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Photo bycozy_quokka1514

【短編 童話】外伝 Ⅲ『ヘルデンテノールの神髄』| 落ちこぼれ魔女ターナ

    主役が主役である理由


    こと『ニーベルングの指環』という
    オペラに於いては、主役が主役たる理由は、
    そのたくましさにあるだろう。

    だからこそ、ヘルデンテノールが演じる
    ジークフリードという漢は
    その生きざまを褒めそやされる。
    尋常に真似できるものでもないからだ。

    ワーグナーの楽曲が創作されて以来、
    数多のヘルデンテノールが演じてきた
    ジークフリードを観続けてきた本人は、
    自嘲気味にこう語る。

    「いやいや、私はそんなに
    大層な者でもないのだがな。
    竜の血を浴びただけのことだ」

    そして褐色に染まった肌の、
    一見スリムに見える剛腕を
    晒してジッと見る。

    どうやら、
    他人から見る不死身の勇者と
    ジークフリード本人の見方に、
    乖離があるようだ。

    魔女ターナは、
    それが単なる謙遜ではない
    らしいことが興味深かった。


    とある日、
    ジークフリードが奢ってくれるので、
    皆で観劇に行こうとなった。


    画像
    剛毅 ジークフリード



    ワーグナーのオペラは高嶺の花だが、
    『地獄のオルフェ』は割と手頃だから
    ジークフリードとターナ、
    シエラとケンの四人で
    街なかの小さな劇場へ観に行った。

    最後に踊り娘たちがドロワーズを露わにする
    ところで、劇場のなかは、やんややんやの
    大喝采となった。
    ジークフリードとシエラも歓声をあげて、
    ターナとケンはもじもじと頬を赤らめた。



    劇場の隣りがキャバレーで、
    そこでオペレッタの後、遅めの食事をした。

    食事をしている間、
    バンドネオンの切々とした音色が流れていた。
    そんななかで四人が
    オペレッタの感想を語り合う。

    ターナの印象に残ったのは、
    ジークフリードの科白だった。
    曰く、

    「他人から見たブリュンヒルデと私は
    悲恋のほうがおもしろかろう。
    だが二人きりでいたときは、
    フレンチ・カンカンを踊りたくなるような
    楽しい時間だったと信じている」

    ターナはまだ本当の愛は知らない。
    でも、かの時を思い振り返る
    ジークフリードを見て、
    彼女だったブリュンヒルデも、
    愛し合っていた間が幸せだったのだ
    と楽しそうに語る彼の言葉を信じた。


    時間はもう真夜中近い。

    ここからの帰り道、
    ターナたちの居住区までの間に
    スラム街をはさむ。
    大きく迂回するルートを選んだが
    裏目に出てしまった。

    おしゃべりしながら歩いていると、
    路地で三人の若い男たちが道を塞ぐ。
    黙って後退して避けようとすると、
    また別の男たち、三人が行く手を阻む。

    男たち、チンピラは計六人で
    ターナたちを囲み
    舐めきって、厭らしく嗤った。
    目の前に立つ男が何者か、
    知らないのだろう。

    ジークフリードが話の糸口を切る。

    「なにか用かな?」
    落ち着いている。

    前を塞ぐ真ん中の男が喚く。

    「金目のものを置いていけ!」

    そしてチンピラ二人が取り出した
    小型のリボルバー『ブルドッグ』。
    三人がナイフを、残りの一人が鉄パイプを
    構えて脅してきた。

    「おっおー……」

    と戸惑うケン。
    だがジークフリードは
    ケンと、ターナとシエラを
    落ち着かせようと微笑んで応えた。

    「やめておきなさい。
    怪我をするのは、君たちのほうだ」

    ターナとケンが身を寄せ合い、
    ジークフリードが前に、シエラが後ろに
    それぞれ一歩、出る。

    ジークフリードの目の前にブルドッグを
    構えたチンピラ。
    今はまだジークフリードは落ち着いている。

    「警告はしたぞ……」
    「賽の目を振るのはお前たち自身。
    心がまえ次第でツキも変わるわよ……」

    シエラのひと言が追い打ちをかけた。

    「しゃらくせえ!」

    乾いた音が二つほど、パパンッ!
    腹立たしげにチンピラが発砲した。
    ターナとケンは迷わず伏せる。

    駆け出したジークフリードは神速で
    三人のチンピラに向かった。
    目の前の飛び交う蝿をつかむより速く
    銃弾をつかむ。
    手を拡げてなかから撃った弾が二つ、
    あっけなく零れ落ちて路面を転がる。
    驚くチンピラがナイフを突き立てる。
    だが身体に傷ひとつ付かない。
    ジークフリードはその手首をつかみ、
    ナイフをヒョイと取り上げる。
    指で刃をグニャリと折り曲げ、
    チンピラたちをまとめて蹴り倒した。

    「『ノートゥング』も要らないな」
    ジークフリードの持つ神剣のことである。

    ただ彼は思う。
    指に残るつかんだ銃弾の熱さと、
    余裕でそれをやってのける自分に、
    一瞬、違和感を覚えた。

    シエラもチンピラ如きにたじろがない。
    やみくもに撃ってきた弾をかわすと、
    両手を振りあおぐ。
    呪文も唱えないのに、
    チンピラが突然吹きすさぶつむじ風に
    身体ごと巻き上げられると、
    建物の屋根の向こうに飛ばされていった。

    残されたチンピラが一人、
    鉄パイプでターナとケンに挑みかかる。

    「うわわっ」とケンがそれを避けようと、
    ターナのことを突き飛ばす。

    ちょこっとイラついたターナが小さく祈る。
    「懲らしめてラ・サエッタ」

    静電気のような火花がパチッと散って、
    チンピラのお尻に文字通り、火が着いた。

    「ぅあちゃ――!」

    そのチンピラは、お尻から炎と煙を上げて
    現場から一目散に逃げ出した。


    タイを締め直し身なりを整えた
    ジークフリードの下に皆が集まる。
    這々の体で逃げたチンピラを見て
    ケンは安堵して言った。

    「ふぅ、相手が悪かったね。
    主役ヘルデンテノールには敵わない。
    それがもう運の尽き」

    見廻して、お友だちの無事を確認した
    ジークフリードは
    優しく皆を安心させるように笑った。
    その穏やかな瞳が、なるほど、
    これほどまでに人を惹きつけるのだろう。

    ターナがふと、シエラを見ると
    彼女がジークフリードを見つめる視線が
    ほのかに熱いと感じていた。
    自分のことを差し置いて、
    親友の心の機微を察したターナ。

    ふと、思った。

    自分はそれほどまでに
    恋しく他人を想うことがあろうか、と。

    シエラは本気なのだろうか。
    ターナには、それは推し量れない。
    でも、それを口にするのは今は違うのだ、
    と思いつつ。

    ガス灯の明かりの下で
    皆が顔を合わせて笑う。
    ジークフリードと目が合うと
    シエラは大きな笑みを浮かべた。
    その笑顔がとても艶やかで。

    次にターナと目が合ったシエラ。
    やっぱり笑顔を見せてくれたが、
    むしろターナの方がぎこちない笑顔になった。
    シエラがそれに気がついたのか。
    微かに小首を傾げた彼女は、
    それでも、やっぱり笑顔を見せた。
    親友なのにターナはそこから、
    表情を読み取れなかった。

    「さぁ、帰ろうか」

    呼びかけるヘルデンテノール。
    何事もなかったように
    夜道で静かにこだました。




    <#10 The Wheel of Fortune>

    つづく

    Pomplamoose ft. The Vignes Rooftop Revival -
    Les Yeux Noirs(Dark Eyes)| Django Reinhardt


    次回 外伝 Ⅳ 優しい鬼 鍾馗