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マイナス35度のシカゴから始まった私の新しい暮らし/異国で知った日本と自分

    すでに決まっていた海外生活


    結婚してわずか3か月で

    私は夫とともにアメリカのシカゴで
    暮らし始めました。

    日本とは気候も文化も生活習慣も違う国…

    そこで待っていたのは想像していた以上に
    驚きの多い日々でした。

    けれども当時の私には海外で暮らすことが
    どんなものなのか

    ほとんどわかっていませんでした。

    その頃はインターネットもない時代で
    手元にあった情報といえば

    『アメリカでの暮らし方』
    という一冊の本くらいでした。

    シカゴでの最初の一年は
    異国での暮らしを通して日本を知り

    自分自身のあり方を考えるきっかけに
    なった時間だったように思います。

    結婚準備も渡米の準備もひとりで

    結婚が決まり、程なくして夫はすでに
    会社の赴任先であるシカゴにいたので

    結婚式の準備はほとんど私ひとりで
    進めることになりました。

    夫は式に合わせて帰国してくれたものの
    結婚式を終えて私たちが旅行を経てすぐに

    夫はアメリカへ向かうことになりました。

    本来なら私は春に渡米する予定でしたが
    会社の社長が気を配ってくださり

    私は予定より早い12月半ばに
    渡米することになったのです。

    当時赴任先の夫のもとへ渡る社員の
    妻たちの中では私が一番最初でした。

    結婚したばかりで海外生活の経験もない

    そんな私の新しい暮らしが
    いよいよ始まろうとしていました。

    マイナス35度の世界へ

    シカゴに到着する日天気予報では気温が
    マイナス35度になると伝えられていました。

    空港には夫と会社の社長、そして先輩社員のお二人が迎えに来てくださっていました。

    その後日本食レストランで
    歓迎していただいたことを覚えています。

    けれども外は深い雪で

    私は日本で車の運転を習っていたものの
    まだ日本で免許を取っていませんでした。

    そのためシカゴで免許を取得しなければ
    なりませんでしたが

    雪のために教習を続けることが難しく

    免許を取得するのは春になってから
    と思っていましたが

    私が免許を取れたのは出産後で
    渡米から二年近く経っていました。

    それまでは車は一台しかなく
    夫はそれに乗って仕事へ出かけていくので

    足のない私は家にいるしかありませんでした。

    今なら免許がなくても
    インターネットでさまざまな情報を調べて

    自宅にいながらいろいろなことが
    できたかもしれません。

    けれども当時は
    そういう時代ではありませんでした。

    逆に何もわからないがゆえに海外生活を
    「こんなものなのだろう」と

    目の前の暮らしを淡々と
    受け止めていたように思います。

    何もかもが大きいアメリカの暮らし

    私と夫が住んでいたのは
    1LDKのアパートメントでした。

    部屋には長い毛足のカーペットが敷かれ
    クローゼットなどの収納スペースも広く

    アメリカの暮らしは何もかもが
    ゆったりと大きく感じられました。

    現地で家具を買いそろえた時には

    広い部屋に対して
    家具が小さく見えたほどでした。

    ところが帰国して日本の住まいに戻ると

    今度は家具の大きさが悩みの種に
    なってしまったのでおもしろいものです。

    買い物は夫と一緒に週に一度
    スーパーでまとめ買いをしていました。

    買った食材を一週間分収納できるほど
    冷蔵庫が大きく

    肉も野菜も飲み物も
    一つひとつの量が多く、大きくて

    日本での買い物とは
    ずいぶん勝手が違っていました。

    また、水道水は
    私には気になることの一つでした。

    水にカルシウムが多く含まれていたためか

    ポットや加湿器に水を入れると
    だんだん固まった白い物質がこびりつき

    そのままの水を飲むことには
    抵抗があったため

    飲料水は配達を頼んで
    大きなボトルを毎週4本届けてもらい

    それを飲食用に使っていました。

    車で数分の場所にある日本食材のお店には

    お豆腐や油揚げ、お味噌などいろいろと
    売られていましたが

    日本で買うよりも当然値段は高く
    日本では当たり前に手に入るものが

    場所が変わると貴重なものになるのだと
    あらためて感じました。

    そんな違いを日々の生活の中で
    少しずつ知っていくことになりました。

    家事と慣れないおもてなし

    夫は赴任先で
    会社を立ち上げる仕事に追われていて

    朝早く出かけては
    夜遅く帰ってくる日々でした。

    一方私の家事は日本にいた頃よりも

    かなり短い時間で
    済んでしまうことが多かったのです。

    それは床材(カーペット)の特性と

    壁の建材の違い、気候が乾燥している
    など、他にもいろいろな理由から

    部屋はそれほど汚れず
    掃除にも時間がかからないからでした。

    私は時間ができると
    本を読んで過ごすことが多かったのです。

    ただ、慣れないこともありました。

    日本から出張で来る方々や
    現地で働く日本人の社員(独身)の方々を

    時々食事に招く機会があったのです。

    それは海外赴任の妻の役割のように
    なっていました。

    けれども私は元々
    料理が得意だったわけではないので

    日本から持ってきた料理本を開いて
    そこに載っている料理を作ったりしました。


    ところが海外では同じ材料が
    見つからないこともよくあり

    そんな時は手に入るもので代用したり
    工夫したりして何とか形にしていき、

    焼き肉をする時には肉を薄く切るための
    スライサーまで使ったりしていました。

    今思えばあの頃の私はわからないなりにも

    目の前にあることをある程度
    何とかこなしていたのだと思います。

    合理的な暮らしに驚いて

    アパートメントでの暮らしには

    日本とは違う合理的な仕組みが
    いくつもありました。

    建物全体で冷暖房を管理している
    セントラルヒーティングだったので

    外がマイナス35度になるような日でも

    室内では半袖のTシャツで過ごせるほど
    暖かく快適な状態でした。

    またキッチンのシンクには

    生ごみを細かく砕いて水と一緒に 
    流すことができるディスポーザーがあり

    ごみは建物内の集積場所に
    管理するスタッフの方がいるため

    いつでも都合のよい時に出すことができて

    家の中にごみをためておく必要もなく
    においに悩まされることもなかったのです。

    洗濯は建物内にある
    ランドリールームで行っていて

    洗濯機も乾燥機も日本で使っていたものよりとても大きくてパワフルでした。
    (外干しする習慣がありませんでした)

    けれどもそこで気になることが起きました。

    洗濯を繰り返すうちに
    衣服がだんだん茶色く変色してくるのです。

    水の濁りは気になっていたものの

    当時は衣服が変色する原因までは
    あまりよくわからなかったのです。

    ところがのちに水がミシガン湖から
    供給されるようになってからは

    衣服の変色もかなり軽減されました。

    水ひとつをとっても暮らす環境によって
    こんなにも違いがあるのだと

    実際の生活を通して知ることになりました。

    一方で浴室はバスタブにシャワーが中心で

    深い浴槽にゆっくりとつかれる
    日本のお風呂が

    あらためてありがたく感じられました。

    海外の暮らしには
    便利で合理的なところがありますが

    日本で当たり前だったことにも
    離れてみて初めて気づくよさがあるのです。

    どちらか一方が優れている
    ということではなく

    それぞれに違った魅力が
    あるのだと思いました。

    初めてのハロウィン

    シカゴで迎えた初めてのハロウィンも
    忘れられない思い出の一つでした。

    黒やオレンジ色の衣装を身につけた
    子どもたちが

    魔女や悪魔、おばけなどに扮して
    アパートメントを訪ねてきました。

    私は子供たちにあげるお菓子を用意して
    子供たちを迎えていましたが

    当時、子供たちも私も
    どこか少し緊張していたように思います。

    私にとっては初めてのハロウィン🎃🪔

    子どもたちにとっても

    見慣れない東洋人の私のところへ来るのは
    少し不思議なことだったのかもしれません。

    「Trick or treat!」😈👻


    その言葉を聞きながら
    私はしみじみと思いました。

    「ああ、ここはアメリカなんだなあ」

    今では日本でもすっかりおなじみになった
    ハロウィンですが

    当時の日本ではまだ今ほど
    身近な行事ではありませんでした。

    異国の文化に触れるということは

    こういう小さな場面の
    積み重ねなのかもしれないと思いました。

    ひとりでいることと孤独を感じること

    渡米したばかりの頃
    私はひとりで過ごす時間が多かったのですが

    最初から強い孤独を
    感じていたわけではありませんでした。

    何しろ、海外での暮らしについて
    知っていることが少なかったのです。

    比べる対象も参考にできる情報も
    ほとんどないので

    だからこそ「こういうものなのだろう」と

    目の前の暮らしをそのまま
    受けとめていたのだと思います。

    そんな私の気持ちが少しずつ変わったのは

    ほかの日本人の奥さまたちが
    春になって順番に渡米してきてからです。

    それぞれの家庭の事情や
    暮らしぶりを知るようになると

    自分の置かれている状況との
    違いが見えてきます…

    それまで気づかなかったことに気づいて
    比べることも出てくると

    自分の暮らしをあらためて
    意識するようになった時に

    孤独を感じることもありました。

    そんな時に心の支えになったのが
    日本にいる家族や友人との電話でした。

    当時の国際電話は今のような
    ネット環境で会話できるような

    気軽にかけられるものではなかったのですが
    最初の一年は何度も電話をかけていました。

    声を聞くだけで気持ちが和らぎ

    遠く離れていても繋がっていると
    思えることが

    私にとっては大きな支えになっていました。

    日本を離れて初めて見えてきたもの

    私はシカゴでの暮らしを通して

    日本にいた時には
    あまり意識していなかったことを

    考えるようになりました。

    日本では言葉にしなくても
    相手の気持ちを察したり

    周囲の空気を読んだりすることが
    自然に求められる場面が多い…

    けれどもアメリカでは

    自分の気持ちや考えを言葉にしなければ
    相手に伝わらないことが多いのです。

    自分はどう思うのか

    何を望んでいるのか

    どうしたいのか

    そうしたことを
    自分の言葉で伝える大切さを学びました。

    また周囲の人たちがそう言うから

    立場のある人がそう言うからと
    いう理由だけで

    何も考えずに従うのではなく

    自分自身で考えて判断することが
    大切なことだと感じるようになりました。

    もちろん日本に帰ってから

    アメリカで身につけた考え方を
    そのまま通せるわけではありません。

    その場の状況や
    自分が担っている役割によっては

    言いたいことを
    飲み込まなければならないこともあります。

    それでも
    自分の中にある考えまで手放す必要はない

    周囲に合わせなければならない時も

    自分はどう感じどう考えているのかを
    忘れないでいること

    自分の頭で考え自分の感覚を大切にすること

    私にとってそれは
    異国での暮らしが教えてくれた

    大切なことの一つでした。

    あの一年が今の私につながっている

    振り返ってみるとシカゴでの最初の一年は

    決して華やかな海外生活
    というだけのものではありませんでした。

    厳しい寒さ、慣れない家事、言葉の壁
    かなり限られた行動範囲、などなど…

    日本にいる家族や友人が
    恋しくなることもたびたびありました。

    けれどもそこで暮らしたからこそ
    たくさんのことを知ることができました。

    日本を離れて初めて日本のよさに気づく

    違う文化の中で暮らすことで

    自分が当たり前だと思っていた考え方を
    あらためて見つめ直す

    そして自分の気持ちや考えを
    これまで以上に意識するようになること

    当時は目の前の生活をこなすことに
    ただ精いっぱいで

    そこから何を学んでいるのか
    はっきりとはわかっていませんでした。

    けれども年月を重ねた今
    あの一年が私の中に残してくれたものを

    少しずつ感じられるように
    なったような気がしています。

    日本にもアメリカにも
    それぞれのよさがあって

    大切なのは
    どちらが正しいかを決めることではなく

    違いを知り、自分なりに考え

    自分にとって大切なものを
    見つけていくことなのかもしれません。

    マイナス35度のシカゴから始まった
    まったく未知の新しい暮らし…

    あの異国で過ごした一年は私にとって

    外の世界を知るための時間であると同時に

    自分自身を知るための
    最初の一歩でもあったのだと思います。


    最後までお読みいただきまして
    どうもありがとうございます。


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    sally

     
     
    葛藤の多い人生で自分を見失いがちだった私に、トートタロットというとても信頼できる導き手との出会いがありました。 心が望む『自分の本当の道』をトートが示してくれることで心の声を聞く大切さを知り、そこから始まった自分自身の変化などもお伝えすることができれば嬉しいです。

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