メインコンテンツへスキップ
見出し画像

2分で読めるショートショート「二人静の影」|花語り③

    甘いパンケーキの香りが漂うカフェで、高校二年生の美咲(みさき)は、大声で笑っていた。
     
    「うわ、絶対こっち!」
    「美咲センスいいから、そう言ってくれると安心するー!」
    「でしょ? 絶対似合うって!」
     
    友達の顔色をうかがい、タイミングを合わせて弾けたように笑ってみせる。
     
    それが美咲の日常だ。
     
    教室という狭い世界で、間違った振る舞いは一切許されない。
     
    スマホに並ぶLINEの通知。
    SNSのフォロー。
    返信の速さ。
    スタンプのニュアンス。
     
    少しでも外せば、一瞬でグループの隅に追いやられる。
     
    だから美咲は、いつも空気を読んだ。
     
    大切なことから目をそらし、何も考えないようにした。
     
    ただ、「みんなに好かれる美咲」を演じ続けていた。
     

    「ねえねえ、この新作のリップ、発色めちゃくちゃ良くない?」
     
    ある放課後、お小遣いをやりくりして買った最新のリップを取り出した。
    いつもなら自分を中心に品評会が始まるはずだった。

    なのにその日、
    友達の視線は、美咲のリップを素通りして、
    テーブルの端に座る静(しずか)へと向けられていた。
     
    「……うん、可愛い。ねえそれより、静、何の本、読んでるの?」
     静は小さく微笑んだ。

    彼女はLINEの返信に追われることも、誰かの顔色を窺って無理に笑うこともしない。
     
    それなのに、ただそこにいるだけで、人の視線を集めていた。
     
    どうしてっ・・・。
     
    美咲が毎日必死で守ってきた場所を、静はいとも簡単に奪っていく。
     
    美咲は震えた。
     
    男子も女子も、いつの間にか静のことを気にしている。
     
    嫌われたわけではない。
    それでも「一番」から引きずり下ろされることだけには、どうしても耐えられなかった。
     
    そんな焦りの中で、美咲は思いついた。
     
    ――静みたいになればいい。
     
    おとなしくて目立たない、その方が受けがいいのかも。
     

    静の真似をすることは拍子抜けするほど簡単だった。
     
    髪を染めるのをやめ、ストレートにした。
    トレンドを追いかけた服は処分し、落ち着いた色を選んだ。

    話し方も、
    歩き方も、
    手の添え方も。
     
    少しずつ、自分の身体に静の形を写し取っていく。
    誰かに染まっていく心地よさ。
    それは甘くて、どこか恋に似ていた。
     
    「あれ、美咲、なんか雰囲気変わった?」
    「最近、静ちゃんに似てない?」
     
    その言葉を聞いた瞬間、美咲はゾクゾクするような歓喜を覚えた。
     
    私は満たされている。
    これでいい。
     

    けれど、ある日。
    唐突に、静が消えた。

    クラスのグループLINEからも。
    座席表からも。

    なぜか彼女の名前だけが綺麗に消え去っていた。
     
    「静?知らない。休んでるだけじゃない?」

    「転校したんじゃないの?」

    友だちに尋ねても、意外なほどあっさりした返事が返ってきた。
     
    みんなあんなに気にしていたのに。
     
    静は、まるで最初から存在しなかったように、だれの記憶からも消えていった。
     
    学校は、何事もなかったように続いている。
    教室では、誰もが楽しそうに笑っている。
     
    その中で、美咲は空っぽだった。

    帰り道。

    ふと、店のガラスに自分の姿が映った。
     
    そこにいた少女は、とても誰かににていた。

    だけど、それが誰だったのか。
     
    美咲にはもう思い出せなかった。



    画像
    二人静:センリョウ科チャラン属の多年草

    能楽の謡曲『二人静』で、源義経の愛妾である静御前とその亡霊が並んで舞う姿が、名前の由来とされる。
    「雑草の二人静は悲しけれ 一つ咲くより 花咲かぬより」与謝野晶子
    野にひそやかに、そして必ず2本の花を並べて咲く二人静の姿に、歌人、与謝野晶子は切なさを感じ取っていた。
    花言葉は「いつまでもいっしょに」「協調」など。


    画像
    また、お立ち寄りいただけるとうれしいです💗

    お時間のあるときに、こちらもぜひ👇☕


     
     

    こに

     
     
    ご訪問いただきありがとうございます。 何気ない日常のエッセイ、「もしも」のショートショート。 小学校の教員だったので、学校のエッセイも。 いろいろあります。お一つ、いかがですか。

    あなたへのおすすめ