
遺書 漫画家アシスタント物語 第2章 2
《 写真上:暗い、暗い、三畳一間で洗濯物は室内干し‥‥1974年》
まだ、「第1章〈1〉」をお読みでない方は、先に「第1章〈1〉」をお読みいただく事をお薦めいたします。
まとめてお読みになりたい方は、去年編集した、改編前のマガジン「第1章、第2章」をどうぞ!
〚 前回のあらすじ 〛
ギリギリで女流怪奇漫画家に拾われ、初めてのアシスタント業がスタート
2 毎日が即席ラーメン!
仕事は、怪奇漫画の書き下ろし単行本( 雑誌の連載ではないので、稿料は印税のみ )で、背景1ページの手数料は500円!
まあ、1日3ページ( 月に90ページ )仕上げれば月々4万5千円にはなるので、悪い仕事ではありませんでした。( 家賃を払っても3万円残れば食べていけます。当時の大卒サラリーマンの月収は約10万円 )
仕事は、漫画家さがみゆき先生の家で20枚~30枚ほど預かり、後は自分のアパートへ帰って一人で仕上げる‥‥
カリカリとペンを走らせ、ベタを塗り‥‥
またカリカリとペンを走らせ、ベタを塗るのですが‥‥
一人・・・・・・ コタツ・・・・・・ 眠気・・・・・・
集中力ダウン・・・・・・
1ヶ月もしない内にダレてしまい、「 まあ、明日やりゃあいいさ・・・・ 」などという恐ろしい誘惑にとらわれ‥‥
1週間で、5~6枚( 2000円分 )しか原稿が仕上がらないグ~タラぶり・・・・・・・。
万年床の上にコタツを置き、本を読み、漫画を読み、不善をなし、延々と惰眠をむさぼる・・・・・・。
20枚、30枚と原稿を届けなくてはならないのに・・・・・・・・
約束の期日になっても、原稿を届けられない!
異変に気がついたさがみゆき先生が、電話をくれるが‥‥
あくまでやさしい‥‥
「 ど~したの~ン 具合でも悪いの~? 」
そう心配してくれる、やさしさにつけ込むように・・・・・・
「 カ・・・カゼ・・・ひいちゃったみたいで・・・・・ 」( 仮病は得意! )
さが先生は、励ますように・・・・・・
「 気ぃつけてなぁ~ 体大事にせなぁ~ あかんやぁ~ン 」
当時の多くの漫画家志望者は、どうも「 貧乏 」をファッションのように楽しんでいたふしが見られる。 わずかなお金にあくせくせず、ダラダラ生きる事を選ぶ・・・・ ( 四畳半フォーク、ゲタにジーンズが流行した時代 )
当時は、そうした生き方に「 反体制 」とか、「 自由 」とか下手な意味付けをしていました‥‥‥‥
漫画家アシスタント物語、血の教訓
『 自分の夢実現を邪魔する者は、親でも社会でもない。自分の怠惰だ‥‥』

さが先生には、何度も励まされ‥‥ 催促されつつ‥‥ 自宅で漫画背景をコツコツ描いていました‥‥
1974年、19歳の冬・・・・・・。
毎日の楽しみといえば食事。 朝、昼兼用で10円のパンをかじる。(端切れのパンのミミ)
そして、夜は即席ラーメンを一人用の小鍋にいれて電熱器で調理。
毎日ラーメンの種類を変えて、モヤシに刻み人参やねぎ等を加えれば、けっこう安くて色どりも良く美味しく食べられました。
しかし、友人から‥‥
「 お前 、いいなぁ・・・ラーメン美味そ~ 」などと言われると
「 あ・・・そう・・・ 」と答えつつ‥‥
『 毎日毎日、即席ラーメン食ってる人間の気持ちがわかるか 』
などと‥‥ 歪んだ心理状態でした・・・・・・
「 貧乏 」は人を鍛えるけど‥‥ 歪めもしますね。
「 第2章 3 」へつづく・・・・
「 第2章 1 」へもどる‥‥
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