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【創作】欲するがままに ー 仏の道

    (前回までのあらすじ)
    寺を出た七郎は、
    山中で行き倒れた老婆を救った。
    ところが、老婆を背負って村へ下りると、
    人さらいと間違えられ、村人たちに打ち据えられてしまう。
    誤解が解けた後、
    庄屋は七郎の人柄に心を打たれ、
    都の寺への紹介状をしたためた。
    七郎は再び、都を目指して歩き始めた。


    七郎は、とうとう都にたどり着いた。

    都は華やかだった。

    行き交う人の数は、
    これまで見たどの町よりも多い。

    着飾った者もいれば、
    粗末な衣をまとった者もいる。

    見上げるほど大きな建物もあった。

    突然、怒号が聞こえた。
    「盗人じゃ! 捕まえよ!」

    一人の男が人混みをかき分けて走り、
    その後を数人の男が追いかけていった。

    道端には、
    物乞いをする老人が座っている。

    そのすぐ横を、
    立派な衣を着た男が通り過ぎていった。

    七郎は思った。

    人が多く集まれば、
    華やかなものも、
    見苦しいものも現れる。
    当然のことであろう。


    しばらく都を歩いた後、
    七郎は庄屋から預かった紹介状を
    懐に確かめ、寺へ向かった。

    寺の門をたたくと、丁寧に中へ通された。

    やがて住職が現れた。

    七郎は深く頭を下げた。
    「下働きでも何でもいたします。
    どうか、仏の道を学ばせてください」

    住職はにこやかに笑った。
    「あの庄屋様から紹介されたお方を、
    下働きなどさせられぬわ。
    明日から勤めに参加するがよい」

    こうして七郎には寝る場所が与えられ、
    寺での生活が始まった。

    毎朝の勤めに参加し、経文の講義を受けた。

    ところが、講義で唱えられる経文は、
    七郎がすでに諳んじているものばかりだった。

    七郎は、それを周囲に
    気取られぬようにした。

    実は、七郎には一つ、
    人に知られたくないことがあった。

    文字があまり読めなかったのである。

    山寺で過ごした十年、
    経文は耳で聞き、
    繰り返し唱えることで覚えていた。

    経文を声に出して唱えることはできる。
    しかし、書かれた文字を一つひとつ読むことは難しい。

    七郎は幼い弟子たちに交じって文字を習った。

    しかし、恥ずかしいなどとは思っていられなかった。
    仏道を目指すにはどうしもて必要だったのだ。


    一年ほどが過ぎた。

    ある日、弟子たちに試験が行われた。
    経文を諳んじるというものであった。

    一人、また一人と途中で言葉に詰まった。

    しかし、七郎だけは、
    最初から最後まで、淀みなく唱え終えた。

    住職は感心した様子で尋ねた。
    「そなた、名を何と申したか」

    「七郎でございます」

    「そうか。七郎か」

    住職はしばらく考えた。

    「では、今日から七賢と名乗るがよい」

    「七賢、でございますか」

    「うむ。七の字を残し、賢の字を与えよう」

    こうして七郎は、七賢という僧名を授かり、正式に僧となった。


    家を出てから、
    すでに十五年の歳月が流れていた。

    七賢は、その後も熱心に学び続けた。

    経文を読み、
    講義を聞き、
    疑問があれば住職に尋ねた。

    しかし、三年ほどが過ぎた頃から、
    七賢の心に小さな違和感が生まれ始めた。

    講義を聞いていると、
    ふと、山で出会った老婆のことを思い出す。

    老婆を背負って山を下りたときのこと。
    村人に打ち据えられたこと。
    そして、庄屋の家で受けた温かなもてなし。

    経文の言葉を聞くたびに、
    そうした出来事が思い浮かんだ。

    経文を読んでも、
    実際の人間世界が見えないのだ。

    やがて七賢は、
    講義を聞く時間よりも、
    托鉢に出る時間を好むようになった。

    町には、さまざまな人がいた。

    病に苦しむ者、
    家族を失った者、
    明日の食べ物にも困る者。

    七賢は、そうした人々の話に耳を傾けた。

    時には辻に立ち、仏の教えを説いた。
    立ち止まる者も少なかったが、
    気にしなかった。

    それでも七賢は、
    求める者がいれば話をした。


    ある日、住職が七賢を呼んだ。

    「七賢よ。わしはしばらく寺を留守にする。
    その間、わしに代わって講義をしてくれぬか」

    「私が、でございますか」

    七賢は驚いた。

    「なぜ、私なのでございましょう」

    住職は答えた。

    「経文を覚えている者はおる。
    わしの講義を一言一句覚えている者もおる。
    しかし、それだけでは、人に教えを説くことはできぬ」

    住職は七賢を見つめた。

    「そなたは、経文の言葉を、
    己の経験に照らして理解しておる。
    だからじゃ」

    七賢は深く頭を下げた。

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    こうして、七賢は講義を任されることになった。

    七賢の講義は、ほかの僧たちのものとは少し違っていた。

    経文を唱えるだけではない。

    自分が見聞きしたこと、
    人々と接する中で感じたことを交えて語った。

    難しい言葉を並べることもなかった。

    その講義は、弟子たちの間で評判となった。

    やがて住職が戻ってからも、
    七賢はたびたび講義を任されるようになった。

    しかし、七賢の心の違和感は、
    ますます大きくなっていった。

    寺で学ぶことに不満があるわけではない。

    住職にも深く感謝していた。

    ただ、講義を終えるたびに思うのだった。

    今日も多くの者に教えを説いた。
    しかし、寺の外には、苦しんでいる人々がいる。

    あの人々のそばにいることこそ、自分のなすべきことではないのか。


    ある日、七賢は住職のもとを訪れた。
    「お願いがございます」

    「何じゃ」

    「寺を出るお許しをいただきとうございます」

    住職は驚いた。
    「寺を出て、どうするつもりじゃ」

    「辻に立ち、人々に仏の教えを説きとうございます」

    住職はしばらく黙っていた。
    「わしは、そなたにこの寺に残り、
    弟子たちを育ててもらいたいのじゃがのう」

    「ありがたきお言葉。身に余る光栄でございます」

    七賢は深く頭を下げた。

    「しかし、私にとっての仏道は、
    衆生の苦しみに寄り添うことでございます」

    住職は七賢を見つめた。

    その目には、迷いがなかった。

    やがて住職は、静かにうなずいた。

    「そうか」

    そして、少し考えてから言った。

    「都から少し離れた山に、住む者のなくなった寺がある」

    七賢は顔を上げた。

    「古い寺じゃ。荒れておるが、雨露はしのげよう。そなたが望むなら、そこを預けよう」

    「私に、でございますか」

    「うむ。
    そこで住職を務めながら、
    己の求める仏道を歩むがよい」

    七賢は、しばらく言葉が出なかった。

    やがて、深々と頭を下げた。

    「ありがたき幸せにございます」


    こうして七賢は、長年世話になった寺を後にした。

    都の外れを歩きながら、七賢は思った。

    十四の歳に家を出て、山寺で十年。
    都に来てからも、幾年もの月日が過ぎた。

    ようやく、自分の進むべき道が見えてきたように思えた。

    七賢は、山へ向かって歩き始めた。

    (つづく)

    この作品は全7話の第4話目です。
    お読みいただき、ありがとうございました。


    ▶過去の創作です。現実と夢の境界がわからなくなるかもしれません。

    ▶私の実感(経験ではない)を創作化しました。

    ▶このお話「欲するがままに」のマガジンです。


     
     
    心と身体の関係に興味があり、瞑想や身体感覚の探求を続けています。小学生から瞑想、ヘミシンク20年。太極拳・太極剣も実践中。工学系エンジニア、海外在住や転職、離婚再婚などいろいろ経験しながら、日々の気づきを綴っています。

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