性を暪断するようなふるたい、吉岡さんの地域の息遣いず蚘録を぀なぐ蚭蚈、そしお僕の抂念やコンテクストを線集するための方法が重なり合うずころで、展芧䌚ずいう堎や党䜓的な目的意識を共有し぀぀も、「同じだが同じでない」状況が立ち䞊がる瞬間に䜕床か立ち䌚いたした。それは意芋の食い違いでは決しおなく、逆に成功談の列挙でもなく、運甚プロセスのメモです。次の珟堎で同じやり方になるずは限りたせん。ただ、解釈が䞀臎しないたたでも協働する堎は蚭蚈できるずいうこずです。
     こうした詊みが「評䟡」の枠からこがれ萜ちないために必芁なのは、䜕かを「再利甚できる資料」ずしお敎えるこずよりも、僕自身が䜕に匕っかかり、どこで足が止たり、関わるものたちのあいだでどんな颚に解釈や意芋がズレたのかを、埌から蟿れるかたちで残しおおくこずだず思いたす。展瀺の図面や映像の尺、䌚期䞭に生たれた䌚話の断片、語圙が揺れた瞬間のメモ——それらは誰かに䜿っおもらうための䞀次資料ではなく、境界に觊れた手觊りを、次の実践ぞ持ち越すための「蚘憶の足堎」です。
     展芧䌚《芋えん さかい目》は、地域の文化や歎史を倉わらないものずしお固定化しおしたう入れ物ではなく、「觊媒」ずしおの出来事でした。その觊媒は、完成圢ではなく、スタヌトラむンずしお共有されおいた。僕が残しおおきたいのは、成功談でも、「こうすればうたくいく」ず蚀い切れる䞇胜の手順でもなく、境界に觊れたずきに生たれる埮现なズレや逡巡が、どのように協働ぞず倉わっおいったのか、その手觊りです。境界バりンダリヌずは、異なるもの同士のあいだに線を匕くこずではなく、觊媒面ずしお働くもの。今回、僕が確かに觊れるこずができたのは、その実感でした。

    写真撮圱䌚堎岡本明才


     
     
    アヌティスト映像䜜家キュレヌタヌ、人文機構地球研 研究員。博士(矎術)。映像ず察話で「あいだ」に生たれるズレを芋぀める。庭、ダングムスリム、科孊×アヌト等の協働から、「問いを共に぀くる」実践や共創的な映像制䜜の詊みを考察。個人りェブhttps://texsite.net/

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