
#787_子どもが大人を理解する道のり_メモ
子どもから見る大人は、温かくて、大きくて、理不尽で、たまに怖い。感謝、怒り、でも、かけがえのない、あるいは割り切れない複雑な想い。
それをいまに引いたまま、長らく思い込んで、苦しくなったら……かいがいしく世話を焼かれることが冒険心を削いで、自分をダメな人間と思えて、信頼されていない、心ない言葉、冗談に似せた嫌味、その裏に相手自身の不安や劣等感、嫉妬が隠れていることもある。
厳しい態度や強い言葉の本心は、頼ることが心根を弱らせ、自力で立ち上がることを阻む足かせにならないかと想う、不器用な愛情ということもあります。
ただ姿勢よく立ち、鍛錬する、高みを目指すことは、整い過ぎた、緻密な世界が養生となるのか、不要な毒なのか……人それぞれに、好む水が違います。
毅然とした堂々とした態度が必要なときに、萎縮は不信にさえなります。
相手を一人の人間として見つめると……どんな生い立ちで、何を抱えて、今の言行につながって、本当は何を叶えたかったのか。
相手という絶対的な存在を、一人のただの人間として観察すると、自身が経験を重ねるごとに、理不尽な感覚の代わりに理解が芽生え始める。
私たちはお互いに、お互いの人生を生きることはできない。試験を代わり、恋人や同僚とうまくやり、パートナーとの決めごとをし、その責任を果たす。思うようにやれないと、自分を責めたり、相手に強烈な感情を抱いたり、意識は外側に向くかもしれない。
相手を理解し始めると、あの人の、あの性格なら。あの弱さ、強さなら、このできごとをこう感じるはずで、それはその人ならば花丸だ……。
そう気づいたときに、自分を省みると、ここまで思う必要はあるか。気持ちを抱えるメリット、責任を持たないといけない理由、わたしでなければならない、決定的な根拠はあるだろうか。もっとすべきことがないか。夜明けのようにゆっくりと、でも確実に見え始める。
それが苦しみの救い、明日から一生を生きる、長い旅を共にする、自分と、これから出会う大切な人との関係でのよい薬になるのかもしれない。
<了, 約 900 字>
あとがき
今日はスマホ書き留めてあった下書き、単なるメモでした。エッセイのタネ、かな。
接続詞(?)など、語尾を明日整えようと思います。
それでは、おやすみなさい……🎹💤

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手探りで書き、勇気を出して公開した、小さな作品です。書き方を学んでいるさなかです。
視点と動きが苦手です……😶
短編は4000〜8000字、掌編は2000〜3000字ほど、5分〜20分ほどで読める作品です。
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