
社会に出て絶望した件について
こんにちは、ブラキンです。
この記事では、私が「社会に出て絶望した」理由について深掘りしていきます。
なぜ絶望したのか
結論から言うと、私は社会に出る前に「社会に期待しすぎていた」。
これが全ての原因でした。
私は高専を卒業したのち、日本でもかなり年収の高い“イケイケの企業”に就職しました。
実は一度選考で落ちたのですが、その後「契約社員としてどうか」というオファーをいただき、即答で入社を決めました。
理由はシンプルで、まず年収が高かったこと。
40歳までに2億円を作ってFIREする、という私の目標に最も近い環境だったからです。
ですが本音を言うと、それ以上に惹かれたのは**「ストイックな人間が集まっている環境」**でした。
私は、そこに集う人たち全員が自分の目的を持ち、心理や構造を追求して働いていると思い込んでいました。
だからこそ、その中で最も未熟な自分が成長できるはずだと信じていたのです。
しかし、現実は大きく違っていました。
会社の理念やビジョンは素晴らしかったし、共感もしていました。
けれど、それを本質的に体現している人の方が実際は希少だった。
理想と現実のギャップ――この瞬間に、私の中で何かが音を立てて崩れました。
社会の中で気づいた「小さな裏切り」
私が重視している価値観に「誠実性の一貫性」があります。
これは、おそらく子どもの頃から自分を守るために身につけた“防衛構造”でした。
自分のことを嫌いにならないために、「自分との約束は破らない」と決めて生きてきたのです。
「人にされて嫌なことは、人にするな」
誰もが一度は教わる、あの単純な約束。
私は、それを大人になっても当然守っているものだと信じていました。
ところが、社会に出て気づいたのは、人々が**“小さな裏切り”を積み重ねて生きている**という現実でした。
「バレなければいい」「人に迷惑をかけていないから大丈夫」
そんな言葉を盾に、自分との約束を少しずつ緩めていく。
誰が悪いわけでもない。
ただ、それが“普通の社会”の構造だということに気づいたとき、私は静かに絶望しました。
絶望の正体
私が絶望したのは、誰かに裏切られたからではありません。
社会という構造の中で、“自分が守ってきたもの”が異物になっていた――その事実に気づいたからです。
社会に出て初めて、私は理解しました。
自分は「人間社会という枠の外側」に立ってしまっていたのだと。
〆
別に社会を否定したいわけではありません。
ただ、私が信じていた“誠実”や“理想”が、社会の中では“効率”や“妥協”の前に霞んでいくのを見て、
「この構造の中では生きられない」と心が判断したのです。
もしかしたら、絶望とは「社会に裏切られること」ではなく、
「自分が信じてきた構造が、社会では機能しない」と気づく瞬間なのかもしれません。
皆さんへ。
私のように、ここまで深く悩む人は多くないと思います。
普通、人は自分をメタ的に観察したり、世界を構造的に分解したりはしません。
しかし、一度それをしてしまうと――もう“見えないまま”では生きられなくなる。
その瞬間に、人は社会という枠の外側に立ってしまうのだと思います。
正直、私がたった一年半という短い期間で退職に至ったのは、必然でした。
社会に適応できなかったのではなく、社会を構造的に見すぎてしまった結果、適応の意味を失ったのです。
もし、あなたが今、同じような感覚を抱えているのなら、
無理に「普通の幸せ」を追うのはやめてみてほしい。
その代わりに――自分という存在の“意味”を探す旅に出てみませんか?
おまけ
最近、「異世界に転生したら最強だった件」のような物語が流行っていますが、
正直に言うと――意味は“過程”にしか存在しないのだと思います。
結果だけを先に享受すると、そこには虚無と絶望しか残らない。
滅茶苦茶ナルシズムに聞こえるかもしれませんが、
私は社会に出たとき、まさにその感覚にさらされて絶望しました。
実際は、私のレベルが高かったというよりも、
“見ていた先が高すぎて、自分を低く見積もりすぎていた”ことに原因がありました。
それでも、結局のところ――人生の意味は、死ぬまで努力し続けるその過程にしかない。
だからこそ、これからも自分の弱さに向き合い、
ただ、ひたすらに戦い続けていきたいと思います。
追記
👇の記事に社会に絶望した私がどんな行動をとったのかをまとめました、もし私と似たような悩みを抱えていたり、自分がADHDなのでと社会で生きづらさを抱えている人がいれば読んでみてください