
盛り上げる接客より、信頼を積む接客が向いている
最近、社長と接客の話をした。
そこで、僕はたぶん接客も向いていると言われた。
少し意外な気もした。
というのも、初期の評価では、一緒に沖縄に来た友人が接客担当で、僕が操縦やメンテナンス担当という配分を考えているという話だったからだ。
友人の方は元気で明るく、ノリに合わせて話すのが得意だ。
カナダで接客業をしていた経験もあり、英語での接客にも慣れている。
初期のスキル配置から考えれば、当然だろうと思っていた。
僕自身も、接客スキルより、操縦やメンテナンスのような再現性の高い技術的なスキルの方に魅力を感じる。
だから、その役割分担にはむしろ納得していた。
そして僕は、自分のことを、いわゆる接客向きの明るい人間だとはあまり思っていない。
テンションで場を盛り上げるタイプではない。
初対面の人と一気に距離を詰めるタイプでもない。
わーきゃー盛り上がっている場に、自分も同じ温度で混ざるのは得意ではない。
むしろ、一度場を冷静にさせてしまうことがあると思う。
それこそ、友人の英語での接客を見ていても、少しフランクすぎて失礼じゃないのかと思うことがあった。
友人はもともと夜の接客も経験している。
その話し方をそのまま持ち込んでいるように見える時があり、日本人相手の接客でも、それは少し距離が近すぎるのではないかと考えることがあった。
もちろん、それが刺さる相手もいる。
フランクさやノリの良さが、場を軽くすることもある。
ただ、全部の客にそれが合うわけではない。
そこで、よく考えると、接客にも種類があるのだと思った。
盛り上げる接客と、信頼を積む接客は違う。
今の現場のお客さんは、ファミリー、デート、女子旅行、社員旅行、友達旅行みたいな人たちが多い。
都会から来て、沖縄の海や船を楽しみに来ている人たちだ。
そういう人たちにとって必要なのは、ただテンションの高いスタッフではないと思う。
もちろん、楽しい雰囲気は大事だ。
でも、それ以上に大事なのは安心感だと思う。
この人に任せて大丈夫そう。
ちゃんと説明してくれる。
危ないことは危ないと言ってくれる。
分からないことを聞ける。
この会社は信用できる。
そう思ってもらえること。
レジャーは、ただ楽しければいいわけではない。
海がある。
船がある。
機材がある。
子どももいる。
初めて乗る人もいる。
天候や波もある。
つまり、安全と信用がかなり大事になる。
だから、スタッフ側が全員でわーきゃーしているだけでは危ない。
客が浮かれているからこそ、スタッフ側には少し冷静な人間が必要になる。
僕の接客は、たぶんそっちだ。
落ち着いて、丁寧に説明する。
危険なところはちゃんと伝える。
必要なことを順番に話す。
相手の不安を減らす。
場の温度を見ながら、必要ならいくらでも話す。
僕はもともと、頭の中でいろいろ考えているタイプだ。
処理速度も、たぶん遅くない。
喋るべき時はいくらでも喋れる。
ただ、無意味に場を盛り上げるより、まず相手に安心してもらう方に意識が向く。
だから、若い人たちがとにかくノリで楽しみたい場面では、友人のタイプの方が強いかもしれない。
わーきゃー騒ぎたい若者グループ。
スタッフとの距離感そのものを楽しみたい人たち。
その場のノリを重視する団体。
そういう相手には、もっとフランクで、明るくて、場を軽くできる人の方が合う場面もあると思う。
僕もできないわけではない。
でも、たぶん少し冷静にさせてしまう。
ただ、今の客層や、海のレジャーという性質を考えると、僕の接客はかなり合うのかもしれない。
楽しませる前に、まず安心させる。
この順番がある。
海のレジャーでは、客は非日常の中にいる。
普段乗らない船に乗る。
普段触れない海に出る。
普段よりテンションも上がる。
写真も撮りたい。
はしゃぎたい。
少し無茶もしたくなる。
だからこそ、スタッフ側まで同じように浮かれてはいけない。
客が安心して楽しむためには、誰かが冷静に場を見ている必要がある。
どこが危ないか。
何を先に説明すべきか。
誰が少し不安そうか。
誰が話を聞いていないか。
どこまで冗談にしてよくて、どこからは真面目に止めるべきか。
そういうものを見る接客もある。
接客というと、どうしても明るさや愛想の良さが評価されがちだ。
でも、接客の価値はそれだけではないと思う。
相手を安心させること。
相手に判断材料を渡すこと。
相手の不安を先回りして減らすこと。
危険なことを、ちゃんと危険だと言えること。
その場の空気に流されず、必要な説明をできること。
これも接客だ。
むしろ、海や船のように危険が近くにある場所では、かなり重要な接客だと思う。
僕はたぶん、盛り上げる接客の人間ではない。
でも、信頼を積む接客ならできる。
相手を勢いで楽しませるというより、相手が安心して楽しめる状態を作る。
僕が現場で評価されるとしたら、たぶんそこだ。
明るく場を回す人には、その人の強さがある。
ノリで距離を縮める人には、その人の強さがある。
若者グループを一気に盛り上げられる人には、その人の価値がある。
でも、それとは別に、落ち着いて場を見て、必要なことを伝えて、相手に安心感を渡す人間も必要だ。
今まで僕は、接客向きという言葉を少し雑に捉えていたのかもしれない。
接客向きとは、ただ明るい人間のことではない。
誰と、どんな場所で、何を提供するのかによって、向いている接客は変わる。
海の現場なら、ただ盛り上げるだけでは足りない。
楽しませる前に、安心させる。
安心させた上で、楽しんでもらう。
僕の接客は、たぶんそこにある。
盛り上げる接客より、信頼を積む接客。
僕は、自分が思っていたよりも、条件によっては接客が向いている環境もあるのかもしれない。
そして、ここから少し話は広がる。
僕はいわゆる営業という職種が、あまり好きではない。
ここだけ聞くと、かなり雑なことを言っているように見えるかもしれない。
営業職の人をまとめて否定したいわけではない。
正確に言うと、僕が好きではないのは、相手が意思決定する隙を与えずに押し売ったり、心理的にコントロールして売る営業だ。
本来、ビジネスとは価値交換であるべきだと思う。
相手が抱えている問題がある。
こちらが提供できる価値がある。
その価値に対して、金銭を払う。
ただそれだけの話だ。
それなのに、相手に考えさせない。
言葉で気持ちよくさせる。
焦らせる。
不安にさせる。
その場の空気で判断させる。
オーバースペックなものを買わせる。
逆にスペックが足りないものを売る。
そもそも必要のないものを、必要だと思わせて買わせる。
そういう行為が、僕はかなり嫌いだ。
売上としては成立するのかもしれない。
でも、それは価値交換というより、判断能力への攻撃に近いと思っている。
ただ、逆に問題もある。
信頼ベースでビジネスをするにしても、お客さんになり得る人の目に入る必要はある。
そもそも目に入らなければ、評価の対象にすらならない。
どれだけ良いものを作っても、誰の目にも入らなければ存在していないのと同じだ。
だから、営業そのものが悪いわけではない。
必要なのは、押し売ることではなく、困っている人の近くにちゃんと価値を置くことだと思う。
人が困っていることを拾う。
その問題に対して、自分が何を提供できるのかを整理する。
相手が判断できるように、情報を置く。
できることとできないことを明確にする。
必要なら試せるようにする。
最終的な判断は相手に任せる。
このくらいの営業は必要なのだろう。
というより、それは営業というより、接客に近い。
相手を煽って動かすのではなく、相手が安心して判断できる状態を作る。
考えてみれば、海の接客も同じだ。
客は楽しみに来ている。
でも、不安もある。
分からないこともある。
危険もある。
こちらが何を説明し、どこまで任せられる状態を作るかで、相手の体験は変わる。
事業も同じなのだと思う。
相手は何かに困っている。
でも、何を選べばいいか分からない。
本当に必要なのかも分からない。
騙されたくもない。
損もしたくない。
そこで必要なのは、勢いで買わせることではない。
相手が安心して判断できる状態を作ることだ。
信頼を積む接客。
信頼を積む営業。
僕がやりたいのは、たぶんこっちだ。
無理に煽らない。
大げさに言わない。
必要ない人には売らない。
困っている人の近くに立つ。
役に立つ情報を置く。
必要なら試してもらう。
合わないなら買わなくていい。
この売り方なら、自分の倫理観にも合う。
もちろん、綺麗事だけではビジネスにならない。
目に入る必要はある。
興味を持ってもらう必要はある。
価値を伝える必要はある。
買う理由を作る必要もある。
でも、そこに嘘や過剰な演出を乗せたくはない。
信用できない売り方で得た売上は、自由の資本ではなく、信用の前借りだと思う。
あとで必ずどこかに歪みが出る。
だから、接客でも、営業でも、僕はたぶん同じことをしたい。
相手を盛り上げて勢いで動かすのではなく、相手が安心して判断できる状態を作る。
そして、その上で価値を届ける。
僕の接客は、信頼を積む接客なのだと思う。
そして、僕が仕事や事業で戦うとしたら、そこでも同じなのだと思う。
静かで、正確で、誇張しない。
でも、ちゃんと相手の不安を減らし、判断材料を渡す。
盛り上げる接客より、信頼を積む接客。
僕が現場で評価されるとしたら、たぶんそこだ。
そして、僕がこれから何かを売るとしても、たぶんそこからは逃げない方がいい。