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契約と信頼残高の関係

    最近、沖縄の現場でかなり面白いことがあった。

    今、僕は沖縄で働いている。

    もともとは友人に誘われて来た。  
    だから、その友人と一緒に働いている。

    契約も給料も、基本的には同じ。  
    立場としても、最初は同じようなものだったと思う。

    でも、3ヶ月くらい経つと、現場での扱われ方にかなり差が出てきた。

    これは別に不満とか愚痴ではない。

    僕はただ、現場で起きている構造を観察しているだけだ。

    ただ、その構造がかなり面白い。

    ある日、船の洗浄作業をしていた。

    船の毎日の洗浄は、現場ではかなり普通の仕事だ。  
    でも、船には水をかけてはいけない場所がある。

    特に電装周りは気をつけないといけない。

    その日、一緒に働いている人が電装に水をかけていた。

    僕はそれを見て、ブロワーで乾かしながら、その人に言った。

    「このまま作業を続けていいか、今すぐ社長に電話して確認して」

    すると社長は電話口で、

    「よく乾かせば大丈夫。それに、そこに俺(筆者)がいるんだろ?」

    というようなことを言ったらしい。

    そのあと、社長から僕に電話がかかってきた。

    僕が状況を説明すると、社長にこう言われた。

    「お前の失敗の責任は俺が取る。でも、お前が任せた仕事の責任はお前が取れよ」

    この言葉は、かなり面白かった。

    なぜなら、僕とその人は同じ給料で、同じ契約で、同じような立場で入っているはずだったからだ。

    僕は上司ではない。  
    教育係として入ったわけでもない。  
    正式に管理者として任命されたわけでもない。

    でも現場では、いつの間にか僕が仕事を振る側、確認する側、責任を見られる側になっていた。

    表面上は同じ立場でも、実態はもう同じではなくなっていた。

    そこが面白かった。

    さらに後日、別の作業でも似たようなことがあった。

    ある点検作業について、社長から「彼が点検したものを全部再確認してほしい」と言われた。

    その時に思った。

    それはもう、彼に点検を任せていることになっていない。

    彼が見る。  
    でも信用できないから、僕が全部再確認する。

    それなら、最終的に見ているのは僕だ。

    もし彼がやった作業を全部僕が再確認しなければいけないなら、最初から僕が一人でやった方が早い。

    この時、僕は社長にかなりはっきり言った。

    「信用がなくて任せられなくて、全部僕に仕事が降ってくるなら、給料を変えるか、問題の本人の意識を変えるか、どうにかしてください」

    これは怒って言ったわけではない。

    構造としておかしいと思ったから言った。

    同じ給料。  
    同じ立場。  
    同じ契約。

    でも、片方には任せられない仕事があり、その分の仕事がもう片方に流れてくる。

    さらに、任せられない人がやった作業を、信頼されている人が再確認する。

    これは、ただの作業分担ではない。

    信頼残高によって、責任が再配置されている。

    仕事では、肩書きや給料だけで立場が決まるわけではないのだと思う。

    もちろん、契約上の立場はある。  
    給料もある。  
    役職もある。

    でも現場では、もっと生々しいものが動いている。

    この人は任せられる。  
    この人は任せると危ない。  
    この人は確認が必要。  
    この人には判断を預けられる。  
    この人にはまだ預けられない。

    そういう毎日の積み重ねが、信頼残高になる。

    そして、信頼残高が高い人には、自然と責任が集まる。

    それは良いことでもある。

    責任ある仕事を任されるということは、それだけ成長機会があるということだ。

    判断が必要な仕事。  
    危険や信用に関わる仕事。  
    社長と直接やり取りする仕事。  
    現場全体を見ながら動く仕事。

    そういう仕事は、ただ言われたことをこなすより明らかに学びが大きい。

    僕は今、別にお金のためだけに働いているわけではない。

    だから、責任ある仕事が来ること自体は悪いことではない。

    むしろ面白い。

    自分がどこまで判断できるのか。  
    どこまで先回りできるのか。  
    どこから先は社長に確認すべきなのか。  
    現場の信用がどう作られていくのか。

    そういうものが見える。

    ただし、責任ある仕事が来るなら、その分だけ責任の軽い仕事は他の人に回してほしいとも思う。

    僕に責任ある仕事が来る。  
    再確認も来る。  
    判断も来る。  
    社長との情報共有も来る。  
    そのうえで、単純作業や雑務まで全部残る。

    それなら、ただの能力税になる。

    本来はこうだと思う。

    信頼を積んだ人間には、判断や責任が必要な仕事が来る。  
    信頼をまだ積めていない人間には、判断の少ない仕事や責任の軽い仕事を正確にやってもらう。

    それが分業だと思う。

    でも、責任能力が低い人が、単純作業すら雑に流す場合、現場はさらに難しくなる。

    レジャーの現場は、命にも信用にも関わる。  
    高い機材もある。  
    船も車もトレーラーも人の身体も絡む。

    だから、単純に見える作業でも、実はかなり重い。

    点検。  
    洗浄。  
    片付け。  
    準備。  
    確認。

    一つ一つは地味でも、抜けると事故につながる。

    だから、信用できない人に任せるなら、結局誰かが見る必要がある。

    そして、その誰かはだいたい、信用を積んでいる人間になる。

    社長にも言われた。

    「お前がいてよかったんじゃないか。もしお前がいなかったら、毎日あいつを怒鳴りつけていたと思う」

    これもかなり面白かった。

    僕がいることで、社長は直接怒鳴り続けずに済む。  
    「お前たちで情報共有しておけ」と言える。  
    僕が緩衝材になる。

    これは信頼でもある。

    でも同時に、僕に管理コストが流れているということでもある。

    さらに社長は、実は彼に任せられない仕事を僕に振っていたとも言った。

    僕はそれを聞いて、やっぱりそうだったのかと思った。

    自分の感覚は間違っていなかった。

    同じ給料。  
    同じ契約。  
    同じ立場。

    でも、現場での信頼残高はすでに違っていた。

    そして信頼残高が違うと、任される仕事も、責任の乗り方も、社長との距離も変わる。

    仕事は、単に作業をこなすだけではないのだと思う。

    信頼を積む人間と、信頼を消費する人間がいる。

    信頼を積む人間は、最初は損をするように見える。  
    仕事が増える。  
    確認が増える。  
    責任が寄ってくる。

    でも、その分だけ見える景色も変わる。

    社長が何を見ているのか。  
    現場で何が危ないのか。  
    どこまで自分が判断できるのか。  
    人に任せるとはどういうことなのか。

    そういうものを学べる。

    一方で、信頼を消費する人間は、短期的には楽に見えるかもしれない。

    責任ある仕事を任されない。  
    難しい判断から外される。  
    誰かに確認してもらえる。

    でも、それは自由ではない。

    任せられる範囲が狭くなっているだけだ。

    僕は今回、かなり面白い現場を見ていると思う。

    同じ給料でも、信頼残高が違えば責任の乗り方は変わる。

    肩書きが同じでも、実態は同じではない。

    そして、信頼を積む人間には、信頼を失った人間の分まで仕事が流れてくる。

    それは成長でもある。  
    でも同時に、能力税でもある。

    だから必要なのは、ただ頑張ることではなく、責任の境界線を見ることなのだと思う。

    自分が受けるべき責任。  
    受けることで成長する責任。  
    でも、他人の信用不足まで吸い込んでしまう責任。

    そこを分けて考えないといけない。

    今回の件で、かなりよく分かった。

    仕事では、信頼は毎日積まれる。  
    そして毎日、消費もされる。

    その差は、3ヶ月もあればかなりはっきり出る。

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    気になったことを考えたり、調べたり、作ってみたりするのが好きです。 なんでもない出来事に引っかかって、余計なことまで考えがち。 ここには、そのとき思ったことを好き勝手に書いています。 たまに毒もはきやす。

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