
【地図にない灯り】喫茶店|ショートショート
みなさん、こんばんは🌙
noteが大好きな、雪綴ゆきです。
いつも、わたしのnoteを読んでくださり
本当にありがとうございます。
お題記事で「3行からでも、どうぞ」と
ご紹介した、クリームソーダの例文。
主催のわたしも、あの3行を
一篇の物語に、育ててみました✨

さくらんぼは、最後に
クリームソーダのさくらんぼは
いつも最後に食べた。
駅前の角にある、喫茶こはく。
父と会えるのは、月に一度。
第二日曜日の午後だけだった。
窓ぎわの、ランプの下の席。
父はブレンド、わたしはクリームソーダ。
緑の泡のうえに、まるいアイスがひとつ。
てっぺんに、赤いさくらんぼ。
長いスプーンで、アイスのふちだけをすくう。
さくらんぼには、さわらない。
「まだ食べないの?」
と、父が笑う。
学校のこと。友だちのこと。
ぽつぽつと話すうちに、さくらんぼは
ゆっくりと緑の底へしずんでいく。
さくらんぼを食べおえると、父は腕時計を見る。
それが、帰る合図だった。
グラスにさくらんぼが残っているうちは
まだ帰らなくていい。
子どものわたしは、本気でそう信じていた。
それでも、五時の電車は、かならずやってくる。
改札の向こうで、父は
見えなくなるまで手をふっていた。
中学にあがると、わたしは部活を言いわけに
だんだん会いに行かなくなった。

「こはく、今月いっぱいで閉めるそうです」
父からのメッセージは、それだけ。
返信を打つのに、三日かかった。
最後の営業日。
ドアベルが鳴ると、窓ぎわの席で
父が小さく手をあげた。
ためらうような、あの手のあげかた。
ランプも、テーブルも、なにも変わっていなかった。
「おひさしぶりですね」
マスターはわたしに目をほそめて
父の前には、注文も聞かずにブレンドを置いた。
わたしはメニューをながめるふりをして
クリームソーダを頼んだ。
三十をすぎて頼むには、すこし照れくさい。
話すことは、あまりなかった。
仕事のこと。天気のこと。
ぽつぽつと言葉を置いては、また黙る。
グラスのなかで、さくらんぼが、ころりとかたむいた。
「まだ食べないの?」
顔をあげると、父が笑っていた。
あのころと同じ顔で。しわの、ふえた顔で。
そのとき、父のカップが目に入った。
底に、ひとくちぶんだけ、珈琲が残っている。
とうに冷めて、ランプの灯りを、黒くうつしている。
……あのころも、そうだった。
父のカップが空になったところを
わたしは一度も見たことがない。
グラスの底の、さくらんぼ。
カップの底の、ひとくち。
「お父さんこそ。まだ飲まないの?」
父は自分のカップに目を落として
それから、窓のほうを向いた。
「……冷めたのが、好きなんだよ」
わたしも、さくらんぼは、まだ食べない。
窓の外を、上りの電車が通りすぎていく。
父は、腕時計を見なかった。
ランプの下で
とけていくアイスを、ふたりで見ていた。
雪綴ゆき
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第3回のお題は
11月4日(水)19時に発表します。
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