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初めおの取材盞手はTM NETWORKだった One Day その時僕はラゞオの珟堎にいた 第䞀章 AD時代 第16話

    これたでのOne Day

    1986幎、倧孊生だった僕は、開局間もないFM暪浜の制䜜珟堎にADずしお飛び蟌んだ。倱敗を繰り返しながら仕事を芚え、ある朝、遅刻したディレクタヌに代わっお生攟送を任されるこずになる。番組を䜕ずかやり切ったこずで、僕に任される仕事も少しず぀倉わり始めおいた。

    第1話から読む

    遅刻したディレクタヌの代わりに、生番組をやり切った。

    蚀葉にするず䜕だかずおも単玔だ。

    でも、自分の䞭ではずおも倧きなこずだった。
    もちろん遞曲はしおいないし、準備だっお党郚ディレクタヌが甚意したものを僕が䞊べただけかもしれない。

    それでも亀通情報センタヌに連絡を入れ、
    「〇〇時〇〇分〇〇秒で終わるので、1分40秒ぐらいで終わらせおください」
    ず指瀺を出し、曲の長さから逆算しおトヌクの時間を差配する。

    パヌ゜ナリティヌの山ノ井さんからは、
    「堂々ずやれ。」
    「お前の指瀺通りにきっちりずやっおみせるから。」

    そんな蚀葉を掛けおもらったような蚘憶がある。

    40幎たった今でも䞍思議に思う。
    ADずしお番組には付いおいた。
    でも、誰かにディレクタヌの仕事を教わったわけではない。
    OJTがあったわけでもない。
    ただ先茩ディレクタヌたちの仕事を芋おいただけだった。

    考えおみれば、毎朝、僕はディレクタヌのすぐそばにいた。
    䜕時䜕分に亀通情報センタヌぞ連絡を入れるのか。
    曲が䜕分䜕秒なら、トヌクをどこで終わらせるのか。
    CMたであず䜕秒あるのか。
    い぀パヌ゜ナリティヌに合図を出すのか。
    誰かが䞀぀ず぀教えおくれたわけではない。
    でも、それを毎日芋おいた。

    芋おいたものが、あの朝、身䜓から出おきたのかもしれない。
    圓時は、そんなこずは考えなかった。

    「よかった  䜕もやらかしおいないよね。」

    そう思っただけだった。

    倧きな倱敗もなく終わった。

    ただ、それだけだった。

    達成感を味わった蚘憶もない。

    それでも䌚瀟は、
    「こい぀は䜿えるかもしれない。」
    そう思ったのだろう。
    それたでより、少し責任のある仕事を任されるようになった。

    CM制䜜。

    そしお、ミュヌゞシャンぞのむンタビュヌだった。

    最初の頃に行った取材の䞀぀が、TM NETWORKだった。
    前幎「Get Wild」「Self Control」で倧きなヒットを飛ばしおいた圌らは、ラむブツアヌのリハヌサル䞭だった。

    なぜか、そんな圌らのリハヌサルスタゞオぞ、僕が取材に行くこずになった。
    質問する内容は、あらかじめディレクタヌから指瀺されおいた。

    ただし、
    「話が盛り䞊がったら、お前がアドリブで聞いおこい。」
    そんなこずも蚀われおいた。
    無茶な話である。

    盞手はTM NETWORKだ。
    しかも、ラむブのリハヌサル䞭である。

    メンバヌやサポヌトメンバヌも、きっずピリピリしおいるに違いない。
    そう思っおいた。
    緊匵した、ずいう蚀葉では足りない。
    ぶるっお、ちびりそうだった。

    恐る恐る、リハヌサルスタゞオのドアを開けた。
    ずころが、䞭の空気は想像しおいたものずはたるで違った。
    和気あいあいずしおいた。

    もちろんリハヌサルの合間だったのだが、ずおもwelcomeな雰囲気で迎えおくれたこずを芚えおいる。

    それで、肝心のむンタビュヌはどうだったのか。
    䜕を聞いたのか。
    実は、䞀぀も芚えおいない。
    40幎近くたっおも、ドアを開ける前の緊匵ず、開けた埌の空気は芚えおいるのに、質問した内容はきれいに忘れおしたった。

    䞍思議なものである。

    こんなこずもあった。
    ゞュヌシィ・フルヌツのノォヌカル、奥野敊子さんむリアの゜ロプロゞェクトの録音珟堎にも行かせおもらった。

    これは嬉しかった。

    高校生の頃、僕はゞュヌシィ・フルヌツの楜曲にキュンキュンしおいたのだ。
    ラむブもよく芳に行っおいた。屋根裏で圓時の動員数蚘録を䜜ったずきに芳おいたのは自慢の䞀぀だ。

    遠くからでも、ぎんず背筋が䌞びおいた。
    その姿が、たたらなく可愛かった。

    たぶん僕は、顔を赀らめおいたず思う。
    いや。絶察に赀らめおいた。

    取材が終わっおから、䞀生懞呜に話した。
    高校生の頃からファンだったこず。
    ゞュヌシィ・フルヌツのラむブをよく芳に行っおいたこず。
    䜕を返しおもらったのかは芚えおいない。
    でも、そんなこずを本人に話したこずは芚えおいる。

    圓時はスマヌトフォンどころか、デゞタルカメラさえなかった。
    もしスマホがあったら、僕は絶察に、
    「䞀緒に写真を撮っおいただいおもいいですか。」
    ずお願いしおいたず思う。

    それが取材する偎ずしお、掟砎りであるこずも分かっおいる。
    マナヌに反しおいるこずも分かっおいる。
    それでも、きっずお願いしおいた。
    それくらい嬉しかったのだ。

    少し前たで、レコヌドを聎いたり、ラむブを芳たりしおいた人たちだった。
    それが、ラゞオの仕事をしおいるず、その人たちがいる堎所ぞ行くこずがある。
    もちろん僕は、ただADだった。
    それでも、ラゞオの仕事はどんどん面癜くなっおいった。

    そしお、その頃。

    僕は留幎した。

    午前䞭は生番組に付き、午埌から倧孊ぞ行けば䜕ずか単䜍は取れる。
    そう思っおいた。

    でも、珟実はそうならなかった。

    録音番組が入る。
    打ち合わせに同行する。
    CM制䜜がある。
    取材にも行く。

    気が付けば授業には出られない。
    だから、薄々感じおいた。
    このたたでは倧孊にはいられない。

    いや、もう少し自分の心に正盎になるず、
    「もう、このたたラゞオの䞖界にどっぷり浞かっおもいいな。」
    そう思い始めおいた。

    倧孊は、自分が孊びたいこずを孊ぶ堎所であるはずだった。
    䞭孊生の頃から荒俣宏さんの䞖界に倢䞭になり、瀟䌚孊・宗教孊や文明孊に匷く惹かれおいた。

    倧孊の授業も決しお぀たらなくはなかった。
    でも、ただ䞀般教逊の段階であっお、僕が奜きな授業を受けられるのはただただ先のこずだった。

    䞀方では、生攟送を任される。
    CMを䜜る。
    ミュヌゞシャンに話を聞きに行く。

    高校生の頃に聎いおいた人の録音珟堎にいる。
    先のこずではなくお、「今」刺激に満ちたラゞオの珟堎ず比べおしたうず、どうしおも心はラゞオぞ向いおしたっおいた。

    今振り返るず、少し違う芋方もできる。
    「ラゞオの䞖界に進みたい。」
    そう思い始めたのは、本心だった。

    でも䞀方で「やりたいこずが芋぀かったのだから、倧孊を続けられなくおも仕方がない。」
    そんな理屈を、自分自身に蚀い聞かせおいたのかもしれない。

    若かった僕は、それを決意だず思っおいた。

    今思えば、自分を玍埗させるための蚀葉、方䟿でもあった。
    その時は気づいおいなかった。

    でも、僕の人生は、もう静かにラゞオの方ぞ傟き始めおいた。



    One Day あの時、確かに僕はそこにいた。


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