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「苦手」は克服しなくていい。できない自分を真面目に直そうとする人ほど損をしてしまう(#自己理解 #自己肯定感 #生き方 #心理学 #エッセイ #自己受容 #自分らしく生きる #苦手 #働き方 #note)

    頭がいい人はしなやかな人が多い、そう感じることがあります。

    私は昔から、「できないこと」が見つかると、それを直さなければならないと思っていました。
    社会の価値観として、欠点は人様に迷惑をかけるものだと教え込まれてきたこともありますし、私自身も、欠点は自分を不幸にするものだと信じていたからです。

    だから、
    人並みにできない。
    うまく両立できない。
    周りはできているのに、自分にはできない。

    そういうものが増えるほど、自分がひどくダメな人間に思えてしまう。

    でも、「できる人」と呼ばれる人たちを見ていると、彼らにもできないことはちゃんとあります。
    違うのは、それを“直すこと”を人生の中心に置いていないという点です。

    こんにちは。こんばんは。
    普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。

    私は「自分は不器用だなぁ」と悲しくなることがよくあります。
    それは、集中力を複数のことへ分散するのが、ものすごく苦手だからです。

    バランスのいい人って、自分が持っている集中力を、優先度や重大度に応じて「大・中・小」と振り分けたり、必要なら「中・中・中」にしたり、かなり器用に配分しているように見えます。

    でも、私はそれが驚くほど下手です。
    今も、noteと本業の創作をうまく両立できずに苦慮しています。

    最初は「どちらも文章を書くことだし、同じようなものだからできるだろう」と思っていたんですよね。
    ところが、実際にやってみると全然違いました。

    noteを書く時には、今起きていることを観察したり、それをどう説明すれば伝わるのか考えたり、誰かに向けて発信するための頭を使います。

    一方、小説を書く時には、まだ存在しない人物や世界を頭の中に置いて、その人ならどう動くのか、何を感じるのかをずっと追い続ける。

    どちらも文章ではあるのですが、私の中ではかなり別系統の力でした。

    そして厄介なのが、その二つを動かすための「集中力」という燃料が、私の場合はひとつのタンクから供給されているということ。
    だから片方へ大きく使うと、もう片方が露骨に弱くなる。

    こういうふうに、「できるだろう」と思って始めたことが思ったようにできない時、私はすぐ自分を責めてしまいます。

    周りには、もっといろいろなことを同時にこなしている人がいる。
    仕事も創作もSNSも、全部ちゃんと回しているように見える人もいる。
    そういう人たちを見ていると、自分のできなさ加減がすごく目立つんですよね。

    なので、そういうふうに自分を責めそうになった時、私は「頭のいい人」たちのことを思い出すようにしています。

    世間から「できる人」とか「天才」とか呼ばれている人たちにも、当然できないことはあります。
    ただ、その人たちの著書や動画を見ていると、私とは「できないこと」との付き合い方がずいぶん違うんです。

    私の好きな落合陽一さんも、片付けが苦手だという話をされています。

    本をどこに置いたのかわからなくなってしまうので、同じ本を紙で何冊も買っていたり、電子版でも持っていたりすることがあるのだとか。

    私だったら、たぶんそこで二重に本を買ってしまった損失や、そんな損失を出してしまうほど片付けができない自分に落ち込んでしまいます。
    そして、収納術を調べたり、整理整頓の方法を勉強したりして、「ちゃんと片付けられる人」になろうとするんです。

    でも、落合さんの話を聞いていると、その「できなさ」にあまり立ち止まっていないように見えるんです。
    本が見つからないならもう一冊買えばいい。
    紙で管理できないなら電子でも持っておけばいい。

    もちろん、それが誰にとっても良い方法だという話ではありません。
    面白いのは、「片付けができない」という欠点そのものを克服することに、労力を使っていないところです。

    できないことは、できない。
    でも、それによって困るのであれば、別の方法で困らないようにすればいい。
    そういう発想なんですよね。

    こういう考え方を、ものすごくわかりやすく表しているのがホリエモンさんだと思います。

    「そんなもん、他人にやらせりゃいいじゃん」

    表情と声まで脳内再生された方も多いのではないでしょうか(笑)。

    頭のいい人たちを見ていると、「できないことを、できるようにする」という発想自体にあまり重心を置いていない気がします。

    おそらく、自分の時間や集中力が有限であることを、かなりシビアに見ているからでしょう。

    だから、その限られたリソースを「できないことを、できるようにする」ために無条件で使わない。

    むしろ、できなくても困らない方法を考える。
    そちらに頭を使っているんですよね。

    考えてみれば、その方が合理的です。
    苦手なことを人並みにするには、ものすごく時間がかかります。
    しかも、かなり努力してようやく人並みです。

    だったら同じ時間を、自分が得意なことへ使った方がいい。

    片付けが苦手なら、片付けなくても困らない仕組みにする。
    事務作業が苦手なら、人に頼む。
    複数のことを同時に回すのが苦手なら、同時に回さなくても済むようにする。

    これは「苦手なことから逃げている」のではなく、「自分という限られた資源を適切に配分する」ということなのかもしれません。

    一見なんでもできるように見える人ほど、実は「何をやらないか」を決めるのが上手い。

    自分には何ができて、何ができないのか。
    どこに時間を使えば成果が出て、どこへ使うと消耗するのか。

    そのあたりを正確に把握したうえで、自分の持っているものを一番効果の出るところへ集中させている。

    だから、しなやかなんですよね。

    私は「できない自分」を見つけるたびにそこを修理しなければならないと思っていました。
    でも、本当に必要なのは修理ではなく、その弱点を前提に、自分の使い方を組み直すことなのかもしれません。

    大切なのは、
    「できないこと」を問題にすることではなく、
    「できないこと」をどう扱うかを考えること。

    今の私は、noteと創作を同じ熱量で同時に回すことができません。
    だったら今は、それでいい。

    「全部ちゃんとできる人」にはなれなくても、「できない自分でも回る方法」を考えることはできます。
    天才たちのようにはなれなくても、そのしなやかさくらいは真似してみたい。

    しばらくはそんな感じで、できる範囲で気楽にnoteを続けていこうと思います。

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    創作純喫茶ミケの看板娘“みっちゃん”の10月カレンダーをつくってみました。
    気に入っていただけたら嬉しいです🐱

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    書籍化作家で、マーケター歴20年。 なのに中身はだいぶ繊細気質。 創作の裏側や、読まれる仕組み、時々ちょっと人生の話。 うまく言えない感情を、言葉にしていく場所です。

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