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人間の欠格事由

    僕は全てを許され、生きてきました。
    なぜですか。

    塩田君は、怒鳴られました。
    篠瀬君は、殴られました。
    瀬戸君は、しばらく学校に来なくなりました。
    なぜ僕だけがお咎め無しなのですか。

    同じことをしました。
    もっと言えば、そうです。
    彼らはたかだか一度です。
    僕はもう、百遍はしました。
    同じことを、です。

    もう、黒い制服のボタンを首元まで留めていましたから、秋か冬のはじめのことです。
    僕は薔薇の花を盗みました。
    盗みますと手紙まで出して。

    赤い薔薇です。
    自由の郷リバテイだとか、そんなような名だと教えていただいたように記憶しております。
    校門の横、煉瓦造りの花壇からすらりと伸びた枝が美しく、例年一輪しか花をつけぬのだ、と先生方がおっしゃっていました。
    しかし、僕は蕾が二つ付いているのを見つけたのです。
    そのあたりからでしょうか。
    気付かれぬ内に蕾を喰んでしまおうか。
    そんなことを思ったのは。
    ですが、野暮でしょう。
    僕は虫でも、鹿でもないのです。
    一応は人間の形をして、立派な服を着せてもらって、眠る部屋も、温かな食事も与えられているのですから。

    「見たかい? あの薔薇が二つ、蕾をつけたんだ。」
    「見ちゃいない。君はどうしたって夢を見たがるんだな。」
    塩田くんは、呆れ気味に笑っていました。
    「しかし、二つとなると……めでたきことよ、なんて先輩方が色めき立つか、不安症の校長が凶兆だとか騒ぎ立てるじゃァないかい?」
    篠瀬君は、忙しなく声色を入れ替えました。
    「だからって変な気ィ、起こすなよ。」
    瀬戸君は、優しげな目尻を懸命に吊り上げました。

    しかし、この時にはもう僕の心は決まっていたのです。
    あの薔薇の花を、必ず手に入れようと。

    寄宿舎に戻った僕は、こそこそと部屋の隅でボロ紙に文字を書きつけました。
    左手で、それもわざと筆ペン先を震わせて。

    「そこまでにしときなよ。」
    瀬戸君は卓上燈を吹き消しました。
    僕はその晩、眠られませんでした。

    昂ったまま、でした。

    薔薇は随分と高いところに咲きました。
    無論、先輩方は色めき立ち、篠瀬君の言った通り、校長先生は「凶兆よ。」と乙女の如く震えておりました。
    それを塩田君は不気味がって、高熱出して寝込みました。

    「なあ、瀬戸君。せめて匂い嗅ぐだけは許してくれないかな。」
    「悪いが、僕は君を信用しちゃいないよ。」
    「信用なんかしなくていいよ。でも……」

    なぜですか。
    なぜ、僕が薔薇を切ることを止めた瀬戸君が謹慎しているのですか。
    彼を唆したのは僕ですよ。
    どうしても欲しかったから肩車をして欲しいと、嘘をついてまで、断る彼の肩に無理矢理に乗ったのは僕です。

    だのに、なぜですか。
    僕は棘で突いた指から流れる血を「痛かったでしょう」「可哀想に」……
    そんな風に慰めてもらいさえしました。
    消毒までしていただきました。
    疼く指には仰々しく包帯まで巻かれているのです。

    咎めの室へやで、ただ虚脱のままにひっくり返っている僕の胸には、あの赤い薔薇が載せられています。
    甘ったるい違和感に、薄ら笑いを浮かべる自分が、恐ろしくて、たまらないのです。


    本編はこちら。

    ↑
    「殴り殴られ詩人酒場」番外編
    其の壱は小村教授への手紙でした。

    ↑
    其の弍はこちら。
    一体誰でしょう。

    ↑
    別の連載、恋愛小説「水辺のつつじ」。
    たくさん読んでいただいたエピソードはこちらです。

    ↑
    井上と白石の読切。
    化学IAが再試験になります。
    水兵リーベでロマンチスト度が暴かれます。

    ↑
    かねてより構想中の「花と果物と人」シリーズの習作です。

    ↑
    【エッセイ】
    車酔いの話。
    確かこれ去年、乗り物酔い実況的に書いたんじゃなかったっけか。

    ↑
    ゆきお様・解説
    本当の主人公は誰なのか、そこから考えていく解説。

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    ラブラドールの匂いで肺を満たしたいアラウンドサーティ。 9歳児に親育てされている本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、しつこく文字を掻き集める滑稽な姿を東京の片隅からお送りしております。 ※連載小説も基本的には一話完結として読める構成を目指しているので、おじけづくことなかれ。

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