
ヌルクを使うからマッコリ? 米麹を使ったら日本酒? ― 「マッコリらしさ」は、いったいどこにあるのか
マッコリを扱い始めた頃、私の中ではマッコリとは何か?という整理がありました。韓国の酒はヌルク。日本酒は米麹。
マッコリについて説明するときも、「日本酒は米麹を使い、韓国の伝統的なマッコリではヌルクを使います」と話すことがありました。
入口としては分かりやすいし、実際にヌルクは韓国伝統酒を理解するうえで非常に重要な存在です。でも、いろいろな醸造所の商品を扱うようになると、この説明だけでは足りなくなってきました。
米麹を使って造られているマッコリがある…。
しかも、それを飲んでも「日本酒になった」とは思わない。では、ヌルクを使うからマッコリなのでしょうか。米麹を使ったら日本酒なのでしょうか。この境界がわかrなくなりました。

そもそも、ヌルクと米麹は何をしているのか?
米から酒を造るとき、最初に必要なのは「糖を作ること」です。
米の主成分であるでんぷんを、酵母はそのままアルコールに変えることができません。まず酵素によってでんぷんを糖へ分解し、その糖を酵母が利用してアルコールを作ります。
かなり簡単に書けば、
米のでんぷん → 酵素 → 糖 → 酵母 → アルコール
という流れです。
ヌルクも米麹も、この「でんぷんを糖へ変える」という糖化に深く関係しています。
ただし、中身は同じではありません。
伝統的なヌルクでは、カビ、酵母、乳酸菌などさまざまな微生物が共存することがあります。一方、米麹は蒸した米に麹菌を繁殖させ、麹菌が作る酵素を利用して糖化させます。
どちらも酒造りのスタート地点にいる。
でも、微生物の構成や発酵の環境が違う。
この違いが、香りや酸、甘味、発酵の進み方にも影響します。
では、ヌルクを使えばマッコリなのか
ここが最初の疑問です。
ヌルクはマッコリにとって非常に重要です。
でも、「ヌルクを使った酒は全部マッコリ」というわけではありません。
韓国伝統酒には、ヌルクを使って造られる透明な酒もあります。発酵後にどう仕上げるかによって、濁った酒にも、澄んだ酒にもなります。
ヌルクは「韓国伝統酒を造る重要な発酵スターター」ではありますが、それだけで完成した酒の種類まで決まるわけではありません。
マッコリを勉強し始めた頃は、「ヌルク」という言葉を覚えただけで少し詳しくなった気がしていました。
でも今思うと、ヌルクは答えではなく、入口でした。
では、米麹を使ったら日本酒なのか?
逆も同じです。米麹を使ったからといって、その酒が自動的に日本酒になるわけではありません。
米麹は「米のでんぷんを糖へ変える方法」のひとつです。その米麹を使って、どう仕込み、どんな酵母で発酵させ、どのように仕上げるか。
そこまで含めて初めて、その酒の個性が決まります。
ここを考えるきっかけになった酒のひとつが、美酒館で扱っているドゥルミ醸造所の「古い歌」です。


米麹で造られる「古い歌」
「古い歌」は、米麹を使って造られているマッコリです。さらに面白いのが、梅の花を加えて熟成させていること。アルコール度数は10%。
初めて製法を知ったとき、かなり面白いと思いました。マッコリなのに米麹を使う。さらに梅の実ではなく、梅の花を使って熟成させる。
「韓国のマッコリはヌルクで造るもの」というイメージだけで見ていると、かなり外側にある酒です。注意してみてみるとナルマッコリやイードンマッコリ、他にも米麹で作っているマッコリが多かったです。
でも飲んでみると、やはり私はこれを日本酒とは感じません。
私の感覚では、どぶろくっぽくなるはずだと思っていました。
米麹を使っているという一点だけで、日本酒になるわけではないことを、実際の酒を飲むとよくわかりました。
むしろ「古い歌」を飲むと、マッコリという酒の幅の広さを感じます。

米麹と水だけでも、酒は造れるのか
ここでもう一つ、最初は少し不思議だったことがあります。
米麹を主体にした酒を見ると、「普通の米を別に入れなくてもいいの?」と思います。
でも考えてみれば、米麹も元は米です。米麹は、米に麹菌を繁殖させたもの。つまり、米麹そのものに「でんぷんを持つ米」と「そのでんぷんを糖へ変える酵素」の両方が存在しています。
そのため、米麹を多く使うことで、米麹自身が原料米としての役割と糖化の役割を同時に担うことができます。ただし、糖ができただけでは酒にはなりません。糖をアルコールに変えるのは酵母です。
米麹 → でんぷんを糖にする
酵母 → 糖をアルコールにする
この役割は別です。
こういうところまで考え始めると、原材料表示を見ながら「この酒の酵母はどこから来ているんだろう?」と気になってきます。
結局また、醸造家に聞きたいことが増えます。
ヌルクなら複雑、米麹ならきれい?
伝統的なヌルクを使った酒には、穀物の香り、乳酸由来の酸、少し土っぽさを感じるような複雑な発酵香が出るものがあります。
一方、米麹を使った酒には、比較的きれいな甘味や整った香りを感じるものがあります。でも、「ヌルク=複雑」「米麹=きれい」と決めてしまうと、また例外が出てきます。
ヌルクにもいろいろあります。小麦ヌルク、米ヌルク、現代的に管理されたヌルク。使う酵母も違えば、温度も、発酵期間も違います。
米麹を使っていても、乳酸菌をどう扱うか、酵母を何にするか、どれくらい熟成させるかでかなり複雑な酒になります。
古い歌がまさにそうです。米麹だから単純、という酒ではありません。梅の花を加え、熟成という時間も使って酒を作っている。「何を使ったか」だけではなく、「どう使ったか」まで見ないと分からない。最近はそう思っています。
では、「マッコリらしさ」は何なのか?
ここまで来ると、最初の疑問に戻ってきます。マッコリらしさとは何なのでしょうか?ヌルクを使うことなのか。白く濁っていることなのか。米を発酵させていることなのか。少し酸味があることなのか。韓国で造られていることなのか。たぶん、どれか一つではありません。
日本酒にも濁った酒がありますし、韓国にも透明な伝統酒があります。米麹を使ったマッコリもあります。日本で造られているマッコリもあります。そうなると、「材料ひとつ」でマッコリを定義することはかなり難しくなります。

日本酒っぽいマッコリもある
そして、もう一つ、この境界を考えるときにどうしても思い浮かぶ酒があります。
OLKEです。
OLKEを初めて飲んだとき、日本酒のようにも感じるし、ナチュラルワインのようにも感じる。でも、日本酒でもワインでもない。
やっぱりマッコリなんです。

OLKEは今回あまり深く書きません。なぜなら、これは原料や製法だけではなく、造り手であるカン・ソングさんが「どんな酒を造りたいのか」という考え方まで含めて書いた方が面白いからです。マッコリの概念そのものを少しずらしてくる酒だと思っています。これは、改めて一本の記事にしたいです。
最近は「何酒なのか」より、「どう造ったのか」が気になる
マッコリを扱い始めた頃は、酒をきれいに分類できると理解した気になれました。これはマッコリ。これは薬酒。これは日本酒。
でも、扱う酒が増えるほど、境界にいる酒が出てきます。
米麹を使った「古い歌」。三醸酒(サミャンジュ)なのにさらさらしたナルマッコリ。単醸酒(タニャンジュ)なのに強い酸を持つ名家銘酒。17%もあるBON。そして、日本酒やワインを思わせるOLKE。
振り返ると、私が気になるのはだいたい「思っていたマッコリと違う酒」です。「マッコリってこういうものだよね」と思った瞬間に、それを裏切る酒が出てくる。そして、また調べたくなる。
最近は「これは何酒ですか?」と聞くよりも、「これは、どうやって造ったんですか?」と聞く方が面白くなってきました。本当にわからないことだらけです。
そして次は「濁酒と薬酒」
今回、マッコリと日本酒の境界を考えているうちに、次に気になってきたのが「濾す」という工程です。
韓国伝統酒には、濁酒(タクチュ)と薬酒(ヤクチュ)があります。
同じように米を発酵させた酒なのに、白く濁った酒と、透明な酒に分かれる。では、マッコリを濾したら薬酒になるのでしょうか。
それとも、仕込みそのものが違うのでしょうか。
次は、「濁酒(タクチュ)と薬酒(ヤクチュ)は、何が違うのか?」を掘ってみたいと思います。ひとつ境界を調べると、その隣にまた別の境界が出てきます。
この研究ノート、たぶん思っていたより長く続きそう。
書いた人|美酒館 渡辺祐輔
韓国と日本のクラフトマッコリを輸入・販売しながら、醸造家に聞き、飲み比べ、実際に扱う中で「なぜこの味になるのか」を追いかけています。
最近は、答えが一つに決まらない酒の方が気になります。
分からない酒が出てくると、だいたい次に韓国へ行ったときの質問が一つ増えます。