
2分で読めるショートショート『彼岸花の蜜』|花語り②
あなた
夜の帳が下りる刻(とき)
またここで、お会いできましたね
ああ、今夜も――
幽(かす)かに揺れるランプの香ばしい油の匂いと
あなたの気高くかぐわしい血の香りが
冷えた夜気を孕(はら)んで
わたくしを捉えて放さない
喉が焼き付くように熱い
庭一面に咲き誇る彼岸花の
あの妖しい毒蜜で、幾晩ごまかそうとも
わたくしの内に潜む乾きは
日を追うごとに耐えがたく膨らんでゆくのです
もう時間がありません
彼岸花の燃える朱(あか)が、黒く枯れ落ちてしまう前に
古い洋館の書斎
硝子窓の外は、しんと蒼い静寂に沈み
あなたは
机に伏して、まどろんでいる
影に浮かび上がるのは、その白く細い首筋…
闇の衣を纏い、そっと近づきます
見つかってはいけない
少し
息を殺して、ほんの少しだけ
唇を寄せ、その温かな首筋にそっと牙を立てました
「……っ」
鮮烈な一滴が、痺れるように全身へ広がって
甘い
あまりにも甘美な、脳の奥まで揺さぶられる幸福感
吸血鬼の本能が歓喜に狂い
あなたの命をすべて飲み干せと叫ぶ
――だめ
己の濁った欲望と
浅ましく、浅ましく生き永らえるこの命
胸が、千切れるほどに締め付けられる
ごめんなさい
あなたの白い首筋に残った
赤く滲む噛み跡は
まるで取り返しのつかない罪のよう
もうここにはいられない
一度覚えてしまったあなたの血の味が
きっと、明日からの夜ごと、この身を焦がし続けるでしょう
そのとき
あなたはふと、長い睫毛を揺らしました
透き通った
どこまでも美しい瞳が、初めてわたくしの姿を捉えたその瞬間
パチン
あわてて身をよじり、あなたの手をすり抜ける
愛しいあなた
一度だけ
ほんの少しだけ
でもこれで、無事に卵を育てることができるわ
人間にはあまり知られていないけど――
血を吸うのは雌だけなの

和名は秋の「彼岸」の頃に花を咲かせることに由来する。その妖艶さや毒性があることから「死人花」「幽霊花」など、不吉な呼び名も数多く存在するが、別名「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)はサンスクリット語 manjusaka(マンジュサカ)に由来し、「天上に咲く花」「見る者の心を柔らげる花」という意味を持つ。
花言葉は「情熱」「独立」「あきらめ」「悲しい思い出」など

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