
世間とは、君じゃないか。|発信とアイデンティティと、太宰治『人間失格』
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本記事は、脳内マガジン収録記事です。
【ふくりの脳内マガジンを作りました】
— ふくり (@Fukuriwork) October 2, 2026
正直、副業に役立つかは断言できません。
ですが、ほんの1mmくらいは役立つかも。
せっかく30日挑戦しているので
いままでやってこなかったことも
やってみようと思います🙌
ふくりの世界観のモチーフであるイタリア。… https://t.co/BdQLDaCe7C pic.twitter.com/9zXypArwy0
「私は〇〇だ」という状態って、「アイデンティティそのもの」なのではないか?
今日はそんなことを思いながら、つらつらと綴ってみます。
「あなた=〇〇の人」の正体
8月にポジショニングの記事を出したのですが、そこでは耳にタコができるほど「あなた=〇〇の人」というようなことを言っていました。
ビジネスの世界はまさにそうで、対集団、対法人、対個人にどれだけ自分を好印象に覚えてもらえるのかのゲームだと思っています。まさに「あなた=〇〇の人」から全ては始まります。印象の積み重ねで価値を感じてもらい、「個人と個人の等価交換」に行き着くんじゃないかなと。
会社同士の取引だって、結局は「この人から買いたい」「この人となら組みたい」で決まっていくケースも多いですよね。だとしたら、その本質はもっと内にある「個人」の側にあるんじゃないかなぁ、と思ったりするのです。
「あなた=〇〇が好きな人」
「あなた=〇〇な人」
「あなた=〇〇の人」
こんなふうに語られる言葉は、まさにアイデンティティそのものなんですよね。
そもそもアイデンティティとは
アイデンティティは、心理学者のエリク・エリクソンが広めた考え方で、日本語では「自己同一性」と訳されます。
ざっくり言うと、「自分は自分である」という感覚のこと。昨日の自分と今日の自分がちゃんとつながっていて、その自分が周りからも認められている、という手応えのようなものです。
カッコつけて太宰を読んでいた頃
アイデンティティの確立とか、アイデンティティ・クライシスとか。
なんだかよくわからないなぁと思いながら、でもカタカナだし横文字だし、なんかかっこいいなぁ……くらいにしか思っていなかった中学生の頃の私は、まさしく世の中をちょっと斜に構えていたお年頃で。
当時はカッコつけて、太宰治の本を読み漁っていたんです。
正直、中身の意味は全然わかっていませんでした。
でも今読み返すと、太宰は本当にずっとアイデンティティと戦い続けていたのかもしれないなぁ、なんて思うのです。
世間とは、君じゃないか
太宰治『人間失格』に、こんな言葉があります。
「世間というのは、君じゃないか」
主人公の葉蔵が、友人の堀木に「これ以上は、世間が、ゆるさないからな」とたしなめられたとき、心の中でつぶやく言葉です。(実は口には出さず、堀木を怒らせるのが嫌で飲み込んでしまうんですよね。)
この言葉は、現代でも本当に大事にしておきたいなと感じます。
べつに、大人がピーマン苦手だっていいじゃないか。
自分のことがよくわからなくたっていいし、副業でうまく収益が出なくて落ち込んだり、変に嫉妬に狂ってしまったりしたっていいじゃないか。人間らしくて。
それを「世間が許さない」と言う人がいるなら、許さないのは世間ではなく、その人自身なのだ。
アイデンティティをぶつけてなんぼ
だから、もし自分の思いを発信するのが怖いと感じている人がいるなら、「発信なんて、そこまで怖がらなくても大丈夫だよ」と言いたいです。
これは、あの日の自分にいちばん言ってやりたい言葉でもあります。
SNSって、アイデンティティをぶつけてなんぼの世界なんですよ。
あなたのアイデンティティが、誰かのアイデンティティにつながる。
そこから生まれる価値によって、収益が生まれるかもしれない。
アイデンティティを放出したときに起きる化学反応って、どんなものなんだろう。
私も今後の発信を通して、自分を使って検証していきたいなぁ、なんて思う今日この頃でした。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
「ふくりの脳内」では、こんなことも綴っています。
「私は〇〇だ」を発信にどう活かしていくかは、こちらで詳しく書いています。
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