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「書くことがない日」は、何を書こう?

    こんにちは! 心がふわっと軽くなる「心のお守り」をお届けする歌詠み、つくだとしおです。

    33日ライランシーズン4も、一週間目を越えました(ですよね?)。初参加したシーズン2に比べると、なんだか楽な気がします。といっても書くのが楽になったわけではなく、書けない日はほんとに書けません。100日、200日と更新している方を目にするたびただただすごいなと思います。

    それで、今日は「書けない」ということについて書いていきたいと思います。編集者と書く仕事をかれこれ30年ほどやっていますが、スラスラ書けるという感触を抱いたことがありません。

    正確に言うと、書いてるときはそれなりに進んでいるんですよ。でも、ちょっと書くことにつまったりすると、とたんに私の中の編集者が出てきて、もともとテーマがあってなかったんじゃないか、準備はしたの?

    などとぐちぐちと心をえぐってくるのですね。で、この「編集者」というのは、どんな方のこころにもいます。書くときに一番大切なのは、こころの編集者の声に耳を貸さずに、まず書けるところまで書いてしまうこと。

    悩みながらあっちこっちで留まる文章に比べると、一気に書いた文章には勢いがあります。読者さんに読んでいただくためには、この勢いが大切だと思うんですよね。

    そしてピリオドまできたら、はじめて自分の中に編集者を呼ぶんですね。「文章がなってない!」「一文のなかには一つの意味しか入れない。まえに、言ったよね?」などと編集者は言いながら、あなたの書いた文章に赤字を入れていくでしょう。

    すると、調子に乗った勢いはそのままに、読者さんが気持ちよく読むために余計なところが見えてきます。書き手視点で「おいしくなりますように」と下ごしらえとしての文章を思うがままに書き、それを編集者視点で読んでいって、文章の贅肉や混乱、舌にさわるえぐみを取っていく。

    編集することは料理に似ています。おいしい素材をおいしいままに切り出して、おいしいところだけ読者さんにお出しする。これで原稿のできあがり。

    文章が書けなくてこの記事を読んだのに、どうして文章の書き方しかかいていないの? おっしゃる通りですね。「書けない」という時には、その書けないことをテーマにして書いてしまうのです。

    書けないことさえ書く素材にしてしまうのが物書きのサガです。

    書き手にとって人生のすべてはネタです。そしてそのネタをどうおいしく扱うかで味は決まってきます。どうして書けないんだろうかと、項目を列記してみたり、自分が書けた時ってどう書いてたっけ? と思い出してみる。

    そして入り口を見つけたら、素材がおいしくなりますようにと一気呵成に書いておいしく膨らませていく。もしよかったら、ためしてみてくださいね。

    あなたなりの「書けない状態突破法」があれば、ぜひコメント欄に書いてください。

    ということで、最後まで読んでくださりありがとうございました!

    もし、よかったら明日も読みに来てくださいね。

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    第69回「短歌研究新人賞」予選通過。 こころの深海にもぐっては、あかりになる「言葉の毛布」を届けています。 編集者・歌人。猫と生きながら、短歌・古典・読書の力で、こころに安全基地を。 ※Amazonのアソシエイトとして、つくだとしおは適格販売により収入を得ています。

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