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ブルゴーニュの農家で私が学んだこと|ブドウ畑、気候変動、農民と生きた日々『日経xwoman Terrace』寄稿文

    ※本記事は、2021年1月27日付『日経xwoman Terrace』に寄稿した記事を転載・改訂したものです。

    私たちは、日々の生活の中で「食べる」という行為を当たり前のように繰り返している。しかし、その一皿がどのようにして私たちの前に届くのか、その背景にある自然の営みや農民の努力について、深く考える機会は少ないのではないだろうか。

    私はブルゴーニュでの経験を通じて、農業とは単に作物を育てることではなく、自然と対話し、その変化を肌で感じながら生きることだと学んだ。時に厳しく、時に報われるこの営みは、私たちが自然の一部であることを思い出させてくれる。そして今、気候変動が農業に与える影響は日に日に大きくなり、これまでの常識が通用しなくなってきている。

    ここでは、私が農業を通じて見てきたブルゴーニュの風景、自然との共生、そして地球環境の変化について綴る。

    農業に生きるということ

    ブルゴーニュの地で学んだこと。それは、農業に生きるとは、シンプルな精神を持ち、自然に寄り添いながら生きることだということ。

    自然を相手にする以上、私たちはその流れに従うしかない。時には、思いがけない自然災害や病気で作物を失うこともある。作物を失うということは、農家にとって収入を失うことを意味し、それは計り知れない痛みを伴う。しかし、どれほど辛くとも、受け入れて前に進むしかない。次に同じ被害を最小限に抑えるために、何ができるのかを考え、試行錯誤を重ねる。そうやって、農民は自然と共に生き続けるのだ。

    しかし、自然には人間同士のような複雑な駆け引きや理不尽なやり取りがない。そこには、純粋な生存のリズムがあるだけだ。私たちは自然の一部であり、それを受け入れ、謙虚に生きるしかない。また、農民は自然と人間の「翻訳者」とも言える。植物や動物と共に生き、自然が語るメッセージを感じ取り、それを人々に伝える役割を担っているのだから。

    地球温暖化と農業

    地球温暖化が叫ばれる今、その影響はブルゴーニュのブドウ畑にも確実に現れている。例えば、春の霜の被害。かつては5月中旬まで冬の名残があるとされていたこの地で、近年は4月から初夏のような気候が続くことが増え、ブドウの成長が予想以上に早まることがある。そして、その後にやってくる突然の冷え込み。もしブドウが発芽した後に気温が0℃を下回れば、新しい芽は凍りつき、そこから枝が伸びることはなく、当然ブドウの房もできない。フランスのブドウ農家にとって、5月の第2週を過ぎるまでは気の抜けない日々が続くのだ。

    2016年、ブルゴーニュは記録的な春の霜害に見舞われた。被害は甚大で、地域全体で40~60%ものブドウを失ったという。「こんな被害は、40年以上農業をやってきたが初めての経験だ!」と、当時70歳を超えていたワイナリーの前当主フェルナンは嘆いた。かつてこのような霜害は10年に一度の頻度でしか発生しなかったが、今では2~5年に一度の割合で発生している。これは、明らかに温暖化が進行している証拠だ。

    私は、当時ドメーヌのオフィスにいたが、ヴィネロン達もこの初めての一大事と言える春霜の被害対策に、頭を抱えていた。ヴィネロン達はそれぞれに協力し、知り合いの農家から藁を集めて、被害がひどくなると思われる区画に藁を配備し、被害が予想される早朝に燃やした。 それが、どのくらい効果的なのか知る由もない。しかし、指を咥えてみているよりはマシ、少しでも被害を食い止めたいと夜も寝ずの対策の日々が続いた(現在、畑で藁を燃やすことは禁止されている)。

    都会のビルの中にいると、こうした気候変動の影響はTVニュースの中の話に過ぎないかもしれない。しかし、農民にとってそれは日々の現実であり、まさに「自然の生き証人」なのだ。そして、私たちは今、新たな脅威であるパンデミックとも向き合っている。

    農民の使命

    農業とは、単に作物を育て、提供することだけではない。農民は、自然を観察し、そこに起きている異変を感じ取り、それを社会に伝える役割をも担っている。地球環境の変化を誰よりも敏感に察知し、世界に警鐘を鳴らす使命があるのだ。

    農業は、聖なる仕事である。今こそ、農民が「自然の伝達者」としての力を発揮し、世の中を変えていく時期に来ている。



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